表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/100

74

 「がはっ!」

 露出した白き肌。その腹部に男の拳がめり込み、巫女の口から反吐が飛び出す。

 次いで右ストレート、小鳥の体は後ろのガラスに打ち付けられ倒れた。

 スカイデッキ。操舵室裏にある出港を知らせる小さなパイプオルガン。使われない時にはガラスの扉に閉ざされるこの場所で、小鳥はソリュア、ルキーミ、デュオに取り囲まれ、リンチを受けていた。

 船が普通の状態に戻った時、スカイデッキに小鳥の仕掛けた罠はなかった。ミシガンが傾いた時に、全て湖に落ちてしまったのだ。

 操舵室へ突入するも、残っていた兵隊は全て全滅、やっとのことでルキーミが引きずり出し、ソリュアが船を停止させたのだ。

 鼻血を拭い、尚も鋭く反抗的な表情を保ち続ける。

 「このアマ、まだ抵抗するか」

 「・・・」

 小鳥は何も答えない。

 そこに、ルキーミが一蹴。

 「うぐっ!」

 再び腹に。うずくまった小鳥に、ルキーミは叫ぶ。

 「ソリュア様が話しているんだ!反応くらいしな!」

 「ばか・・・ばかしい」

 「なに?」

 「話したくないから・・・黙っているだけ・・・なのに。

  アンタは・・・その男の・・・機嫌取りか何かか?」

 ゆっくりと起き上がった彼女に、ソリュアとルキーミは頂点の怒り。

 「もういい。デュオ。アンタの好きにしていいよ」

 「了解」

 相変わらずの表情で、左手で小鳥の首根っこを掴むと、ガラス扉に押し付けた。

 「さあ。さっきの続きをしよう。お返しも合わせてね。

  乳房を切るって約束だったが、それでは足りない」

 「殺すなら、さっさと殺せ・・・この手で首を・・・私を殺せェ!!」

 鋭い目を向けて叫ぶも、彼は首を横に、ゆっくりと振るだけ。

 「私は芸術家だ。そんな下品なことはしないよ。すぐに殺すだなんて、そんな下品な仕打ちは」

 ナイフを持った右手を小鳥の体の上で動かして、言うのだった。

 「漢の呂后が処した戚夫人のようにしてやろう。両手足を落とし、目玉をつぶし、耳を焼き、約束の乳房も切り落とそう。だが、残念だ。ここには肥溜めがない。新鮮なまま琵琶湖のブラックバスに、その体を貪らせよう。魚に犯されながらお前は死んでいくのだ」

 今まで落ち着いてたデュオの顔が高揚し、喋るスピードが速まる。

 その様子に、小鳥も恐怖を隠せない。体が小刻みに震える。

 「まずは乳房からだ。姉とは違い、いい体だ」

 右乳房の下に、鋭利なナイフが突き立てられた。

 今度こそ本気だ。

 デュオから笑みがこぼれる。

 (助けて・・・助けて、お姉ちゃん!!)

