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PM4:08
大津港
西日が差し始め、琵琶湖岸を染め始める。
琵琶湖の玄関口 大津港。傍には京阪浜大津駅を始め、大津市中心部が広がる。
穏やかな湖の声を裂くように、パトカーの隊列がサイレンを鳴らし、大津港に広がる遊歩道を走ってくる。
先陣を切るのは深津の運転するカローラ スパシオ。
「来たか!」
横目で湖を確認すると、白い船体にはオレンジがかった光が当てられていた。
大津港にミシガン以下、大小数々の船が入港してくる。
今、怒涛の旅路を終え、アメリカンビンテージが桟橋に着岸。既に大津港に待機していた警官が、ミシガンから乗客を降ろしターミナルビルへ誘導する。
ターミナルビルのアーケード下を走り抜け、ロータリーに止まった観光バスに。
乗客全員の無事を確認すると、バスは出発。続けて護送車が入ってくる。
ミシガンから続々と、列を成して出てくる信者たち。
だが・・・。
「我等、師に、シクツオミに捧げる供物なり。よってここに、自らの命を与え、神の過ちを赦したまえ!」
唐突に先頭を歩くソリュアが叫びだした。
動揺する捜査員。
「どうしたんだ?」
ミシガンから少し離れた、大型船舶用の第二桟橋に停泊するクルーザーにも、直に声が聞こえる。
瞬間、あやめは理解した。
「ヤバい。連中、死ぬ気だ!」
巫女装束をひるがし、久しぶりに舞い戻った地上を蹴り上げる。
「自殺する気だ!取り押さえろ!」
追走する大介の叫びに気づいた寺崎と深津が、ソリュアの両腕を掴み上げた。だが、彼は笑みを浮かべ、口を開いた。
(舌を噛み切る気?いや、映画のように、舌を噛んだだけじゃ死にはしない。
だとすると、口の中に毒を!?)
ソリュアへと走るあやめだったが
「間に合わない」
刹那、宮地がソリュアの前に出た
「深津君、しっかり持ってて!」
右ストレートをぶちかまし、口内出血させた後、鳩尾に一発。
「ぐはあっ!」
口から吐き出される血と、一本の歯。
それを踏みつけると、中から紫色の液体があふれ出す。
「やはり、歯に毒を」
「すると、他の信者も?」
彼らが気づいた時には遅かった。
ソリュアの後ろにいた、数名の信者が、突然泡を吹きながら倒れたのだ。
それを見た、他の信者は恐ろしさから、叫び声を上げながら逃げ始める。
「こら、待て!」
さらに間髪入れずに、湖から飛び出したキーチェーンが信者を巻き取り、水中に引きずり込む。
大津港が赤く染まっていく。
ターミナルビルの東側にあるヨットマリーナ。ニンギョウはそこから姿を現す。
その姿はニンギョウというよりは、1つの肉体。
肌色の体は、人間の胴体によって構成され、その一部はぬいぐるみと同化している、おぞましい姿。
手足も、人間のそれによって構成されている。腕に関しても5、6本の腕がまとまって、大きな1本の腕を構成しているのだ。
「ひでえ姿だ」
「取り込んだ人間を体内でバラバラにして、再構成しているのね」
「でも、どうして今更人間を?」
「分からない。今必要なのは、あいつを止めること」
その時、両腕が手前へと伸ばされると、腕を構成する人間の腕が花のように、ゆっくりと開いていく。
指先をピンと伸ばして。それは戦艦の砲台にも似ていた。
「まさか?」
そのまさか。
腕から放たれたのは、おぞましい光を放つ火の玉。
両腕から放たれた火の玉は、轟音と共にターミナルビルを吹き飛ばした。
建物が炎が吹き出しながら崩れ去り、上部に置かれていた大津港の表示も土煙へと消えゆく。
間髪入れずに放たれた第二弾。一発は開放的なアーケードの柱を吹き飛ばす。
鳥が羽ばたくような近代的なデザインの屋根は、自重によって崩れ去る。乗船券売場を兼ね備える西側ビルを巻き込んで。
もう一発はターミナルビルを飛越し、隣接する複合施設に。
爆音とともに黒煙が立ち上る。
「こいつは、やべえ!
