09
山頂付近にある浅間の塔から少し下ったところへ行ったはずで、そろそろ帰投予定時間になるころだった。
とはいえ、予定は三十分から一時間は前後することを考慮しなければならない。地下と地上の間では通信機器も充分な働きができないからだ。浅間直上にいたヴィオレでさえ地下との通信でノイズを聞き続けていたのだから、さらに距離をとれば通信状況がどれだけ劣悪になるかは容易に想像できる。
ヴィオレは数瞬迷ってから、部屋の出口を見た。
「ん……ちょっと行きたいところがあるから」
「レゾン、かな」
問いかけるような言葉だが、御堂は半ば確信している口調で言った。残念そうに、ため息が混じる。
「苦手?」
「いや……そういうわけじゃない。ヴィオレにとって親みたいなものだからね」
言って、御堂は苦笑に似た複雑な表情を浮かべる。
ヴィオレの知る限り、御堂は嘘が下手な男だ。正直と言うべきなのかもしれない。他人に、というよりは、自分に。
だから、ヴィオレは御堂にレゾンの認識を改めてもらおうとは思わなかった。確かに彼の言う通りレゾンは親のようなものだが、誰かの評価など気にするような性質の持ち主でもないからだ。
その点では、御堂とレゾンには似たところがあるのかもしれない。
「みんなが帰ってきたら、戻ってくるよ」
「あぁ、いってらっしゃい」
御堂の声を背に、ヴィオレは研究室を後にした。
廊下に出て扉を閉めると同時にパーカーのフードをかぶり、視線を落として足を速める。その程度でヴィオレがハイジアであることは隠せないが、目線を合わせる必要がなくなるだけでも充分な効果がある。
向けられるのは、大抵が軽蔑に似た同情の視線だ。伴って吐き出されるため息を消す術は持っていないから、白衣や黒衣の誰かとすれ違うたびに大げさな吐息の音だけがフード越しに聞こえてくる。