 心の叫び。

 「姉を求めても無駄だ。そんな映画みたいなこと起こるはずもないのだから」

 その瞬間

 「あるんだな、それが」

 気づくと、デュオの脇腹に刀が向けられていた。

 刃先が、その太った腹を捉える。

 気づいたソリュアとルキーミが振り返った時には遅い。

 デュオの後ろに村雨を手にしたあやめ。その後ろに銃を構える大介と宮地の姿が。

 「動くな!手を後ろに回して、ひざまずくんだ!」

 大介が叫ぶ。

 2人は指示に従って、手を後ろに回し、ひざまずく。

 次いであやめも

 「デュオ、アンタも小鳥から手を放しなさい」

 その声は非常に冷たい。

 背中に冷えたものが走り、恐怖を本能的に感じた。

 デュオはゆっくりと手を放そうとした。

 「!?」

 不意に、ルキーミが立ち上がりあやめに襲いかかった。

 あやめは氷花を解除し、ルキーミと取っ組み合った。

 訓練でも受けたのか、力のあるルキーミにあやめは押され、手すりまで追い詰められた。

 「死ね!」

 体が後ろにのけぞる。

 このままでは湖に。

 あやめは右足をルキーミの足の甲を思い切り踏みつける。

 「ぎゃっ!」

 ひるんだすきに、複の襟首をつかみ、ミシガンから投げ落としたのだ。

 水しぶきを上げ、4階から転落した彼女を確認すると

 「氷花 刃」

 再び村雨を精製し、デュオのもとに戻る。刃先から水をしたたらせて。 

 「手を放して」

 再び冷たい声と、向けられた刃先

 有無も言わず、すぐに手を放した。

 「ナイフを捨てて」

 すぐにナイフを捨てる。

 「彼女から離れて、私がさっきいた手すりに」

 刃先を向けたまま、太った男を歩かせる。

 「お願いだ。殺さないでくれ」

 「殺すだなんて・・・私は芸術家よ」 

 瞬間、デュオは理解した。

 「小鳥に、汚い血を浴びさせたくないだけ」

 手すりを背に、あやめと向き合う。

 その黒い瞳は、吹雪の中の如く何も見えなく冷たい。

 「三段斬りの刑は、ご存じかしら?」

 「なんだと?」

 「江戸時代の日本の処刑方法の1つですわ。特定の極刑を犯した相手に課されるもので・・・想像はつくでしょ?罪人の胴体を切断した後に、首を斬る。だから三段斬り」

 「そ、そんなこと、できるわけがない」

 「ええ。現に処刑が執行された報告は少ない。何故なら剣の名手でなければ実行不可能だから。

  ・・・じゃあ、私は?」

 ゆっくりと刃先が、腰に当てられる。

 「大丈夫よ。一瞬だから。一瞬で、貴方の腰を・・・」

 刃先から滴る水が肌に触れたとき、デュオの体が震え始める。

 「しょ、処される・・・処される・・・」

 その姿をみて、あやめは笑みを浮かべる。

 「どう?気分は?」

 「止めるんだ!あやめ!」

 大介が叫ぶ。小鳥が叫ぶ。

 「お願い、あや姉。殺さないで!」

 だが

 「五月蠅い。他人を危険な目に遭わせたこと、いえ、それ以上に私の、世界でただ1人の可愛い妹を傷つけたこと。それが我慢ならないだけ。

  小鳥が受けた恐怖を、コイツに味わってもらうだけ」

 刀を構えて、刃を天に。

 「や、やめて・・・」 

 「死ね」

 酷く無機質な声。

 刃が振り下ろされた―――。

 あやめ以外の誰しもが目を閉じ、デュオの悲鳴と豪快な水音を聞く。

 目を開けるとそこには凄惨な血だまりと、真っ赤な巫女・・・なんてものはなく。

 刀を持っていないあやめが。

 「あ、あやめ・・・デュオは?」

 「ん」

 指さしたのは湖。

 全員が向かうと、水の中でバタバタとあがくデュオの姿が。

 「私が彼を殺すと、本気で思っていた?」

 そこにはいつもの明るいあやめが。

 「あや姉!」

 「頑張ったわね。小鳥」

 その声掛けに、全ての堰き止められたものが、小鳥の中で決壊した。

 顔をくしゃくしゃにして、装束をつかみ、胸の中でワンワンと泣き上げる。

 そんな彼女を抱きしめながら、ゆっくりと腰を下ろして、頭をなでる。

 「よしよし。怖かったね」