全員、逃げろ!」
その言葉で逃げ惑う警官。ニンギョウの砲弾は無産別に大津港周辺へと着弾する。
遊歩道に停車するパトカーや桟橋にいる漁船、浜大津駅駅舎や周辺のビル、道路にも被害が拡大していく。
マンションが爆発し、交差点で車がぶつかり合う。
砲撃を受けた浜大津駅看板が架線中を破壊し、そこに京津線の電車が間一髪のところで停車。
至る所で火の手と悲鳴が巻き起こる。
「まずい。何とかしないと!」
「大介さん!あや姉!」
小鳥と香葉子が走り寄ってきた。
「馬鹿!逃げなさい!」
「あのニンギョウを止めればいいのね?」
「あなた、何を言って・・・!!」
小鳥が手にした通学鞄から、おはじきの詰まった網袋を取り出した。
「これなら、どう?」
「ええ、いける!」
小鳥は手にした網袋を振り回す。
「大介さん。この袋を投げますから、ニンギョウの上で撃ってください」
「撃ってって・・・ここからじゃ、ある程度の距離があるし、攻撃も」
その時
―――攻撃は心配しなくていい!
―――俺たちに任せろ!
上空に現れたささごいとえどばし。2つのUHー60Tヘリコプターがニンギョウの気を引き付ける。
―――ささごいより、地上の捜査員に告ぐ。浜大津周辺を封鎖せよ。
消防隊のサイレンが聞こえてきた。
いましかない!
彼女らからニンギョウまで、およそ30メートル。
そこで香葉子が、袋を取った。
「私に任せな。これでもハンドボール投げの記録は、学年一位だったんだから」
「お願いします」
握る手に力が入る。
「用意はいい?大介君」
彼もまたCZ75-1改の弾丸を標準装備に変更。マガジンを込め、スライドを引く。
「いつでも」
ニンギョウの手からは、ボールチェーンが飛び出し、ヘリを捉えようとする。
それを華麗に受け流す。
「おりゃーーーーっ!」
軸足を大地に、渾身の力を籠め振りかぶった香葉子の手から、勢いよく飛び出した網袋。
どんどん空を走り、ニンギョウの真上に。
「今よ!」
両手で構えた大介の銃。その弾丸が袋を貫く。
留め具を壊された袋の中から、色とりどりのおはじきが、西日をきらめかせながら、ニンギョウの頭上に降り注ぐ。
何事かと言わんばかりに、ニンギョウが周囲を見渡す。
仕上げは巫女、陰陽師 小鳥。
「星河は天泣となりて、我ここに稲城を起こしたり」
術を唱えた小鳥は右手を伸ばすと、人差し指、親指と小指、中指と人差し指・・・と指を瞬時に動かし、最後に全ての指を握って叫ぶ。
「紫電 幽獄!」
すると、おはじきからレーザーのような赤い、滑らかな光が出ると、ニンギョウの体を貫き、対角線上にある別のおはじきに到達した。
それが何本も何本も。
最後に、ニンギョウから一番離れた場所のおはじきの光が円を描くように走り、全ての光が紫に色を変えた。
「こ、これは?」
「妖術と結界による、一種の牢獄よ」
ニンギョウは両腕を上に挙げた状態で、動きを封じられていた。
「光が貫いているけど」と大介
「化学兵器には、影響はないわ。この状態なら、最高で3~4時間は時間を稼げる」
すると、ニンギョウが手から何かを出そうとした。
だが
「ギャオオオオオオオ」
電流が流れ、叫び声を上げた。
「少しでも動けば、電流が流れるわ。攻撃の心配も大丈夫」
「流石、我が妹。その間に作戦を練りましょう」
4人はゆっくりとニンギョウとの間を取りながら、大津港を後にするのだった。
その後、大津港を中心に半径2キロ圏内の住民に避難命令が、3キロ圏内の住民に避難勧告が言い渡された。
京阪京津線と石坂山線は全線で運転見合わせ。中心部を走る幹線道路、国道1号線、名神高速大津インターも封鎖され、報道陣も立ち入りが規制されたのだった。




