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10月5日 PM4:25
都古大学部活棟
1階にある文化研究サークルは、文化祭に向け展示作品の準備にかかっていた。
大学の文化祭の出店は大きく分けて2つ。軽食を出す模擬店と、作品を出す企画店。各サークルにはそれぞれの伝統があるらしいが、それは追々機会があれば。
今回は食べ物を出す模擬店をテニスサークルと合同で行うこととなり、それと並行して企画店を行う。
特に模擬店は火器を扱い、衛生面も大変厳しいため、準備がとても忙しくなるのだ。
ガスボンベ扱い講習、担当者の名簿と名札作成、検便、実行委員会への誓約書作り・・・。
「ってな訳で、これから参加するのも遅いから、大介と姉ケ崎には後方支援をお願いするぜ」
黒縁メガネをかけた男、史学科3回生、文化研究サークル部長の雨宮利樹が、大介に伝えた。
「分かりました。すみません、先輩方に迷惑をかけて」
「いいんだ。話は吉村から聞いているから。
ところで、姉ケ崎君は?」
「まだ、来てませんか?」
そこへ、トレインサークルの銀河望が通りかかる。手に、段ボール箱を抱えて。
「おい銀河。あやめを見なかったか?」
「いいや・・・そうだ、彼女に言っておいてくれないかな?
部活棟駐輪場前に停めてある車を、移動させてくれって」
「あやめの車が?」
「ああ、白色のスポーツカーが1台」
彼は顎で、その方角を示す。
部活棟前には、生徒用の駐輪場。その出入口を塞ぐように、白色のスポーツカーが停車していた。
だが車体は全体的に角ばっていて、Z33よりも旧型なのは一目で分かった。
「あれ、あやめの車じゃないよ。形が違う。
それに、アイツのは車検中で、今は青色の代車を使ってる」
「そうなのか・・・いや、車に関しては見分けがつかないからさ。じゃあな」
銀河は、「じゃあ、誰の車だ?」と呟きながらボックスを後にする。
そこへ吉村が後輩2人と共に到着、やはり車の事を言われ、さっきと同じ説明をするのだった。
「俺も見ましたが、あれはトヨタ AE86 レビンですね。
あんな車を持ってるなんて、よっぽどのマニアか、漫画オタクか―――」
「ドリフト好きか」
振り返ると、茶色い毛のウサギを抱えたあやめが窓の外に。このウサギ、生物部によって部活棟北側にある山で野放しにされているのだ。どうやってるのか、学校に敷地外に出ないようにしているだけでなく、やみくもに交配しないように管理しているという。
「おいおい。どこにいたんだよ」
「まあ、モフモフの事情で」
「諸々だろうが。何だよモフモフって」
「それは置いておいて―――」
手にしていたウサギを放すと「ちょっと」と言って、大介を外へ出るように目配せをする。
ボックスを出て部活棟入口に向かうと、裏から回ってきたあやめと落ち合い、駐輪場を抜けた。
同時に眼前に停車していたレビンがバック走行で走り去った。スモークを貼っていたため車内にいた人物の顔は見れなかったが。
2人は道路を横断、事務棟と社会学部等の間の通路を通って左折し階段を上る。校舎エントランスに出ると、反対側へ向きを変え3階のスカイフロアへ辿り着いた。
社会学部棟と文化財・化学部棟の連絡橋の役割もする、この大学で一番高い場所。2本の塔が見下ろし、風が吹き抜けるこの場所で、あやめが缶コーヒーを大介に手渡した。
「微糖だけど、いい?」
「ありがとう」
肌に温かいスチール缶がのせられた。もうホットの季節なのか。
互いに缶を開け、一口飲む。
「で、一体どうしたよ?まさか、事件の捜査じゃないよな」
「ハハハハッ」
あやめは笑うが
「そのまさかよ」
驚きのあまり、飲んでいたコーヒーを噴き出してしまった。
「待てよ。伊豆半島の事件から時間が経ってないんだぜ」
「犯罪者が、私達の様子を見て休憩してくれると?
安心して。この事件はまだ、トクハンの管轄じゃない、なるかもしれない事件だから」
「一体、何の事件なんだ?」
「昨日未明に滋賀県長浜市で暴走族らが、今日の深夜に米原市で会社員が刺殺された、滋賀連続殺人」
「全員が鋭利な刃物でほぼ即死、死後に深さ4センチの刺し傷を体に残すってアレか。まさか、妖怪の仕業?」
「いえ。妖気は全くないし、ラッシュの気配も無い」
「なら、どうして」
あやめはコーヒーを一口。
「長浜市で犯人の死体が発見された敦賀連続通り魔事件。福井県警が詳しく調査した結果、死亡した被害者の刺し傷の深さが、どういう訳か全て4センチジャストだったのよ」
それだけで、ある種の恐怖だ。
「今回の事件の被害者も深さ4センチジャストの傷を体に刻まれているわ。それだけじゃなく、通り魔は胸のあたりを中心に攻撃してきたそうよ。その上、事件の被害者の致命傷も胸が中心。
「それに、最初の事件が起きた長浜は、通り魔の水死体が発見された場所・・・まさか、模倣犯?」
「考えられなくないけど、問題が1つあるわ。
県警すら発見出来なかった傷の深さの共通点を、どうやって知り得たのか」
「すると、偶然?」
「だとしても、分からないことだらけね」
「もしかして、今回の犯人は・・・」
しばしの沈黙が2人の中に流れた。それを破ったのは大介だった。
「で、俺たちは何を?」
「犯人は依然とタクシーで逃走しているわ。
米原の被害者が、JR米原駅でタクシーを拾う姿が目撃されている」
「それが、長浜タワー前で奪われたタクシーだと?」
「ナンバー照会で判明したのよ。被害者は恐らく車内で殺害され、発見場所の蓮原農村公園に遺棄された。タクシーを捨ててないとすれば、まだ車で逃亡中の可能性は高い。
滋賀県警は、夜に犯行が行われていること、タクシーが目撃されていないことを踏まえて、米原市囲い込み作戦を敢行するそうよ」
「具体的な方法は?」
「彦根方面、大垣方面、敦賀方面と琵琶湖に捜査員を配置し、警戒網を敷くって方法」
「で、俺たちは何を?」
「彦根側で待機、行動パターンから琵琶湖畔を南下しているのは確かだから」
大介はコーヒーを一気に飲み干した。
「よし、早く終わらせよう」
「あら?行動したくないみたいに言ってなかったっけ?」
「残業は受け付けない主義なんでな」
すると、あやめは時計を見た。
「いいけど、ちょっと待ち人がいるもんでね」
「待ち人?」
「私の勘なんだけど、今回の犯罪が妖怪関係じゃないとすると厄介なことになるわ。
そこで、とある人物に協力を要請したってところ」
「誰?」
「会えばわかる。大介も知ってるから」
言葉を濁した彼女は、エントランスへと足を向けた。