 「ごめんなさい。あや姉に・・・あや姉に、鈴江君の事を・・・」

 嗚咽と共に語る贖罪

 「もう過ぎたことよ」

 「ほんとうに・・・ごめん」

 「むしろ褒めたいわ。流石、我が妹ってね」

 「え?」

 「貴方がいなければ、この船は沈められて、犯人の計画を止められなかった。大勢の人が死んでいたかもしれない。

  それを小鳥。貴方が防いだの。むしろ誇りに思いなさい。貴方が大勢を助けたヒーローなんだから」

 言い聞かせる傍で、水上艇から乗り込んできた警官がソリュアに手錠をかけ、連行していく。

 近づく大介。

 「ビアンカの犯人も、無事逮捕したよ。柳が崎の港に岩崎さんが待機しているそうだよ。

  この船は、信者を逮捕し次第、大津港に帰還するそうだ」

 「けが人は?」

 「何人かが擦り傷を負った程度で、重傷者はゼロだ。

  後は信者たちの聴取と、鈴江君が隠したビデオの在り処」

 「だね?」

 あやめが覗くと、下ではデュオに向けて浮き輪が投げ込まれている。

 「あ、そうだ」

 何かあったらしく、彼女は叫ぶ。

 「1つ言い忘れていたわ」

 何かと思いきや

 「ごめんなさいね!Bカップで!妹より胸はありませんよーだ!」

 「おいおい。そんなことかよ」

 呆れる大介に、反論したのは小鳥だった。

 「女性にとって、胸は大事ですよ。ね?」

 「そうよ」

 目を腫らした小鳥と、穏やかな目のあやめ。

 2人が互いを見つめあうとき。

 「ぎやあああああああああっ!」

 絹を割くような悲鳴。

 立ち上った3人は、その方向を見る。

 ルカの乗ったヘリがホバリングする真下。赤い血だまりがどんどん広がっていく。

 「どういうことだ?」

 「今頃になって出てきたのよ。ラスボスってやつが」

 すぐにイヤホンマイクを掴んだ。

 「ルカ先輩、そこから離れて!ニンギョウです!」

 ―――え?マジ?・・・上昇して!早く!

 すぐに、ずんぐりとした機体が立ち去り、湖面に姿を現したのは・・・

 「なんてこと・・・」

 ぬいぐるみと共に、人間の肉体を身にまとって大きくなったニンギョウだった。

 血を流し絶命したルキーミの体を、胸の部分から自分の中へと取り入れていた。

 数えるだけで、10人以上はニンギョウの体を形成し、その分以前にも増して図体は大きくなっている。

 「こんなに殺したのか?」

 「多分、あの戦いで湖に落ちた信者を水中に引きずり込んで、自分の肉体に取り入れた」

 「でも、呪いのニンギョウは、自分と同じ構成物を」

 大介の言葉に、小鳥は言った。

 「あれはもう、今までの呪いのニンギョウとはケタが違う。呪術によって解き放たれ、自分の意志と内包された意識で行動する、独立進化のなれの果て。ニンギョウを超えた化け物よ!」

 ニンギョウは手から放ったキーチェーンを、信者の操るR22ヘリコプターに巻きつけると、そのまま湖に叩き落とした。

 次いでもう片方の手から発射されるぬいぐるみは、船舶を爆破させる。

 「このままじゃ、こっちが危ない!」

 そこへ、宮地と船長の西堂が現れる。

 「船長を呼んできたわ。すぐに出発させる」

 「お願いします。鈴江君は?」

 「あやめの友達の船に」

 「私たちも、そっちに乗ります」

 船長が操舵室に入るのを確認し、あやめは無線で叫ぶ。

 「全船舶、ならびにヘリ全機に告ぐ。大至急、その場から離脱せよ!

  陸上で待機中の警官隊は、大津港周辺に警戒体勢を!」

 あやめと大介、小鳥は階段を駆け下り、クルーザーに戻った。

 「すぐに出して。全速先進」

 「ほいきた」

 香葉子は華麗な手つきでエンジンを起動させ、ミシガンから離れた。

 それと同時に、再び外輪を回し始めたミシガンは、眼前の大津港へ向けて全速先進。

 今回は、本当のピンチであるが。

 全ての船が競うように大津港を目指す。

 時刻は午後3時半。間もなく日の入りが始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