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AM9:56
都古大学
5人を乗せ、帰還したレパードは、そのまま部活棟方向に直進した。
何人かが部活棟へ向かって走る。
駐輪場の空き部分に、強引に車を停め、あやめたちは現場に向かう。
既に部活棟内は、人だかりができていた。一部区画を執行委員会のメンバーが塞いでいた。
釘宮の手招きで向かったのは、部活棟1階の奥にある、ランドリールーム。幾代の洗濯機が並ぶコンクリートの吹き抜けの死角に、彼はいた。
顔は腫れ上がり、体の至る所に裂傷が。
「緒方君」
「ひどい・・・」
声を失う要と麗奈。そこに渡瀬が駆け寄る。
「おい!どうしたんだ緒方!しっかりするんだ!」
振り返ったあやめは叫ぶ。
「救急車は?」
「呼びました!すぐに来るそうです!」
執行の作田が叫び返す。
「くっ・・・」
どこか、あやめは苛立っている。
「早くしないと、彼、肋骨折っているかも」
「どうして分かるんだ?」
「この状態、本でしか読んだことないけど、廷杖の刑を受けた囚人の様子と、そっくりなの」
「それって、古代中国の拷問か」
「ご名答よ。大介。
おそらく犯人は野々市、ないしは教団関係者。そこまでして聞きたかった情報といえば―――」
緒方は、苦しがりながらも、渡瀬に何かを話す。
「の・・・野々市が・・・」
「野々市がどうした?」
「変な小太りの男・・・俺に・・・口枷をして・・・手を」
「その2人の仕業なんだな」
「畜生。作品の完成が・・・遅れそうな焦りで・・・あいつの口車に・・・乗ったせいで」
「分かった。俺にも責任がある。もうしゃべるんじゃない。
おい、姉ヶ崎!早く、そいつを捕まえてくれ!」
渡瀬が言うと
「君が、姉ヶ崎・・・あやめか?」
「そうですが?」
「鈴江・・・が」
「鈴江・・・!?」
瞬間、すべてを察した。
「鈴江君から、ビデオに関する連絡が来たんですね?」
口を動かす代わりに、頷いて答え、続ける。
「鈴江君は、ひとりかくれんぼを録画したビデオを・・・協力者に渡すと・・・早朝に電話を・・・してきた・・・その際に・・・」
「はい」
「都古大学に通っている・・・姉ヶ崎小鳥のお姉さんに・・・そのことを伝えてくれ・・・と」
あやめの表情が固まった。
鈴江と取引しようとしているのは、小鳥。
「そんな・・・どうして!」
「彼によると・・・君の連絡先を・・・知らなかったと」
そう、あやめの連絡先を知らないハズなのだ。
鈴江の除霊後、あやめは近江八幡の事件に向かい、過激な戦闘と警察庁捜査官からの暴行で、長く昏睡状態。その間に、鈴江の身柄は当時収容されていた登美ケ丘の病院から、長浜市の病院へ。
ひっきりなしに見舞いに来た小鳥の名刺しか、あやめ、ないしはトクハンとのつながりはなかった。警察の事情聴取も、母親が断ってきたからだ。
大介は頭を抱えた。
「迂闊だった。俺が、彼にもっとアプローチをしておけば」
「反省するのは後よ。教団が、この事実を知ったとなると、連中は滋賀県を戦場に変えてでも、2人を追い詰めるわ!
緒方さん。取引場所について、彼は何か言っていましたか?」
「電話した時に・・・言っていたのは・・・けい・・・はん・・・い・・・しや・・・」
緒方は、脇を抱えて痛み出した。
「止めたほうがいい!これ以上は」
要が静止した。
「でも、あれじゃあ場所がどこなのか、見当も―――」
麗奈の不安を遮り、あやめは言う。
「いえ。どこなのか予想はつきます。
大介。取引場所は恐らく、京阪石山駅よ!大至急、パパに伝えて!
私たちも、行くわよ!」
「おう!」
「要先輩。後を頼みます。
渡瀬部長!間もなく、ここに私と同じ部署の捜査官が来ます。岩崎という初老の刑事です。事情は説明していますから、彼が来たら即刻、あなた方の身柄を保護します。いいですね?」
頷く2人を見て、あやめと大介は、駐輪場の方へと走る。
レパードに乗ると、乱雑にバック、アクセルを踏み込みスタート。
正門ロータリーで救急車とすれ違い、スキール音を効かせながら、校外へと出た。
そのまま、大介はスマートフォンを取り出す。
「親父!鈴江は?」
―――病院側から、何も来ていないが?
「彼は、その病院から脱走している!小鳥君とコンタクトを取って、ビデオを渡すつもりだ!
教団は鈴江の先輩を拷問にかけて、その情報を聞き出したんだ!」
―――大介!どういうことだ?キチンと説明しろ!
「説明している時間はないよ!すぐに京阪石山駅周辺に、警戒態勢を敷いてくれ!」
―――分かった。
その時、あやめが横で、彼のスマホを奪取する。
「リオさんを!」
しばらくして、受話器口に。
―――お呼びかしら?
「あなたがCIAから貰った情報の中から、拷問に長けた教団幹部を洗ってください」
―――拷問?
「連中は素人の口を割らせるために、わざわざ延杖の刑を使っています。拷問に関して、ある程度の専門性と性的嗜好を兼ね備えた人物であると推測できます。
そいつが鈴江と小鳥の身を狙って、滋賀県内に」
―――分かった。他には?
「宮地先輩に伝えてください。
“ささごい”と“れいせん”に発信準備。念のため、トクハン名古屋支部と東京総支部に、応援要請を。
リオさん自身も、臨戦態勢を取ってください」
―――了解!
あやめは彼にスマホを返すと、屋根に赤いシングルランプを載せて、つぶやく。
「小鳥、待っててね!」
車はサイレンを鳴らし、速度を上げ、一般道を北に驀進するのだった。




