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PM12:29
琵琶湖大橋港 道の駅「びわこ」
駐車場に突入したアルシオーネとフォード。建物前の歩道に乱雑に突っ込む。
先ずフォードから降りてきた男たちが銃を乱射して、周囲の人間をけん制。
悲鳴を上げながら人々は逃げ惑う。
次いでソリュアとルキーミが、小鳥と鈴江を引っ張るような形で車から降ろし、拳銃を突きつけて歩かせながら道の駅に入る。
ここを突っ切ると、遊覧船乗り場があるのだ。
外へ出ると、左側の大型船用停泊場。白くアメリカンな外観、黒く細長い2本の煙突を持つ遊覧船が。
琵琶湖観光の目玉である遊覧船 ミシガン。かつてアメリカ南部を航行していた船をモチーフにした、日本でも珍しい外輪船―船体後方にある赤く横長の車輪を回して航行する船舶である。
全部で4階建て、劇場やレストランなどが作られており、様々なイベントに対応できるエンターテイメント性も兼ね備えている。
「デュオ!」
ソリュアが叫ぶと、1人の男が姿を現す。
「準備はいいか?」
「いつでも」
「では向かおう。我々の聖戦、その序曲のために」
その瞬間、小鳥の顔色が変わった。
「序曲!?」
「そう、序曲だ。我々は異教徒の処刑―彼らの血と悲鳴を以て、この“クリムゾン・ミシガン”を完成させるのだ」
「そんなことをして、何になるの?」
「さあな」
言葉を失った。自分たちの目的すら、明確にしていない。
「全てはシクツオミ様の声を聞いた師の命令だ。自らが産み落とした過ち、悪魔を葬る。そのためには異教徒の血が必要なのだ」
「・・・狂ってる」
その発言に、あやめも振り返った。
次に大声で叫んだのは鈴江だった。
「テメエら、揃いもそろって狂ってやがる!!」
だが、ルキーミが彼の首の裏に肘を一発。途端に彼は気絶した。
「鈴江君!」
「叫ぶな小鳥嬢。気絶させただけだ」
「悪魔とって、あのニンギョウでしょ?
アレをどうする気?彼のビデオには、何があるっていうの?」
背後で、銃撃音が始まった。しかも複数。
「さあ、早く!」と叫ぶデュオ。
「後は、ゆっくり船内で話そう・・・もっとも、すぐに・・・」
笑みを浮かべて言葉を濁した彼は、顎でルキーミに指示。
船にいた仲間を呼び、鈴江の体を担ぎ上げさせると、小鳥に銃を向け「歩け」と命令するのだった。
船に乗り込んだソリュアは、ルキーミと別れ、階段を上り4階―最上階のスカイデッキ。
ようやく雲も晴れ、青空が広がり始めた琵琶湖。
ここに操舵室がある。
既に仲間の1人が、船長と乗組員にUZIを向けていた。
「さあ、出発だ」
船室に入ってすぐ、ソリュアは叫ぶのだった。
道の駅。
銃撃戦の相手は、お分かりであろう。
停車するレパードに容赦なく浴びせられる銃弾。2人は開いたドアを盾に、応戦をするのだった。
周辺の一般車が穴だらけに、街路樹も粉砕するほどの激しさにも関わらず、最小限の被害というレパード。その防弾性は、Z33と同等だった。
あやめのすぐ傍で、サイドミラーが吹き飛ぶと、舌打ちをした。
「この車も、限界ね」
「そろそろ決めないと、ヤバいわけか」
新たなマガジンを装填した大介が、そう呟く。
「慣れているわね」
「ん?」
「銃撃戦よ。こっちの世界に入ってまだ1年にもなっていないのに、非日常に場慣れしているから。
並みの警官でも、ここまですぐに適応できる人材はいないそうよ」
「本当か?」
「ええ。宮地先輩が言っていたから」
話しながら、あやめもマガジンを入れ替える。
「子供のころから、銃撃戦に対しての適応能力はあるって、先生に言われていたからね」
「私たちの担任に、ランボーはいなかったはずよ」
冗談を飛ばしあうも、あやめは感じていた。
大介には人魚の血が流れている。かつての船舶事故で、彼を救助したであろうマーメイドの血液、その代償。
人間も妖怪も扱えないはずの銃を、今眼前で振るっている。適応能力というのは冗談ではなく、本当のことなのか。今は考える時間はない。
相手は4人。
「私は右の2人」
「俺は左・・・行くぞ!」
相手から銃弾が飛んでくる、その一瞬。2人の照準が敵に向けられた。
引き金を引き続ける指。
1人、2人と倒れていく。その状況に困惑した残る2人に、立ち上がった2人から同時に銃弾が発射。
