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ルキーミに銃を突き付けられ階段を上がる小鳥。今まで見たところ、10人前後、それくらいの信者が乗り込んでいる。手にはマシンガン。
そして鈴江は目を覚ます気配がない。
(ほかの乗客は、どこ?)
2階。茨模様が描かれたガラスの扉をノックすると、内部から信者が現れドアを開けた。
ここはカフェスペースになっていて、カウンターに赤い絨毯、緑色の重質なソファが瀟洒な雰囲気を醸し出しているが、テーブルに置かれたコーヒーカップや、食べかけのパンケーキを見ると、乗っ取られた時の状況が、手に取るように想像できる。
さらに奥にあるドアへ歩く。再びドアをノック。
この先はホールになっていて、ニューヨークのジャズホテルをイメージした高級感あるフロアになっているのだが
「え?」
テーブルとイスが脇に寄せられ、その床に乗客や従業員が座らされていた。脇には武装した白スーツが3人。人質の顔には皆、疲労の様相。
(総勢21人・・・さっき見たマップによると、この船の1階にもホールがあるわ。そこに何人いるのか。
いえ、この状況をあや姉に知らせる方法を考えないと・・・)
顎を動かしたルキーミ。鈴江を背負っていた信者が、その体を乱雑に投げ捨てる。
ドスンという音に反応し、人質の誰もが体をすくめた。
どれだけの恐怖を、人々に与えたのか。
すると、信者の1人がルキーミに近づいた。
「ソリュア様からの言伝です。その女性を操舵室に」
「分かった」
彼女は小鳥の腕をつかんだ。その時
「ちょっと待って!その鞄は置いて行きなさい」
ルキーミが指摘したのは、彼女があの混乱でも放さなかった、指定通学鞄。
「嫌よ」
「このアマ、自分の立場が分かっているのか?」
彼女は銃の安全装置を外した。
瞬間、小鳥も体をびくつかせる。だが、毅然と
「だからこそよ。ここで私を殺せば、ソリュアって奴の命令に反することになるわ。
それに、折角船に乗せた私を殺したら、計画は失敗するんじゃない?」
「どうして、そう思う?」
「私が船に向かうまでの単なる人質だったら、さっきの港で私を殺せばいい。船には大量の人質がいるのだから、行きがけの駄賃ぐらいドブに捨てても支障ない。いや、さっきの美術館で私を殺せば、それがいい塩梅の脅しになって、鈴江君がビデオのありかを歌いだす。
それらをしなかったことからして、この計画に少なからず私が、歯車として必要になっている。それも生きている形で。違う?」
彼女の推理に、ルキーミは顔をにやつかせ答えた。
「残念。アンタをこの船に入れた理由は、レイラス様の指示だ」
「レイラス?」
「今回の一連の計画を、師から任せられた者だ。彼は下界名 野々市にアンタを殺すように指示を出した。それも、姉の目の前でな」
瞬間、小鳥に冷や汗が走る。
「野々市は、この鈴江の所属するサークルの副部長を、デュオと共に拷問して、今日の接触を知った。
そこで、この計画を持ち出したのさ。“クリムゾン・ミシガン”を」
「だったら、殺すチャンスはいくらでもあったはず」
「あれだけの騒動だ。どうせ県警の警察官には拳銃携帯命令が出ている。姉を待っていたら、こっちが殺されていたさね。ここなら邪魔は入らない。
さあ、御託は終わりだ。その鞄を捨てろ」
自分の殺害が計画されていたなんて・・・。
ショックと恐怖の中、小鳥は鞄を、ルキーミの方に投げ捨てた。
「いい娘だ」
銃口そのまま近づくルキーミに
「条件よ」
「ん?」
「この鞄の中身を、貴方がチェックして、危険なものが入っていないと確認できたら、この鞄を持って操舵室に向かうことを、許可してほしい」
「えらく鞄にこだわるじゃない?怪しいわね」
彼女は、鞄に近づこうとしない。
「どうせ、何か仕掛けているんでしょ?
