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煙の渦巻くミシガン1階。
そこで掃射していた信者は、咳き込み、戦闘不能となっていた。
「モロッコヨーグル?」
大介は、あやめの言葉に驚いた。
「そう、表向きはね。でも中身は、超強力な煙幕」
「ビー玉や紙風船で除霊した時には驚いたが、まさか」
「彼女曰く、子どもは純粋無垢で強いパワーを持つ存在。そんな子どもが好むおもちゃやお菓子には、悪しき敵を掃討するだけの大きな力がある。それが昔からあるものであればある程強大。その上、外見からのカモフラージュができる。
だから、小鳥は駄菓子やおもちゃを武器にするの。
・・・それより、これはチャンスね」
最初は分からなかった大介だが
「そうか!
リオさんのインペリアルシステムなら、視界の悪さは関係ない。完璧な弾丸軌道を導き出す!」
「そのためには、ささごいを安定させないといけないわ」
だが
『うわっ!』
煙の影響が少ない2階、3階からの掃射は続行中。
こっちを無視はできない。
「あやめ、チェイタックには」
「残り3発。でも、さっき痛めた腕が、ちょっと痛むの」
迷っている暇はなかった。
「あやめ。ミシガンを頼む。俺はリオの援護に向かう」
「な!?
あなた、ライフルなんて扱ったことないでしょ?もし、ささごいを撃ったらどうするの?」
「俺には人魚の血が流れている。そうだったな?
その魔力に、期待するだけだ!」
すぐにチェイタックを掴み上げた大介は、弾丸を確認し、セーフティーを解除。銃口を空へと向けた!
小型ヘリ R22はささごいから離れて大きく旋回した直後だった。
チャンス!
スコープから覗く白い機体。人の乗っていない座席に照準を合わせた。
真っ直ぐ飛んでくる。行ける!
直感で感じた大介は、一気に引き金を引いた。
発射された弾丸は、フロントガラスを突き破り、座席にめり込んだ。
一瞬の出来事に動揺したR22のパイロットは、機体を上昇させ旋回させる。
それを見た彼は、無線で叫んだ。
「リオさん。今のうちに!」
―――え?
「インペリアルシステムで、1階の信者を叩くんです。
早く・・・煙が消えないうちに」
―――OK!
再びささごいから体を放り出したリオ。アッシュブロンドの銀髪をなびかせ、笑みを浮かべながらライフルをミシガンに向けた。
赤い瞳は、1階にいる全員を捉え、その手や肩を射抜く軌道を導き出す。
(Let’s shoot!)
引き金を間髪入れずに引いていくリオ。
全ての弾丸を撃ち尽くしたとき、煙幕は消え、そこにいた信者は倒れたまま。戦闘不能。
「終わったわよ。ダイスケ」
―――どうも。
「なかなかの狙撃だったわよ。今度、君が代わりにヘリに乗るかい?」
―――ワルキューレを流してくれるなら、考えなくもないですよ。ロバート・デュアルのように。
微笑するリオ。
「ベトナムで仕事の時は、ぜひ呼んであげるわ」
だが、内心は少し怯えていた。
(不安定な水上から、上空のヘリを一発で狙撃・・・銃の扱いが初期の人間が成せる技じゃない。
マーメイドブラッド・・・お前は人間を、ダイスケをどこまで・・・)
「まあ冗談はそこまでにして、問題はビアンカね」
彼女の眼下。まだ遠い距離ではあるものの。客船ビアンカはこちらへと進んでいたのだった。
それと
「ダイスケ。2階の連中が騒がしくなったぞ」
―――どういうことです?
「船首部分にある階段から、1階へ降りているわ」
ダイニングに突入してくる信者。その数は3人。
既に銃撃などで、戦闘員の数も少なくなっていたのだ。
赤い絨毯を、銃を構えて歩く信者。その足元を何かが転がってきた。
「なんだ?」
それはサッカーボールチョコ。それも10個。
3人を包囲するように止まった。
「動かない方が、身のためよ」
声が聞こえてきたのは彼らの右側。
テーブルの陰から、小鳥が姿を現すと、ゆっくりドアの方へと歩む。
「そいつはただのチョコじゃないわ」
「なんだと?」
小鳥がドアに来たと同時、背後に現れた2人乗りの水上バイク。
後ろに乗る男が、小鳥に向けて銃を向けた。
だが
「見てて」
そう言って、同じサッカーボールチョコを取り出すと、後方へと放り投げた。
弧を描き、水上バイクに当たった瞬間。爆音とともに信者の視界から仲間が消えた。
「こ、小型爆弾。すると・・・」
「ご名答。地雷原から出れます?
あ、銃とかもご遠慮くださいね。少しでも動いたら爆発しますので」
その言葉を残し、鞄はしっかりと抱えて、部屋を後に船後方の階段へと走る。
出たのはあやめのいる、前方から見て右側甲板。
「小鳥!」
声が聞こえた方を向くと、あやめが。
「あや姉!」
欄干を掴み、体を乗り出して叫ぶ。
「無事?」
「私は大丈夫よ。それより、鈴江君をどうにかしないと」
「彼は?」
「2階に監禁されているわ。連中は、彼を脱出させた後に、ミシガンを沈める気よ」
あやめは下唇をかむ。
「全員助けるには、相手を倒して船を止める以外にないってことね」
その時、ドアの向こうから見えたもの。それは、仲間の船舶が横づけされる瞬間。
「どうやら、鈴江君を乗っけるつもりみたいね。
私は船を止めるから、あや姉は連中を」
「バカ!そんな危険なこと―――」
「やらなきゃ死ぬ。ならば、やってから死んだ方がましよ」
その言葉、彼女の瞳に重みを感じたあやめは、ゆっくりと頷いた。
無線を引っ張り、叫ぶ。
「あやめより全船舶へ。これより、ミシガンを奪還する!
宮地先輩!進行方向右手に回り込んで、仲間の船舶を止めてください。
それ以外は武装した信者の殲滅と、進行方向の安全確保を!」
―――了解。
あやめは改めて、小鳥の姿を見る。
「行きなさい!」
「あや姉」
「妹の勇気を踏みつぶす姉が、どこにいるもんですか。
託したわよ。このミシガンを」
「うん」
踵を返して、小鳥は船首側にある階段を上り始めた。
操舵室へ通じる1番の近道。
クルーザーは、その姿を確認するとミシガンと距離を置き、残る教団の船と、甲板からこちらを睨む信者の殲滅に取り掛かった。
既に相手の戦力消耗は激しく、制圧は時間の問題だった。
「あやめ」
大介が話しかける。
「ビアンカはどうする?ミシガンを止められても、ビアンカが突っ込んで来たら、元も子もないぜ」
彼の言う通り。
―――そこは心配しないで?
「え?」
彼のイヤホンマイクに聞こえてきた女性の声。
―――ようやく通信圏内ってとこかしら?
その声に、あやめと宮地は反応した。




