08
なにか言わなければならない。喉まで出かかった声が、頭の感情と結びつかずにつっかえているような気がする。感情を言葉に変換しないと声はうまく外へ出ていってくれないのに、いろんなものが混じった感情はどの言葉になることも拒絶する。
違う。欲しいのは幸せじゃない。もっと単純で、簡単なはずのものを、ヴィオレは受け取っていない。
そんなことを考えている内に、結局、御堂の方がはやく口を開いてしまった。
「ありがとう、ヴィオレ」
先手を打たれてしまえば、つっかえていた声はすとんと腹の底に収まっていった。
御堂には応えず、ヴィオレは階段を駆け降りる。行動で示して相手が読み取ってくれるのなら、それに越したことはない。
「ヴィオレ」
イヤフォンから聞こえてきたのは、レゾンの合成音声だった。
地上と違い、浅間内部での通信状況はさほど悪くない。聞き慣れないクリアな音に、むしろ戸惑ってしまうほどだ。
後を継ぐ言葉は、しばらくの間レゾンから出てこなかった。ヴィオレが五階分の階段を降り切ったところで、ようやく重い口が開く。
「すまない」
短いけれど凝縮された謝罪に、ヴィオレは思わず立ち止まった。
最下層で聞いたときには力を持っていなかったレゾンの言葉が、今はこんなにも簡単に足を止める。
「私のわがままで振り回すことになってしまった」
「……バカ」
淡く笑みすら浮かべて、ヴィオレは短く応えた。
親代わりだと思っていたレゾンが、たったこれだけを伝えるのにいくら時間を使ったのだろうか。親子の立場が逆転しているような気さえする。
「レゾンは私のことを気にしすぎだよ。もっと自分のこと考えてよ」
「すまない」
「だから、もうオペレーターに戻して」
「それはできない」
レゾンの拒絶は思いのほか強かった。




