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滋賀県警の要請を受け、隼は宮地と深津を長浜市の事件現場へと向かわせた。
柴村刑事と共に周囲を徹底的に捜索したが、妖怪の気配は感じられなかった。
「柴村さん。本当に死体が動いたんですか?」と深津
「本当ですよ!私は見たんですから」
「でもねえ・・・何の気配もみられないんですよ。
それに、死後硬直の影響で死体が動いた可能性だって、捨てきれないでしょうに」
すると宮地は言う。
「それなら、沙奈江さんに聞いてましょうよ」
「その被害者の死亡推定時刻は?」
―――今日の午前3時から4時の間ですね。
「そうね・・・有り得るとしたら、死後硬直が始まったか、最強の状態になったか」
亜門沙奈江は大阪市阿倍野区の自宅で、電話を受けた。
受話器を肩に挟みながら、家事をこなしていた。
―――どういうことです?
「状態にもよるけど。死後硬直は死後2~3時間程度で始まって、12時間程度で全身に及ぶわ。そこから30~40時間程度で硬直が解け始め、90時間程度で完全に溶ける。
ただ、これは地上で死亡し、尚且つ摂氏20度前後に死体がさらされた場合だから、水温の関係で時間は前後すると思うけど。
自然に考えて、死後硬直によって頬の筋肉が硬直し、笑っているように見えたと言えるわね」
―――長浜港付近で発見されたのが午前6時頃、県警が死体の笑みを見たのが午前7時30分頃。確かに。
「でも、そんなケース聞いたことないし、その後すぐに表情が元に戻ったってのも気になるわ」
―――そうですか。
沙奈江は台所に移り、食洗機から食器を取り出し棚に片付ける。
「また妖怪犯罪?」
―――いえ、そうではないと思うんですが・・・ところで、大介君は?
「大介?部屋で寝てるわよ。
静岡の事件で、相当疲れてたんでしょう。起こす?」
―――そこまでじゃないので。ありがとうございました。
電話を切ると、沙奈江は食器の片づけを続けるのだった。
「沙奈江さんは何だって?」
「死後硬直の可能性はあるけど、疑問は残るって」
長浜城天守閣で、2人は琵琶湖を望みながら話していた。
「そうか・・・でも、妖気は検出されなかったし、ラッシュの気配が無いから、トクハンの管轄にはならないだろう。
しいて言うならば、塩の入っていたビニール袋が気になるところだが・・・」
「総面積670平方キロメートル、日本最大の面積と貯水量を持ち、関西の水瓶とも呼ばれている琵琶湖。何が浮かんでいてもおかしくは無いわね。
ああ!このウォータービュー。子供の頃を思い出すわ」
湖面と同調せんばかりのキラキラとした瞳、深津は横で冷やかす。
「何だ?若かりしネコの時か?」
「失礼ね。これでもまだ20代よ!」
「見た目はね」
宮地は彼を笑顔で見ていった。
「深津君。メイコ様の必殺ネコパンチを食らいたいわけだ。ん?」
「いえ。心も体もお若い」
「よろしい!」
その時、深津は気付く。
「ん?待てよ。
メイコって、滋賀の生まれなのか?」
「いえ、長野よ。嫌なことがあった時に、傍にあった諏訪湖によく行ったの。
だから、太陽の光が反射する湖面を見ると、故郷を思い出すの。
自然っていいわ。嘘を付かないし、何も隠そうとせずに、何でも包み込む」
「ああ、そうだな・・・」
天守閣から見る琵琶湖、小波を添えて。これ程贅沢なことは無い。
「だが、俺にも良い所があるぜ。とってもな」
「どんな?」
「滋賀のおいしいラーメンの店を知ってる。腹減らない?この近くに、美味い長浜ラーメンを出す店を知ってるんだ」
宮地は微笑すると、城内を入口へ降りる階段へ。
「頼むわ。
断っておくけど、私の舌は結構なグルメよ」
「上等」
狭く急な階段をゆっくりと下っていく2人だった。