「うわっ!」
「ぐっ!」
同時に地面に倒れる。
ドアを閉めて、銃を構えながら倒れた敵に近づく2人。
死んだわけではない。うめき声を上げて横になっている。
「安心して。ただのゴム弾よ」
「なぜだ・・・どうして殺さない・・・」
呻く1人に、あやめは答えた。
「殺したら、貴方たちは英雄視される。教団の過激さに拍車がかかるから。
それに、聞きたいことも山ほどあるし―――」
船の汽笛。
「あやめ!」
2人は倒れた兵士を後に、道の駅を横切る。
外に出ると、既にミシガンは乗り場を離れ後進していた。
そんな船の甲板からもマシンガンの洗礼に、しゃがみ込むことで応える。
射程圏外に入ったのだろう、銃声が止んだ。見ると船は北に進路を取った。
「北に向かっている・・・目的地は長浜か?」
「俵田の水死体が発見された近くね。可能性としてはあり得るわ」
「だが、あそこに港は?」
「長浜港があるわ。長浜城が建立された時代、米の輸送拠点として栄えた場所よ。
竹生島クルーズの乗り場はあるし、あのタイプなら接岸可能でしょうから」
「どうする?大津から水上艇を呼んだんじゃあ、時間がかかるぜ」
「その辺は、大丈夫よ」
ウィンクで答えたあやめは、スカートのポケットからケータイを取り出す。
「もしもし。どれくらいで、到着する?・・・いいわ」
通話を終えると
「来て」
大介を連れて、レパードに戻った。
駐車場にはパトカーがなだれ込んでいた。トランクに回るとドアを開け内側にあるボタンを押した。
後部シートの壁が倒れ、中から黒く横長のケースが出てきた。
「こんな仕掛けが、あったの?」
「備えあれば憂いなし、ってね」
ケースを取り出しトランクを閉じると、それを上に載せロックを解いた。
中から現れたのは、いかついボディのライフル。
「チェイタック M200か」
「無論ラッシュ仕様で、スコープ付き。
そろそろ迎えが来るわ」
ケースを片手に、また港に。
先ほどまでミシガンがいた場所に、ヤマハ製の大型クルーザーが停泊していた。
「やほー!」
白い船体の頭頂部、操舵席から手を振る少女。あやめと同い年くらいで、少し色黒な少女。
「ごめんね、無理言って」
「あやの相談だもの、びっくりしたけど、引き受けるのが親友ってもんよ」
船に乗り込むと、あやめが彼女を紹介する。
「穂高香葉子。私の高校時代の幼馴染よ。
こっちは亜門大介。以前、話したわよね」
「ええ。よろしく」
握手を交わす香葉子と大介。
「このクルーザー、君の?」
「いえ。会社のです」
「会社?」
「私、旅行業関係の専門学校に通っているんです。その学校と提携しているリゾートホテルのプライベートクルーザーです」
「おいおい、そんなの持ち出したら―――」
「大丈夫ですよ。免許なら高3で取ったし、社長の許可もあるし」
いいのかよ・・・。
頭を抱える大介に、あやめが呼ぶ。
「大介」
「今度はなんだ?」
「ミシガンが旋回しているわ」
見ると、ミシガンは面舵を切って進路を南に戻していた。
「こっちへ戻るつもりか?」
その理由がいまいち分からなかった。
だが、何かがおかしい。一種の勘だった。
船首が南を向くと、船の外輪が一層回転し、速度が上がる。
見守る3人だったが、突然香葉子が操舵席に上り、双眼鏡で遠方を見始めた。
「この進路・・・」
「どうしたの?」
彼女はあやめに言う。
「間違いない・・・琵琶湖大橋に激突する!」
「なんですって!?」
「親水公園ギリギリを通過するルートを取っていないってことは、大型船舶の通過できるスペースを逸れて走っているわ。
今のまま走れば、右から7番目の橋脚にぶつかる」
橋脚を数え、その場所が判った。琵琶湖大橋の中間地点。
緊張が走る。これが彼らの目的か。
その時
「おい、どうして?」
大介の視線は上に。
見ると、路線バスが守山市方向に走り去っていく。続いて何台も車が続く。
「道は封鎖されているハズじゃあ」
大介はすぐさま船を降り、駐車場にいる警官を捕まえた。
「琵琶湖大橋の封鎖は?」
「上下線ともに解除しましたよ」
「どうして!?」
語気を強める大介に、警官は嫌悪。
「銃撃戦は終わったし、犯人は船の中。それに事故処理も最低限に抑えて、渋滞の解消をしなきゃいけない。これ以上、道をふさぐ理由がありますか?
