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再び取調室。
ソリュアの前に、女が2人。
「おや。今度は巫女さん・・・いえ、お姉さんと呼びましょうか?」
「黙りなさい。私を姉と呼んでいいのは、あの子だけよ」
「そこまでムキになりなさんな」
自分の立場が分かっているのか?
上から目線のソリュアに、あやめは冷淡な視線と口調で。
「さて、時間がないから率直に聞くわよ。あのニンギョウについて聞いたこと全て、正直に話しなさい」
ソリュアの口は横一文字から動くことはなかった。
「貴方が、イタリアで自殺した信者と共に、アメリカの聖骸寺院に潜入し、呪術用人形を持ち出したことは分かっているの。これ以上黙っていても、意味はないわ」
「黙秘権を行使させていただきます」
瞬間
「罪もない人を巻き込んで、私の妹をいたぶって、それで今度は黙秘権。ふざけているの?」
その言葉が1つ1つ、氷の矢のように冷たく貫く。
「ふざけてなどいない。私に認められた権利を行使しているだけだよ」
「全て筒抜けになっている、貴方の情報には、黙秘権を行使するだけ時間の無駄ってものよ。
それとも、もう一度血を吸った方がいいかしら?今度は指じゃなくて、首筋に」
エリスはソリュアの首筋に、右手の人差し指を走らせる。
背筋を冷たいものが走る。
表情は冷静を保っているが、確かに感じる。相手はおびえている。エリスに!
「もう一度言う。あのニンギョウを止める方法は?」
すると、ソリュアはあやめの方を見る。
「し、知りたいのか?」
「当然よ」
「ならば、遠慮なく血を飲め」
「はあ?」
「我ら萬蛇教の血は崇高純潔。それを積極的に体内に取り込むとは、すなわちこれ、異端の洗浄!
この私も師の血を飲んで以降、様々な奇跡を体感している。その素晴らしさを知ることなく、我々を抹殺するなど浅ましき行為。だから―――」
バキャッ!!
今まで聞いたことのない音。
ソリュアが振り返ると、エリスの鋭い爪が、窓に固定された鉄格子をぶつ切りにしていた。
瞬間、彼の体が震えあがった。
「ごめーん。話の腰、折っちゃって。どうぞ、続けて?」
笑顔で話すエリスだが、これが渾身の一撃。
「え・・・え・・・あ・・・」
「そう。もう終わり?
じゃあ、こっちから話させてもらうわね・・・ニンギョウの止め方を教えろ。今すぐ」
「あ・・・あ・・・」
刹那、エリスは机をひっくり返し、怒鳴る。
笑顔から一転、般若の顔立ち。
「お前、日本人だろ?今まで日本語でしゃべっているんだからさァ!!
だったら、言っていることぐらい、分かるよなァ!!あ?」
「う・・・うう・・・」
「なんだ?」
恐怖の中、出てきた言葉
「訴えてやる!どいつもこいつも、俺の人権を無視しやがって!」
もう、2人からはため息しかで出てこなかった。
「お前なァ!!」
その時、あやめがエリスの肩をたたいた。
「エリス。そんなに怒ったら、言いたいことも出てこないよ。
人にものを聞くときは、シンプルに。ね?」
「そうね」
「お水、飲もうか?そうしたら、喋ってくれるかもしれないし」
そう言って、あやめは部屋を出た。
ほっとするソリュア。
だが、エリスは無言で後ろに回ると、彼の襟を掴み立たせると、両腕を脇に回してソリュアの動きを封じた。
「な、何をするんだ!!」
「五月蠅い。喋るな」
暫くして正面のドアが開いた。
ウォータークーラーのボトルを1つ、引きずりながら現れる巫女。
「準備がいいわね」
「何回、アンタとバディ組んだと思っているの?」
「違いない」
巫女はボトルを置くと、それに右手を向ける。
「「氷花!鎖鋸!」
ボトルが破裂し、彼女の手の上で遊ばれた水は、次第に凍りながらチェーンソーを形成する。
「お、おい・・・本当に訴えるぞ!」
だが
「先人は素晴らしい言葉を残したものね。“死人に口なし”。
私たちは極秘機関だから、事件が解決しようが、不祥事が起きようが、その存在が表面化することはない。つまり、ここであなたを殺せば、何が起きたか話す人間はいなくなる・・・そう、“人間”はね」
「じゃあ・・・」
「私もエリスと同じよ。人間じゃない」
「ひい!」
あやめは操り人形のようにゆらりと揺れ、チェーンに手をかけた。
轟音を発して刃が回転し始めた。
「さあ、取り調べを始めましょう?
