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PM4:56
JR京都駅構内
夕刻の古都の玄関口は、いつもと違い騒々しかった。
大津でのニンギョウ騒動により、JRも琵琶湖線と湖西線の電車の本数を削減して運行していた。今後、運転見合わせもあるということで、混乱とまではいかないが、騒動が起きていた。
中央改札を入って右。関空特急や福知山方面に向かう電車が止まる、30~34番線に向かう通路の途中に、最新鋭のICカード式コインロッカーが存在する。
従来のコインロッカーと違い、カギは必要なく、暗証番号だけで開錠できる。支払いも現金だけでなくICカード式の乗車券でできる。
そこに現れた高垣と神間は、京都駅鉄道警察隊の三間坂刑事に挨拶をする。
「トクハンの高垣です。これが、コインロッカーですか?」
「ええ。今のところ、怪しい人物はいませんでしたよ」
すると神間は言った。
「連中も見落としていた盲点・・・なんだろうな」
「まさか、仲間が通う学校の傍に、問題のビデオがあったなんてね。
彼の話では、ビデオの存在が怖くなって、新快速を降りたその足で、このコインロッカーにビデオとカメラを入れ、近鉄電車に乗り換えた。的確な判断だったのね。
ところで、どう?」
「なにが?」と首をかしげる。
「神間君、私たちの中で霊感が最も強いんじゃなかったっけ?」
「それは妖怪に関して、霊感というより妖気だよ。
幽霊なら寺崎の管轄だろ?もっとも本人は、寺の息子ってことに触れてほしくないみたいだけど」
「あれって、どうして?」
「知らないのか?
就職活動の時に、散々嫌味を言われたそうだ。“お寺を継がないのか?就職先が保障されているのに”って。彼自身、寺を継ぐ気はなかったそうで、毎日のように言われたその言葉で、半ばノイローゼ気味になった。
その経験から、自分と寺に関して、どうこう言われたくないのさ」
少し遅れ、そこに小鳥が到着した。
先ほどとは違い、セーラー服姿で。
「遅くなりました」
「あやめちゃんは、なんて?」
「ソリュアの取り調べは難航しているそうです。犯行にかかわった信者もほとんどが死亡していて、かろうじて助かった信者も、瀕死の重傷。
身元確認も並行して寺崎さんが行っていますが、結構時間がかかるみたいです。
だから、何としても吐かせるって、県警は息巻いているそうですよ。
・・・それが問題の?」
「そうよ。大丈夫かしらね、怨念とか」
小鳥は近づいて、コインロッカーを見るも
「感じない」
「え?」
「鈴江君を除霊した時のような感覚は、全く感じない」
呆気にとられたのは2人だけでなく、小鳥本人もだ。
「でも、ひとりかくれんぼの現場を、このカメラで収めたんだろ?」と神間
「そのはずです。カメラやビデオは霊の影響をものすごく受けやすい機材ですから、降霊術を収めているこのビデオには、怨念が。
・・・だとすると、ひとりかくれんぼは、ある意味失敗だった」
『え?』
小鳥は、こう推理する。
「恐らくひとりかくれんぼ終了時点で、ニンギョウの覚醒は起きていなかった。
恐怖に負けて、鈴江君が姉川に捨てたニンギョウが琵琶湖に流れた。その沿岸を渦巻いていた怨念と、死亡した通り魔の魂がニンギョウに憑依し、奴は覚醒した」
「まさか・・・」
「極楽浄土のために入水した貴族、姉川の戦いで戦死した武者、水難事故で死んだ船乗り、そして、その霊に引きずり込まれた数多の人間。
これだけ危険な怨念が渦巻くのが、琵琶湖の誰も知らない裏の顔よ。
・・・だから、教団もコントロールできない凶暴な性格に、あのニンギョウはなってしまった!」
「だとすると、小鳥君にとっては取り足苦労だったってことかね」
しかし、小鳥は反論する。
「むしろ、ほっとしています。すさまじい怨念ならば、この駅自体を封鎖しなければいけませんし、私だけでは対処できませんから」
「だとすると、教団がビデオを狙った理由は何なんだ?」
すると高垣が言う。
「開けるしかないってことよ。神間君。
小鳥ちゃん、暗証番号は?」
「聞いてきていますよ」
そう言うと、小鳥はロッカー中心部にあるモニターに。
ここにロッカーの番号と暗証番号を打ちこむ。
「えーと、ロッカーは232番。暗証番号は・・・6、6、2、8」
ピーッ!ガチャ!
電子音の後に、該当ロッカーの扉が開いた。
中には、無造作にビデオカメラが1台置かれているだけ。
「一体、ビデオには何が?」
「見てみましょう」
4人は京都駅警察詰所に向かい、ビデオカメラを再生してみることに。
「・・・そういうことね。念のためにお祓いはしておくわ」
同時刻
滋賀県警本部
対策本部は上へ下への大騒ぎ。
ニンギョウ周辺に置かれたライブカメラからの映像を凝視する捜査員たち。
日没に伴うDNAの転換、その副作用からメガネを装着するあやめの表情も深刻だ。
そんなあやめと大介のもとに、リオが現れる。
「エリスは?」
「動悸が起きたもんだから、仮眠して、絶賛ドラキュリーナに移行中」
「了解。あれから変化は?」
「口を割るどころか、何も喋らない。
エリス曰く、石像を尋問しているみたいって。そっちは?」
「本部にいる峰野先輩からの話と、鈴江君の証言で、大体の全体図は見えたわ。
ウチの大学のサークルにニンギョウの召還を依頼した野々市は、緒方副部長に対して口を滑らせ、今回の犯罪の顛末を話した。それを聞いた渡瀬部長は、1人かくれんぼの記録を収めたのと同じビデオに、犯行計画を収めたそうよ。
でも、ここで渡瀬はミスを犯す。
萬蛇教の犯罪計画を記録したSDカードと、1人かくれんぼ用に用意した新規のSDカードを間違えて渡してしまったの。同じメーカーのクラス10、24GBの品をね。
上書きをされるどころか、萬蛇教にとって、ある意味証拠となる2つの動画が、1つのSDカードに収められてしまったわけ。
その時は気にはしていなかった。むしろ、黒壁スクエアでの惨殺事件を聞き、ニンギョウの精製が成功したと狂喜乱舞していた事でしょう。
そこに、思いもよらない障壁が現れた」
「特殊犯罪対策係。つまり、アヤたちの存在」
リオの言葉に、彼女は頷いた。
「妖怪や魔術に対して動く、特殊な捜査セクション。このビデオが渡されれば、その状態は不利になる。
野々市は、幹部たちに命じられ、今度はビデオの回収と、行方をくらませた鈴江の抹殺を命じられることになった・・・恐らく、こんなところね」
「あのカーチェイスの後、ノノイチのレビンは、残念ながら取り逃がしたわ。
しかし、その計画というのはどのあたりの?」
「ニンギョウか、臨仰市へのテロ攻撃か、その全て、ないしは私たちが関知しない別の犯罪・・・。
まあ、小鳥からの返事次第ね。害が無いって判断した場合のみ、パソコンで送るように指示を出したから」
その時、県警の柴村が呼ぶ。
「姉ヶ崎捜査官。メールです」
「来たわね」
パソコンの1台に彼女らは集まった。
“お払い済み動画”という、コンビニの500円ブックの謳い文句ような件名のメールをクリック。
中には添付ファイル。
「エロ動画みたいで、わくわくするな」
「時と場所をわきまえなさい。大介」
「すんませーん」
カーソルを合わせ、再生。




