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 操舵室の窓から見えたのは、大型クルーザーが琵琶湖大橋港を出て、橋をくぐる姿。

 「あや姉・・・」

 「何をする気でしょう?」と操縦する男

 「どうせ、若さゆえの浅知恵・・・このまま、橋桁にぶつかれ。できるな?

  死ぬことは、我々がシクツオミ様の加護を受け、さらなるステップに進むために必要な要素だ。不治の病で死んだお前の妻も、この加護を受けられる」

 「はい。あいつのためなら・・・」

 小鳥は叫ぶ。

 「そんなのウソよ!」

 「黙れ!」

 「貴方は分かるはずよ。亡くなった奥さんのためにできるのは、自分が死ぬことじゃない!」

 「お前に、あいつの何が分かる!」

 瞬間、ソリュアは銃を握る手で、小鳥の顔を殴った。

 「黙れ!」

 突き刺すような痛み。赤くはれた頬を押さえ、小鳥は彼をにらんだ。

 「推進!最高速で、死へと走れ!」

 叫ぶソリュア。

 男は無言で手を動かす。

 唸りを上げ、外輪の回転速度が速まる。

 小鳥も感じていた。スピードが上がっている。

 挿絵(By みてみん)

 窓から見える風景、コンクリートの琵琶湖大橋が、眼前に迫る。

 (このままじゃ、本当に殺される!)

 思考を巡らせようとしたとき。

 「ソリュア様!相手も、こちらに突っ込んできます!」

 「なんだと?」

 男の言葉に耳を疑った。

 確かにミシガンの真正面に、先ほどの大型クルーザーが。白い航跡を残しながら、こちらに走ってくる。

 彼は銃をしまうと双眼鏡を掴み、前方を見る。

 「馬鹿な。あれだけの大型クルーザーだ。衝突すれば、あっちも無事じゃあ済まされない」

 瞬間、言葉を失った。

 レンズの向こう。ショートカットの巫女が仁王立ちで、ライフルを構えたのだ。

 (ち・・・チェイタックだと! この男を撃ち殺す気か?

  馬鹿な!彼が死ねば、この船は加速したまま橋脚に突っ込む。自分の妹が、どうなってもいいのか!?

  いや、あれだけ不安定な場所なら、正確な狙撃は不可能だ。だったら尚更だ!下手をすれば、傍にいる妹を殺すことになる)

 緋袴のスカートをなびかせ、右目をスコープへ。

 「真っ直ぐ来る・・・チキンレースです!」

 「構わん!そのまま走れ!」

 舵を握る手に、ライフルを握る手に力が入る。お互いの視界に入る相手のサイズが、大きくなっていく。

 緊張、興奮、恐怖。それらのボルテージが臨界点へと迫る。

 歯をむき出し、ソリュアは叫んだ。

 「誰だって身内は可愛いだろ?妹を殺したくなければ、さっさと止まれェ!!」

 ダアーンッッッ!

