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捜査本部へ向かうエリスとあやめ。
その時、交差する通路の陰から、小鳥が出てきた。
耳にスマホを当てて。
「どうだった?・・・やっぱり、あの条件で統一させるのは無理だったか。
分かった。そっちに任せる。頼んだわよ!」
通話を終えると、小鳥は2人に気づいた。
が、あやめの表情は終始暗かった。
「あや姉!エリスさん!」
「どう?」
歩きながら話し始める。
「ニンギョウへの対処方法は、何とかメドがついたわ。問題は、街1つを破壊できるモンスターを、どうやって固定するか。私の道具を使えばいい話なんだけど、これでも私、結構疲れていてね」
「無理はしないで」
「ありがとう。それに、体内に取り込んでいる化学兵器の取扱いもあるし、今、ニンギョウを構成する物質の大半が肉体、つまり―――」
「殺された信者のボディ」
エリスの言葉に、小鳥は頷いた。
「奴は近江八幡、いえ、今さっきより危険な存在になってきている。でも、その反面・・・警察側の対応は?」
「7段階ある妖怪犯罪の危険レベルを、4に認定。周辺県警とトクハン支部に協力要請した以外には、ささごいに武装命令を下したわ」
「そんなレベルが存在するの?」
するとエリスが言う。
「レベルコード“アポカリプス”。“ヨハネ黙示録”の名を冠する、元々はエクソシストが悪霊の強力度を仲間内で共有するために作られた警戒階級。古より使われてきたこの制度は、ISPとの相互協定後、妖怪犯罪における危険度を警察及び政府関連機関に通告するために用いられているわ」
「4となると真ん中だけど、危険度は中の上。ニンギョウの危険度と、大津市への被害状況から、こう判断したの」
「早くしないとレベル7とかになっちゃうの?」
「今までにレベル7が発令された事例は、バチカンの資料を読む限り1度だけ存在する。レベル7となれば、人類に広範囲かつ甚大な被害を与える、世界大戦規模の、巨大かつ同時多発的な妖怪犯罪が発生した事を示唆する。私たちカオスプリンセスに、死人が出るかもしれないくらいに、ね。
でも、民間人に被害が出てもおかしくない事態になっている。
そうでなくても、既に関係のない人間が、何人も死んでいる。
これ以上、理由なく誰かが死ぬのは、見たくない。それが私の欺瞞でも」
話をしながら、3人は本部に。
「状況は?」
あやめの言葉に、瞬間、大介の怒号が響く。
「あやめ!ソリュアに何をした!」
瞬間、彼女は黙り、大介から目を逸らした。
「話を聞いただけよ」
「奴は強いショック状態だったそうだ。部屋も爆破されたように荒れていたと。
お前、まさか拷問でも」
「話は後よ。状況を」
「おい。こっちの話に―――」
「ヘイ!もうよせ!」
エリスが押さえに来ても、彼の口は止まらない。
「あやめ。おい、あや―――
「五月蠅い!五月蠅い!もう、時間が無いの!黙ってて!」
鬼の形相に、大介も後ずさりしてしまう。
その怒号に、本部は静まり返り、あやめは両手で顔を覆うと深呼吸。
「・・・悪かったわ、大介。誰か」
碇警部が答えた。
「間もなく、リミットの3時間になります。
拘束していた光も弱まってはいるんですが、それと同時に、ニンギョウ自体も弱まっているんです。
どういうことでしょう?」
「紫電の浄化作用か、慣れない人体の融合に負荷がかかっているのか・・・兎に角、弱まっている、この瞬間がチャンスです!
