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「あやめ、見てくれ!」
大介の声で、その方を見た。
苦しむニンギョウの体から、あらゆる色の物体が出ては、地面に落ちていく。まるでヘドロのような重量のある物質。
それは太極の外側に触れると、上空へ舞い上がり消える。
どうやらすべての人間に見えている。
警官隊、トクハンメンバ―、消防車で待機するエリスにも。
「あれは・・・」
「人間を構成する精神的部位。つまり魂という概念よ」
すると、エリスが無線で参加する。
―――魂・・・コトリはそんなテクニックまで。
「あの子は、進化している。今なら、あのニンギョウを倒せる。
エリス!第二段階の準備は?」
―――もうスタンバイしているぜ!
「了解」
あやめは叫んだ。
「第二段階移行!液体窒素の用意を。現在攻撃中の捜査員は、練習船甲板の信者への迎撃と、確保を行われたし!」
「女ぁーーーーーーっ!」
刹那、暗闇に青い光が浮かび上がった。
動くそれは、青い消防車。
その背後を、ゆっくりとタンクローリーが進行する。
進路にあたるパトカーが道を開け、車はそのままニンギョウの傍に。
「撃て!」
その言葉と共に、甲板から一筋の煙が、消防車に向かって走る。
「RPG!」
閃光と爆発。そこには無傷の車体。
「なにっ!」
「攻撃確認!撃て!」
柴村刑事の声を合図に、警官隊の一斉射撃が始まった。
身をひそめ、船に隠れる信者たち。
「追え!逃がすな!」
叫ぶ高城刑事に、あやめは叫ぶ。
「深追いはするな。連中の火力は、こちらより上手だ。
寺崎さん、高垣さん。先行を」
『了解!』
2人は滋賀県警の先を走り、練習船へと消えていった。
一方で、エリスと高垣、深津は液体窒素の準備に。
消防車左側面に設置された特殊ホースを、タンクローリーの排出口に設置し、ホースの伸縮限界域まで消防車を進ませた。
「どうかしら?」
「OKよ」
所定位置への停車と同時に、大介は疑問を持った。
「なあ。どうしてエリスは、さっきの戦闘に参加しなかったんだ?その方が、早く済んだろうに」
「仮に戦闘で、私や宮地先輩がやられたら?そのために、エリスには脇役に回ってもらったのよ」
運転席から伸びた手。
あやめはそれを確認すると、小鳥に無線を飛ばす。
「どう?」
―――ドロドロしたものが、ニンギョウからまだ出ているかしら?
目視で確認する。
「いや、ほとん・・・ど見えないわ」
―――そろそろ、仕上げましょう。
そういうと、無線が切れた。
同時に磬子を打ち鳴らす、重厚な響きが、一定の間隔で響き渡る。
経を読む声が止んだ。
地上では、エリスの横に、深津が乗り込んだ。
「マニュアルは?」
「読んださ」
「で、どうすればいいの。ナビゲーター?」
「左にあるレバーを動かせ。そうすると、天井の噴射口が動くから、傍のモニターを見て、調整するんだ」
言われた通り、レバーを操作する。
ギアの傍にあるシルバーのパーツ。傍にはライブ映像を流すモニター。
この運転台の上部に、噴射口が備え付けられており、映像は搭載された小型カメラのものである。
慎重に動かし、微妙なズレも調整する。
「いいわ」
「合図があったら、レバー横のスイッチを切り替えるんだ」
「了解」
一方で、あやめは捜査員を退避させた。車やがれきなど、何かの陰に隠れるように言って。
彼女自身も、タンクローリーの陰からニンギョウを凝視していた。
「あやめ」
「まだよ!」
奴には、以前のような粗暴さがなかった。魂の抜けたという表現が、世界一妥当と言ってもいいだろう。
その場から動こうともしない。
「まだ、両儀は動いている。あれを生み出すビー玉が弾ける、その時が」
パアーンと、足元でビー玉が自ら破裂した!
「エリス!do it!」
イヤホンマイクへの声と同時に、消防車から白煙を帯びた液体が放射された。
猛烈な水圧と煙幕が、すぐ先の視界さえも遮る。
ひんやりとした風が、初冬の夜すらも凌駕して、肌を包み込む。
「寒い」
歯を鳴らしながら大介が横を見るが、あやめはなんともない。
それどころか、さっきより生き生きしている。
(流石、雪女ってか・・・)




