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下肢の機動力は失われたものの、ネズミの反応は速かった。前腕だけで体を揺らして襲撃者を振り落とすと、後ろ足を引きずったまま頭の向きを変えて襲いかかる。
ヒトの胴体などたやすく両断できそうな前歯がヴィオレに迫る。ネズミが一歩を踏みしめるたびに地面が震え、定点カメラからの映像もガタガタと揺さぶられる。
劣悪になった足場で、ヴィオレは的確に回避行動をとっている。それでも、見ているだけの立場であるはずの萩原は、もどかしさを感じずにはいられなかった。
本来、人間がペストと戦おうとするのに、距離を詰める必要はない。それを可能にするだけの技術を人間は持っているし、ヴィオレもその恩恵を授かるはずだった。
しかし、授からなかったからこそ「失敗作」として浅間に残り、今ペストの脅威を退けようとすることができるのだから、それを責める相手はどこにもいない。
うまくいかないものだ、というネガティブな言葉を、萩原は喉の奥に留める。
イヤフォンから聞こえるノイズは、ヴィオレの動きに伴う音と共に激しさを増していた。靴が砂を噛む音か、耐えることのないノイズなのか、判断がつかない。
距離をとったヴィオレの前で、巨大ネズミは薄く口を開いていた。
強靭な前歯のわきからこぼれているように見えるのは、ネズミの口腔内で燃え盛る炎だ。ヘビの舌を思わせる動きで存在感を主張する炎が、ヴィオレに向けて放たれる。
水平方向に立つ火柱が、モニター上を横断した。同時に、イヤフォンから流れていたノイズがぶつりと途絶える。
ペストの異様さを幾度も見てきた萩原すら、思わず息をのむ光景だ。