ニンギョウを無力化する手筈は、こちらで取りました。後は、ニンギョウを再度拘束する方法です!」
と、脇にいた小鳥が熱弁をふるう。
だが、頭を抱えるのは、全員同じだ。
小鳥の魔術が使えないとなると、別の方法をとるしかない。
体内に爆弾を抱えているうえに、ヘリや大型車を用いての進行阻止が功を奏する可能性が、圧倒的に低い状況。
(どうすればいい?奴が弱まったとしても、危険は拭い去られてはいない。大津港を出れば、すぐに市街地だし、ここからだと京都も近い。更に被害が拡大するのは目に見えている。
それも去ることながら、一番の脅威は、この県警本部と奴のいる大津港との距離は近いということ。腕から吹き飛ばされたぬいぐるみが、県警本部に降り注げば、それだけで一巻の終わり)
大介は静かに、定点カメラの映像を凝視しながら頭を働かせる。
(考えろ。この状況を逆転できる方法を!)
その時
「ああ、もう!考えすぎて、足のイボがかゆくなってきたぜ」
と県警の柴村刑事が、愚痴をこぼす。
「柴村さん、ちゃんと脚洗ってます?」
「うるせえな、高城」
瞬間、大介の頭に、ある方法がよぎった。
(そうか!この方法なら、体内の爆弾にも被害は出ないはずだ!)
「あやめ、エリス!
1つだけあったよ。ニンギョウを止める術が!」
「それって?」とエリス
「ヒントは、イボだ」
「イボ?」
「イボ治療において、皮膚科で行われるポピュラーな治療の1つが―――」
瞬間、あやめが叫んだ。
「そうか、液体窒素!摂氏マイナス196度の冷却剤を奴に吹きかければ!」
「確かに・・・今、あのニンギョウを形成するのは人体。液体窒素は生体組織に付着すれば凍傷を引き起こせるし、熱も遮断できる。
いえ。そうでなくても瞬間冷却で体そのものを破壊すれば、ニンギョウは粉々に」
「爆弾解体でも、起爆装置の無効化のために、液体窒素は使われている。体内の科学兵器を取り出すには、絶好という訳か!」
エリス、隼と次々にメリットを口にしていくが、部屋にいた横山は
「ですが、液体窒素を用意したとして、どうやって奴の体に吹きかけるんです?
酸素欠乏症などの隊員の身体に起こるであろう危険は、酸素マスク等で防げるとして、なりふり構わずに攻撃してくる相手に、液体窒素をかけるとなれば、遠距離からの発射が必須条件になります」
しかし、隼は
「横山君、あるじゃないか。その条件を満たしてくれる車が」
「車?・・・まさか!」
「もう、完成していると報告を受けた。その初陣としようじゃないか。
すぐに“れいせん”を発進。大正区にある商都技研に向かわせるんだ」
「了解しました」
この一言で、全ての計画がそろった。
残るは、どこから液体窒素を調達するか。
この問題も、駆けずり回った結果、解決した。
国立古都大学宇治キャンパスにある低温科学研究センターに、液体窒素を搭載した大型タンクローリーが到着したというのだ。理由を説明した結果、液体窒素をこちらに回してくれるとのことだった。
電話から10分後、京都府警のパトカー3台の先導によって、液体窒素を積んだタンクローリーが出発した。
サイレンを鳴らし府道を南に、宇治東インターから京滋バイパスへ入ると、驀進。
ただ、大津市周辺の道路が封鎖されている影響で、車の通行が多い。時間は少しかかりそうだ。
それから30分後、大阪市大正区にある国立商都技術研究所に、トクハン本部の輸送ヘリ“ささごい”が着陸し、待ち構えていた職員が、開かれたハッチに、ブルーシートに包まれた四角い何かを積み込むのだった。
その間に滋賀では、琵琶湖沿岸の市町村に、船舶の航行禁止が通達された。液体窒素流出における最悪の事態を想定してのことだ。
また大津市内に動員された捜査員には、液体窒素によるフリーズ作戦が言い渡され、現場があわただしくなる。
更に滋賀・京都県境。渋滞する名神高速京都東インターを尻目に、これまた京都府警のパトカーの先導によって、複数台の大型バスと1台の小型車が、車のいない国道1号へと進んでいく。
山岳部を縫う、寂しい道路を、大津市へと向かって走っていた。