1つ言っておくけど、私ね、こんな大きなものを振り回す自信がないの。間違えたら、血を流して、ここで苦しみ悶えることになるから、そのつもりで」
「ならば、ここにいる女も」
するとあやめは微笑した。
「馬鹿ね。彼女が貴方を突き飛ばせば、私はここで真っ赤な花を咲かせられるのよ」
そう言うと、ゆっくりと歩み寄り始めた。
「これが最後のチャンスよ。質問は1つ。二択だから、答えられないなんてことはないわ」
「おい・・・」
「ニンギョウについての止め方を知っている?」
「やめろ・・・たすけてくれ・・・」
瞬時に、傍に転がる椅子を両断する。
「返事は“はい”か“いいえ”。分かるわよね」
「は、はい」
正気のない言葉。エリスは察した。
(アヤ・・・完全に雪女の状態だ。それも、最高レベルの)
「ならば、答えなさい」
「は・・・は・・・」
「あのニンギョウを止める方法は?」
「わ、我が崇高なる―――」
「聞こえなかったの?次に屁理屈唱えたら、お前の腹、切り裂くわよ!分かったか!」
轟音すらかき消す叫び。
「これがラストよ!3カウントあげる。3!」
「ま・・・まって・・・」
「待たない!2!」
「ひ・・・」
「1!」
「し、知らないんだ!!
教団からは、寺院に潜入して、ニンギョウを持ち出してこいって言われただけなんだ」
ヒステリックな叫び。
そして、次にエリスが
「ついでに聞く。教祖の正体は?」
「俺も会ったのは、修行の時だけだ」
「そいつも人間じゃない」
「なんだって?」
「お前の奇跡は、血を飲んだことによる副作用だ」
「そんな・・・」
エリスは、ソリュアの全身から力が抜けていくのを感じた。
座り込むと、ひとりごとを呟きだした。
「俺は・・・俺は・・・」
するとあやめはチェーンソーを解除して、彼の頭上に雨を降らせる。
「少し、頭を冷やしなさい」
そう言って、2人は静かに部屋を出て行った。
暗い廊下で息を吐く2人。
「これで全ての希望が潰えたってわけね」
「まだ終わりじゃない・・・私たちにはまだ手が残っている」
「そうだったわね」
無言になる2人。
「ねえ、エリス」
「ん?」
「彼は、普通の人間に戻れるの?」
「・・・大介を見れば分かるでしょ、クールビューティー」
「だよね」
「分かるよ。突然、自分が人間で、所謂普通の人間でなくなってしまった。その人間が洗脳されていて、その世界が足元から崩れ去ったとなれば、その衝撃は計り知れない。
・・・自殺するかもね。あの男」
「どうにか・・・無理なのかな・・・」
あやめは右手で左手首をギュッと握った。
「母性のせいか?残酷だが、それがあの男のためだったのかもしれない。このまま血の効力が暴走したら、男は教団のためにさらに犯罪を重ねる。それを止められたんだ」
「だとしたら・・・いえ、何でもない」
あやめは口をつぐんだ。
血の効力が暴走したら・・・。
大介の事を考えずにはいられなかった。
「やりすぎちゃったかな。熱くなると、母性が外れるからなぁ・・・反省、反省」
「とにかく時間がない。早くニンギョウを止めるわよ」
「分かった」
彼女は緋袴調のスカートのポケットからケータイを取り出すと、片手で開く。
「あやめです。ISP基準に基づき、大津市内で起きている妖怪犯罪をCAUTION4に指定。
各捜査員に拳銃携帯命令を指示、ならびに本部と、名古屋、岡山両支部のUH-60Tを“オールアタック”で待機。
尚、状況によっては段階を1つ引き上げる可能性があるため、今後の動向に注意して。
これから、そっちに向かいます」