答えなさい。鞄には何が入っているの?爆薬?刃物?それとも、あのヘンテコなけん玉かしら?」
小鳥は答えない。彼女を見据えたまま。
徐々に、引き金の指に力が入っていく。そして
「何をしてるんだ!」
振り返ると、ソリュアの姿が。
「どうして、ここに」
「あまりにも遅いからだ。
ルキーミ。私は、彼女を殺せとは命令していないぞ」
「申し訳ありません。実は―――」
彼女は、今までの経緯を話した。
「ほう。お前が怖いのなら、私が開けよう」
「危険です。この鞄に爆弾でも入っていたら!」
「貴様、異端者相手に怯えているのか?死の恐怖に」
「いえ・・・」
言葉を濁したルキーミ。
その姿をほくそ笑み
「まあいい。開けるぞ」
ソリュアがしゃがみこみ、鞄のジッパーに手をかけた。
顔は小鳥に向けながら。
ジジジと、音をたて暗黒の空間をさらけ出す。吸い込まれるように伸ばされた手。
「ほう・・・」
闇から現れた手が掴みあげるのは、いくつかの勉強道具と、武器とは言い難い代物ばかり。
フエラムネ、アソートキャンディ、どんぐりガム、モロッコヨーグルト、おはじき、紙風船、ゼンマイ仕掛けで歩くカエル、ソフトグライダー・・・。
「何よこれ、ガラクタばかりじゃない」
緊張感から開放された反動か、ルキーミは腹をよじらせて笑う。
「いいわ。そんな鞄、持っていきたければ、勝手にしな!」
手早く鞄に中身を戻してジッパーを閉じ、小鳥に投げ渡す。
「来てもらおうか」
有無を言わせず、ルキーミは小鳥を外へと連れ出す。
代わりに、制服の男2人を部屋に押し込んで。
「あれは?」
「この船の船長と副船長だ」
「待って!この船は?」
彼女が連れていかれたのは、最上階にある操舵室。
中では白いスーツを着た、1人の初老の男性が、舵を握っていた。
「彼は数年前まで、カーフェリーの船長だったのだよ」
「そう・・・あなたたちだけでも船は動く、と?」
「話が早い」
「私はどうすればいいの?双眼鏡を握れというのなら――」
「何もしなくていい」
そういうと、ソリュアは彼女のこめかみに、銃を突きつけた。
「君の姉を待てばいい。
あれだけの騒動なら、水上警察が到着するのは時間の問題だ。狂った巫女が来た時が、お前の最後だ。目の前で妹が処刑され、彼女は自分のしたことの愚かしさに気づくだろう」
つまり、あやめの眼前で小鳥を殺す。そのために彼女は、ミシガンに乗せられた。
「それだけじゃ、ないでしょ?」
小鳥は言う。
「近江八幡の事件が、貴方たちの仕業なら、私が普通の女子校生じゃないことぐらい知っているハズ。
殺した私の亡骸を湖に捨てて、それを餌にニンギョウをおびき出す・・・いえ、この船の乗員乗客も道連れに、って行ったところかしら?あの琵琶湖大橋に、ハイスピードで衝突すれば、いずれは沈没する。
自分のことながら、吐き気がする」
「ご明察」
「ただ残念なことに、ニンギョウをおびき出すのに、血は全く無意味よ」
「何?」
「ライカル近江で、貴方たちの仲間を殺した場面。あそこから推察するに、ニンギョウは“4”という数に反応するんじゃないかしら?
長浜で殺された暴走族も、4の倍数の号館に、遺体が動かされていたからね」
彼は狼狽するが、すぐに笑みを浮かべ、銃を握る手を強くする。
「そんな脅し、聞きたくないね。
いいことを教えてやる。俺は察しのいい女が大嫌いなんだ。あの巫女が来る前に、お前の脳みそを、ここにぶちまけてもいいんだぜ」
人差し指が引き金に伸びる。親指がセーフティーを降ろす。
刹那!
「ソリュア様!前方に船舶が!」
「来たか!」




