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「タンクローリーが石山寺を通過、渋滞を加味すれば20分程度で到着するそうだ」
「分かったわ」
横山の報告を、あやめは返した。
無人の街、封鎖区画境界線から800メートル地点。
浜大津へ向かう大通りに停まるレパードとインフィニティ。その代車に身を任せ、巫女は佇む。
2つ折りのケータイを取出し、時刻を確認して通話。
「小鳥?液体窒素の到着は、もうしばらくかかりそう。・・・そっちは、大丈夫?・・・えっ!?壊れる気配なし?・・・わかった!
ん?・・・そう、もうすぐ高速を降りる?・・・ありがとう」
通話終了。
再び時刻を確認しながら
「紫電の最高記録更新ね。もう4時間半なのに」
呟く巫女。
車内にいた大介が、話をする。
「勘違いだったのか?」
「いえ。陰陽師になりたての彼女の術は、30分持てばいい方だった。
それが4時間半。小鳥が成長している証拠よ。姉として鼻が長いわ」
腕を組み、頷く。
「話変わるけど、高速って?タンクローリーは、もう京滋バイパスを降りたんじゃなかったのか」
「SATよ」
「SAT・・・その心は?」
「誘拐された女の子たちの、奪還作戦のため。リオさんの班と合流次第、信楽に向かうわ。
滋賀県警はSATを持っていないし、機動隊も、どちらかというと災害による人命救助に重点を置いた装備。武装した相手と戦うには役不足よ。
だから大阪府警のSATに出動要請を出したの。名神の渋滞が原因で、やっと到着したみたいだけど」
「なるへそ」
すると、あやめはケータイを開いて、時刻を確認する。
「もうそろそろ・・・かな?」
「さっきから時計を確認しているけどさ、一体、何を待っているんだ?」
「必要不可欠な武器・・・いえ、秘密兵器かな?」
「は?液体窒素が武器じゃないの?」
「液体窒素は、言うならば止めの一撃。それまでに至る攻撃方法が必要よ。
思い出して。あのニンギョウは怨念を原動力に行動する呪術人形。これを解かなければ、たとえ瞬間冷却しても、意味がない。
その上、液体窒素を噴射する装置も必要でしょ?」
「・・・そういうことか。しかし、連中も大変なものを持ってきたもんだ」
そこまで言うと、再び沈黙が
「ごめんね。さっきは怒鳴って」
「・・・あれは小鳥君への復讐か?それとも、黙秘する彼への怒りか?」
「いいえ。復讐という感情は、いかなるものの中で一番醜い。それがイリジネアを構成する大きな要素の1つ―エトスだったから。両親も子供だった私に、そう言い聞かせていたわ。
・・・ええ、肯定するとしたら、後者。でも、彼そのものへの怒りじゃない」
「だったら、何に怒っているんだ?」
風が、スカートをなびかせる。
沈黙。そして
「少し話しましょうか。ある昔話を」
「聞かせてくれ」
「昔々、1人の少女がいました。その少女は人間ではないものの、人間の中に紛れて生活していました。
しかし、1人の人間が、少女の正体に気づいてしまったのです。
人間は退屈な日々を玩ぶ為、その少女と遊ぶことを決めました。
人間は遊び相手を集い、1つのグループを作ったのです。
“讐楽旅団”。そう名乗る人間たちは、とある森を、山を、街を舞台に少女と遊んだのです。少女には何も知らせずに・・・。
そして人間は、少女と遊ぶために人間を殺しました。まだ幼い赤子を。
泣き叫ぶ少女を横に、人間は悪魔となったのです。
“どうして泣いているの?”
涙を流す少女に近づいたのは、あどけない女の子でした。
この女の子もまた、人間ではありませんでした。
2人は悪魔と戦い、勝ったのです。
しかし、悪魔の罪は葬られ人間の世界に戻り、少女は悪魔に振るった一撃のために、人間たちの世界から追放されたのです。
以来、少女は、無意味に誰かを傷つける者に、怒り、恨むようになりましたとさ。
めでたし、めでたし」
「・・・」
不意に、あやめは車の中に顔を覗かせて、微笑し
「どうだった?一晩かけて考えたんだよ?」
すると、大介は
「そんな童話、ネット小説にも劣るぜ。バッドエンドの仕方にも、工夫が必要だな」
その感想が来ると、ため息をつく。
「だよね。作家の道は遠いわ。
でも、これだけは・・・」
「ん?」
彼女は顔をひっこめると、再び車にもたれかかりながら、空を仰いだ。
「貴方には黙っていたんだけど、私は高校を中退しているの。修学旅行直後に。都古大学には、大検で入った」
その瞳は黒い空を見上げて。
あやめの顔の半分が赤く照らされた。
「来たわね」
大介も車を降りて、迫る光源へと目をやる。
京都府警のパトカーを先頭に、少し距離を開けて、白のスズキ Kei。
その後ろを、大型バスが1台、また1台と通過する。
「これは、一体・・・」
その巨体は、静寂と漆黒の街道に、久しい喧騒を轟かせた。
最後の1台。通過を見届けると
「行くわよ。横山さんと寺崎さんは、タンクローリーの警護を願いますね」
「了解」
レパードに乗り込み、車列の後を追いかけるのだった。




