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ビアンカ操舵室。
銃口を向けられていたエリスは、必死で逆転の機会を狙っていた。
話の間に、つけていたイヤホンマイクも、彼女に取り上げられていた。
「時間が来た」
「どう言う事かしら?」
「ミシガンとの距離が狭まっている。異端の羊共の死ぬ時間だ」
「さっきから黙らせておけば・・・」
苦虫を噛むが如く、顔をしかませる。
銃を握る信者の手に、力がこもった。高揚する声を上げた。
「死ね!カトリックのヒツジめ!」
刹那。
カーン、カーン、カーン。
鐘の音が高らかに鳴り響く。
「なんだ?」
信者が窓の外に気を取られた。
いまだ!
エリスは思い切り立ち上がると、後頭部を信者の顔面に強打!
「ぐはっ!」
鼻血を流しひるんだすきに、右腕を傍の壁に打ち付け、手から銃を払落し、背負い投げ。
伸びてしまった彼女に、エリスは捨て台詞を放つのだった。
「貴方は勘違いしていたわね。私は羊じゃない。羊使い・・・いえ、それさえも食い殺す狼だったことに。
その気になればシスティナに銀貨30枚を投げ込む。そういう女よ」
すぐに、エリスは窓から状況を確認する。
「ウソでしょ?」
ミシガンがこちらへと舵を切っているではないか。
こちらも、左へ舵を切ろうとした瞬間
―――エリス、エリス!
イヤホンマイクが叫んだ。床に落ちていたそれを拾うと、答える。
「こちらエリス。ミシガンが迫っているわ。すぐに方向転換を」
―――絶対にしないで!そのまま走って!
「どうして、このままじゃぶつかるわ」
―――ぶつからないように指示を出している。回避する術はこれしかないの。
「だとしても、こっちが左に舵を切れば・・・」
―――ええ。その通り。でも、舵を切った際にできる波を、ミシガンがモロに受けることになるわ。急速旋回しているミシガンがそれを受けたら、横転するリスクは高まる。
「そんな・・・」
―――とにかく、今は何もいじらないで。舵も計器も。今の速度を保つの。いいわね?
「・・・了解」
とりあえずは彼女を信じるが、眼前に向け舵を切り、停止せずに向かってくる船など、彼女には逃げ出したくなるほどの恐怖。
それでも、動いてはいけない。
できることは、信じることのみ。
「頼んだわよ。コトリ」
「やあああああっ!」
小鳥は鐘の合図とともに舵を左に回す。
ミシガンの舵は、海賊映画に出てくるそれを小さくし、そこに片手で操作できるようにハンドルが付いている仕様だ。
そのハンドルを右手で思い切り左へと回した。
船体が左へと向きを変えるのが分かった。
だがすぐに、正面に現れる白い壁。ビアンカ。
一瞬、逃げ出したくなる恐怖に襲われた。だが、ここで逃げるわけにはいかない!
旋回するミシガンが、大きく左へと傾く。傾く。どんどん傾いていく。
「うわっ!」
船長の椅子にしがみつくも、前を走る壁に変化はない。
「お願い!ぶつからないで!」
心からの叫びが口から出る。
目を閉じかける。でも、見開けなければ・・・自分がやられる。
ビアンカの姿が左から右へ。
「お願い!」
外で見ていたあやめと大介も、同じ気持ちでミシガンを見ていた。
「小鳥・・・」
「お願いだ。ぶつからないでくれ」
大きなビアンカの前を、小さなアメリカンレトロが横ぎっていく。
必死に水を巻き上げる赤い外輪も、今は命綱。
ゆっくりと、ゆっくりと。
その時間が、誰にもスローモーションに感じる。
「見ろ!」
大介が叫んだ先。赤い外輪の去った後に、ビアンカの船首が姿を現した。
衝突回避。
ミシガンの航路をかき消すように、白い体が波をかき切る。
赤い外輪を見せつけながら、ミシガンは再びストレートコースに入る。
その瞬間、ヘリの音でかき消されそうになりながらも聞こえてくる狂喜の叫びと、拍手歓声。
全て警察隊からからのものだった。
拳を上げ、叫び声を上げる大介もまた。
「やったな。あやめ!」
あやめは冷静だ。
「喜ぶのは早いわ。香葉子、船をミシガンに横付けして。小鳥を助けるわ」
大型クルーザーは再びうねりを上げ、ミシガンを追いかけ始めたのだった。
「残りの連中は?」
「ご心配なく」
あやめはイヤホンマイクを掴んだ。
「宮地先輩。残る船団の対処、お願いしますね」
―――任せなさい。
通信を終えると、自身の愛銃であるワルサー P99を取り出し、弾数を確認すると、デコッキング・ボタンを押し下げた。
船は徐々に、ミシガンの白い船体に。
撃ってくる敵は、誰もいない。
だが、違和感は感じていた。
「船が減速しているわ」
「小鳥君が止めたんじゃ」
嫌な予感がした。
「宮地先輩。こちらに応援に来てくれますか?」
―――分かった。
通信終了。
デコッキング・ボタンを戻し、銃をしまうと、あやめは右手を湖へと伸ばす。
「氷花 刃」
生成される氷の刀。それはあやめの意識のもと、本物の刀へと姿を変えていくのだった。




