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PM7:46
大津港
大破し瓦礫と化した、大津市琵琶湖岸。
ニンギョウから離れた遊歩道。
沈黙の湖畔で、セパレート巫女服の小鳥が1人、黄昏る。
ポケットから取り出したブルーベリーシガレット、その1本を口に加えながら。
大きく息を吐いても、煙は立つことはなく、停電のせいか、遠くの夜景が、いっそうきらびく。
「子供がタバコなんて、10年早いわよ」
唐突に、聞き慣れた声。
「これでも16なんですけどね」
「じゃあ、4年早い」
後ろから近付いたあやめ。その姿は
「死装束・・・」
振り向いて、そう呟いた。
そんな彼女は、背後から手を伸ばして、小鳥の箱からシガレットを1本、頂戴する。
ラムネ特有の刺激と甘い間隔が、口の中を走る。
「ねえ、あや姉」
「ん?」
「私が1つ、あや姉に望めるとしたら・・・」
「1つと言わずに、何でも言ってよ」
笑みを作って、小鳥に言う。
「その死装束、やめてくれないかな?」
すると、あやめは右手親指と、人差し指でシガレットを挟んで口から離すと
「無理な注文ね」
「どうして?それを着ているあや姉を見ると、まるで、あや姉が遠くに行ってしまいそうな気がするの。
だから近江八幡の時、本気であや姉が、私の手の届かないところに行きそうで・・・。
その衣装の意味は、理解しているわ。それでも・・・」
瞬間、あやめは無言で、小鳥を抱きしめた。
背後からギュッと、包容力豊かに。
「お姉ちゃん・・・」
「ありがとう。心配してくれて」
「・・・」
シガレットを持ちながら、その両手で、あやめの両腕をギュッと握った。
「死なないで。あや姉」
「うん、約束する。だから、小鳥も死なないで。危険だと思ったら、逃げていいから」
「でも・・・」
「私ですら、手を出せなかった相手よ。逃げても、誰も責めはしないわ」
「お姉ちゃん・・・」
「・・・温かい」
ゆっくりと小鳥から離れた。
名残惜しそうに、しなやかな指を鎖骨に走らせて。
「液体窒素が届いたわ。午後8時に決行よ」
「僧侶たちは?」
「所定位置に」
「そう・・・」
再びシガレットを口にくわえ
「行くよ。この一本が終わったら」
その言葉を聞き、あやめは手を振りながら去る。
「“温かい”か・・・正直に言いなさいよね。“死なないで”・・・“逃げなさい”って」
微笑したその巫女。
噛み砕いたシガレットの端が、口からこぼれて、漆黒の水面に消えていくのだった。




