09
「緊急時の指揮系統は単純であるべきだ。情報伝達は私がマルチタスクで行う。浅間と人類の命運と──なによりヴィオレの命がかかってる。私が必要な条件はそろっているはずだが」
「……そう、分かった。つまり、急いだ方がいいってこと?」
「当然だ。まず中層へ行くエレベーターにナビゲートする」
レゾンに従い、ヴィオレは白い廊下を走り出した。
普段使用しているエレベーターの、ちょうど反対側へ向かう道筋だ。浅間の外に向かわない、ヒトとモノのための施設を使うことが、ヴィオレに「浅間の中にペストがいる」のを実感させる。
最後の角を曲がると、途端に視界が開けた。貨物も頻繁に通る道は他より広く、研究所の出入り口と直線で繋がれている。レゾンが操作しているのか、すでに横開きの扉は全開でヴィオレを待ち構えていた。
手早く乗り込むと、すぐさま扉は閉まって上方へ。その間に若干上がった息を整えていると、不意にレゾンから通信が入った。
「フードをかぶっておいた方がいい」
「え?」
「人に気圧されるかもしれない。心の準備をしておいてくれ」
ヴィオレは顎を引き、無線を着けたきり下ろしたままだったフードをかぶる。
思えば、服を着ているのにフードを下ろした状態で廊下を走ったのは初めてだったかもしれない。視線を感じている暇はなかったし、そもそも相手だってそれだけの余裕があったとは思えないが。
エレベーター内に備え付けられた見慣れないボタン類に目を向けていると、いつもよりはやく箱が減速を始めた。
完全な停止のあと、一呼吸置いてレゾンが重ねて言う。
「気を確かに持て」
音もなく開いた扉の向こうから、まず現れたのは喧騒だった。
それがなんなのか、ヴィオレは最初分からなかった。やがて、たくさんの人が集まったときに生じる声や音の重なりだということに気づかされる。