 眼前の窓に空いた、小さな穴。

 「ま、まさか」

 叫んだ姿のまま硬直したソリュアは、現在の状況を掴んだとき、それに恐怖した。

 向こうから放たれた弾丸。それは男とソリュアの間をかすめた。

 続けて撃ちこまれた銃弾。男の左頬をかすめる。その上、クルーザーは速度を緩めず、こちらに迫ってくる。

 「あ・・・あ・・・ひいいいいいっ!」

 目を開き、パニックを起こした男は、舵を右に向けた。

 「死にたくない!死にたくないいいいっ!!」

 そう叫びながら。

 ミシガンが進路変更した場所。それは素人目からは橋脚から離れた場所であるが、スピードを出した大型船舶にとっては、正にギリギリ。

 大型船通過区画を選んだミシガンに、道が開かれる。


 一方の大型クルーザー。

 進路変更を確認したあやめは、チェイタックを下ろした。

 「やった!ミシガンが進路を変えた!」

 声を上げる大介に、あやめは一喝。

 「浮かれるな!ミシガンとすれ違うわよ!」

 そのままの速さで、琵琶湖大橋に突入するクルーザー。だが、進路にはまだ、赤い外輪が見えている。

 「香葉子!」

 「このまま行ける。つかまって!」

 ミシガンの白い巨体が、車の行きかう橋の下をくぐり始めた。

 その左側を、大型クルーザーが豪快に走り迫る。

 橋桁を間に挟んだすれ違い。

 そのコンマの瞬時。あやめは操舵室にいる小鳥に気づいた。そして小鳥もまた。

 視線が重なる。穏やかで凛とした瞳。

 「あや姉ェ!」

 猛スピードで走り去る姉。

 「あの巫女め」

 その顔に笑みはなかった。

 ソリュアは男の首根っこを掴むと、外へと連れ出した。

 「あ・・・あの・・・」

 「お前は神に背いた。シクツオミに代わり罰を与える」

 怯える男の口に躊躇なく銃口を突っ込むと、引き金を引く。

 乾いた音と共に、後頭部から血が噴き出す。

 そのまま銃を引き抜くと、屍となった男を湖へと突き落すのだった。

 顔色すら変えない冷淡さ。

 そのままスマホを取り出すと、電話をかけた。

 「第1段階は失敗した。だが、本命はのってきたため、そのまま継続する。

  和邇沖、及び本部で待機中の各班に告ぐ。第2段階を開始。行動を開始せよ」

 

 橋脚越しに過ぎ去る妹。

 振り向きながら過ぎ去る巨体を見続けていた。

 「あやめ!」

 「見えた・・・大介!小鳥は操舵室よ。香葉子!」

 「オーケイ!つかまってて!」

 その声に、あやめと大介は手近なものにつかまる。

 直後、クルーザーは巨体を傾かせ、鋭角ターン。

 盛大に水しぶきを上げながら、ミシガンを追う。

 梯子を上り、操舵席に顔を見せた大介は言う。

 「どうする?」

 「連中は、よっぽど死にたいらしい。ならば、それを止めるのが警察官の大前提よ!」

 その時

 「銃声?」

 「あや!」

 振り返ると、ミシガンから人影が転落する。

 クルーザーは減速して、湖上に浮かぶ体に近づく。

 「むごいな・・・」

 目を見開き死んでいた男。それは恐怖そのものだと彼らは感じた。

 「これ・・・ミシガンを操っていた男だわ」

 「でも、彼の服は琵琶湖汽船グループの制服じゃないわ」

 「教団信者ね。彼らの中に、船を操縦できる人間がいたってわけね」

 「待って!それじゃあ船長は?」

 「殺されたか、それとも監禁されたか・・・一刻も早く船を止めないと!」

 そんなあやめの目の前に、何かが降りてきた。

 一瞬身構えたが、その正体はスチロールでできたプロペラ戦闘機の模型だった。

 「ソフトグライダー?」

 拾い上げ、翼の裏を見ると

 「!?」

 「どうした?」

 「これ、小鳥の道具よ」

 「小鳥君の?」

 あやめは、グライダーの翼を引き抜くと、裏返して見せた。

 そこには筆で書いたように、黒く細い文字。

 「彼女は除霊とか魔除けに、駄菓子やおもちゃを使うの。

  翼の裏に、文字が書いてある・・・“船内に人質は20数人”」

 読み終えると、記されていた文字が消え、別の文字が。

 「“船長は監禁され、信者が操縦”・・・“その人物が殺された”」

 「こいつか!」

 「“名前が分かっているのは”・・・“デュオ ルキーミ ソリュア”」

 次々と現れては消える、その文字の結末は

 「“連中の目的”・・・」

 あやめは、黙ってしまった。

 「なんだよ」

 「“船を沈め、その血でニンギョウをおびき出す”!

  そうか、連中はニンギョウは血によって暴走する、どこかに現れるって考えているのね!

  内包された通り魔の精神的側面に微塵も気づかず」

 「だからこの橋に・・・じゃあ次は?」

 「・・・人質を殺して海に放り投げるか・・・直進すれば、大津港に突っ込む」

 刹那、あやめは香葉子に叫ぶ!

 「すぐにミシガンを追って!!」

 「オッケー!」

 水しぶきを上げ、再びクルーザーが動き出した。

 ゆっくりと着実に湖南へ向かう白い巨体。追いつくには十分すぎる速度だった。

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