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「どうかしら?」
「そうね・・・1つだけ言わせてもらても?」
「構わないわ」
すると、小鳥は手を後ろに回して、言い放つ。
「何にも知らない無知な人間が、さも自分が全てといわんばかりに振る舞う。それも、ご本人をよーく知っている人間の前で。ここまで浅はかな話、聞いたことはないわ」
「何が言いたい?」
「大馬鹿だって、言いたいのよ!」
「なにっ!?」
隙を見つけた!
後ろに回した手が、スカートに挟んでいたけん玉を掴むと、勢いをつけて投げる。
だが
「くっ!」
彼女はひるがえした体で、小鳥の攻撃を交わした。
「なんていう身体能力!?」
驚愕する間に、浪川は逃走を始めた。
「逃がすか!」
走り始めた鈴江と小鳥。
その先はミュージアムショップ。
刹那
「伏せて!」
小鳥は彼女が拳銃を手に取るのを目視!鈴江を、陳列棚の陰に引っ張る。
発射された弾丸が、ワゴンの上に置かれたグッズを吹き飛ばし、悲鳴を生む。
尚逃げる彼女は、隣接するカフェテリアに。
立ち上がり、追跡する2人を待ち伏せ、再度発砲。タイミングが遅く、2人の足元に被弾。
銃をしまった彼女は、混乱する館内を逃げる。
左折し、地下へと向かう通路へ走る。その後を追う2人。
そこは木とコンクリート、仄暗い照明のコントラストが織り成す、和の空間。
ここは茶器を展示する別館。ガラスケースの森の中には、様々な茶器が鎮座する。この美術館の見どころでもある。
と、同時に
「行き止まりか」
後ろから迫る足音。
振り返るが、後の祭り。
小鳥の手から放たれたけん玉。その玉が、浪川の体を周回し、結果、糸がその体を拘束。バランスを崩して床に倒れた。
「くっ・・・」
浪川―の偽物は、必死に体を動かし、よじらせ、けん玉の束縛から逃れようとする。
「無駄よ。そのけん玉は、普通のとは違うから」
「どうして、私を」
「その言葉は、自白ってことでいいかしら?
あや姉の愛車は白の、フェアレディZ。今乗っているレパードは、その代車よ。あやめ―いえ、学校の複数の生徒曰く、あんなスポーツカーで通学するから、嫌でも目に入るってね。
最も、都古大学はオタクの学生が、日本でも多い大学。私が聞いた学生が全て、自動車マニアであったことを差し引いても、あや姉の親友が、その車の色すら間違えるなんて、絶対あり得ないのよ」
しかし鈴江は言う。
「じゃあ、本物の浪川さんは?」
「あや姉の話だけど、野々市が単位交換制度で都古大学に来て以降、生徒数人が蒸発した。特に女生徒が中心に、って。
こうやって現れたところからして・・・」
小鳥は、彼女の手に握られた小型拳銃を、取り上げた。
「この女性は、教団の信者。
恐らく蒸発した女生徒たちは、野々市主体で教団が拉致監禁。大方洗脳して、自分たちの戦闘員にするっていう、売れるんだかどうかわからないエロゲーネタみたいなことでもしようって魂胆だと思うんだけど」
「あの野郎」
唐突に、浪川の偽物が笑い出す!
「そうよ。私は浪川のフリをしていた、そっくりさん。ちょっと整形して、顔をいじくったわ。
で?こんなことして勝ったつもり?」
「まさか?
第2ラウンドも私の負け。その上、そっちには人質。全く酷い泥仕合ね。
でも、逆転のチャンスはある」
「ほう。どうやって?」
「交換条件」
小鳥は、浪川の偽物に歩み寄った。
「貴女方教団が誘拐した、都古大学の学生全員を解放しなさい」
「そっちのカードは?」
「無論・・・分かるわよね?
私からすれば、あんな物を欲する理由が、解らないわ。
欲しいなら、あげるわ」
瞬間、「ちょっと!」と叫び声を上げた鈴江を一蹴する。
「黙って!」
浪川の偽物は、言う。
「そうかい。なら・・・」
「ただし、先ずは誘拐されている学生の解放が先よ」
微笑して
「馬鹿か。お前は警察官じゃない。解放したところで、それを確かめる術はない」
「さあ、どうかしら?
貴方たち、さっき浜大津で騒動起こしたでしょ?」
「だったら?」
「傍の滋賀県警本部は、関知しているでしょうね。それが、教団関係なら、尚更。
自分で言ったこと、覚えてる?
この場所に警官、いえ、私の姉が来飛んでるのも、時間の問題よね」
両者の間に無音。表情は仏像のように不動である。
小鳥は分かっている。姉が浜大津の件に気付いているか、そしてこっちに向かっているのか、そんなこと分からない。
でも、これが教団の抑止力になることを、警官が、佐川美術館に集中する可能性を望んだ。
しばらくして
「分かったわ。条件を呑むわ」
小鳥と鈴江の顔に、安堵の表情。
これで、捕らわれていた女性が、解放される。
「仲間に連絡するから、これほどいてくれます?」
「分かったわ」
近づいた小鳥は、右手に拳銃を持ったまま、左手を剣に置く。
「そんな物騒なもの、置きなさいな。アンタみたいな素人に扱える代物じゃないわ」
「ご心配なく」
答えながら動かした人差し指。剣の先端に触れると、彼女の体を拘束していた糸が、瞬く間に緩まる。
「どこで、彼女たちを解放すればいい?」
「この先のピエリ守山に。そこなら、貴方たちも騒ぎは出来ないでしょ?」
ゆらりと立ち上がった浪川の偽物。
唐突に笑いだした。だんだん大きく。
「甘いんだよ!」
「えっ!?」
彼女はケータイを掴み、受話器に叫ぶ。
「2人を捕らえなさい!」
刹那、彼女の背後から、白いスーツの男。手には黒光りするオートマ拳銃。
「最後に教えてあげる。私はルキーミ。教団第2実行部隊長よ」
「逃げるわよ!鈴江くん!」
振り返ると、出口にはサブマシンガンで武装した集団。
袋のネズミ。
「第三ラウンドも敗退ね」
万遍の笑みを浮かべるルキーミ。銃口を小鳥に向けながら、こちらに歩いてくる。
睨めつける小さな眼。その眉間に当てられる冷たい金属の筒。
「そんな顔していたら、折角の美人が台無しよ。
最も、もうすぐ死ぬか分からないけどね?」
「・・・」
「いいわ。2人にはこれから付き合ってもらいましょう?
素晴らしい、クルーズ旅行に」