すぐに水上警察隊が来ますから、落ち着いて」
「その乗っ取られた船が、この橋に衝突しようとしているのにか?」
との言葉で、ようやく状況が理解できた。
「では、また封鎖を」
「もう遅い!!」
叫び吐き捨てた言葉を後に、クルーザーへ戻った大介は、封鎖解除を知らせた。
あやめも同様に
「なんてバカなことを」
「せめて、進路を右に戻してくれれば。そうすれば、橋をくぐることができるのに」と香葉子
そう。ミシガンが向かっているのは、生と死の境界線。
琵琶湖大橋は、その構造上、堅田側の一部区画のみ、大型船舶が通行できるようにアーチを描いている。本作品では今まで高低差と記していた場所である。
もし現在の進路から右に舵を切れば、ミシガンは琵琶湖大橋をくぐることができる。だがそのまま、あるいは左に舵を切れば、船は激突。
「どうするね?」
必死になって考えるあやめ。そして
「香葉子、船を出して。この橋をくぐった後で、進路を北に」
「了解」
エンジンを始動。港を離れたクルーザーは、旋回して南へ向かうと、琵琶湖大橋をくぐった。
ある程度離れると、橋上をたくさんの車が走っているのが、見て取れた。
こんな場所にぶつかれば、料金所以上の大惨事になる。
「あや、次は?」
「船を、ミシガンの真正面に行くようにに走って」
「それじゃあ衝突だ!」と大介
「そうよ。でも、それは相手も同じ。だからこっちに乗せるのよ。湖上のチキンレースに」
つまり正面衝突するルートを走らせ、ミシガンが進路を右に取るように仕向ける。
「方向を変えなければ?」
「そのために、これがあるのよ」
そう言って、ケースからチェイタックを取り出し、マガジンを装填した。
「成程、水上の流鏑馬ね」
そのまま巫女は、操舵席に上がる。障害物もなく、見晴らしは最高だ。事件であることを除けば。
「香葉子。今更だけどこの作戦が、成功するかどうか、正直判らない。ミシガンの進路を変えるには、できるだけ相手に近づかなければいけない。でも、それは私たちも橋脚に激突する危険があるわ。
それでも、受けてくれる?」
「受けてくれるって、答えはYESしかないじゃないのさ。
でも、いいさ。例の事件で、あやの度胸は嫌っていうほど、見せつけられたもんね」
微笑する2人。
「1つ言わせてもらうなら、私は妖怪と心中するなんて趣味、持っていないので」
「心中するかしないかは、貴方の腕次第よ・・・チキンレースの経験は?」
「今年の夏に、水上バイク盗んだ奴と似たようなことは。その時は先輩の小型船だったけど」
「上等。貴方のタイミングで飛び出して」
あやめは銃を、香葉子はレバーを握る力が強くなる。
波に身を任せ、巨体をもてあそぶ時間。鳥が車が風が、音を立てて流れる。
ゆっくり・・・じっくり・・・。
「行くわよ!つかまって!」
叫ぶと同時、レバーを操作した瞬間、クルーザーが発進。水しぶきと速度を上げて、橋脚へとひた走る!




