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コンコース中央部でたむろする、白スーツたち3人。
「彼女が?」と1人が言う。
「間違いない。この作戦の全体総指揮はレイラス様と、その配下の野々市だ。
配下の情報によれば、鈴江はビデオをとある人物に渡すと、サークルの副部長に言ったという。
このまま張っていれば、彼女がビデオに、我々を導いてくれる」
白スーツの男は、自信満々に。
「ですが、そのビデオには何が?」と別の1人
「俺も判らん。しかしそれは、この先起こる聖戦のための、大切な武器であるとレイラス様が申しておられた。それだけでも、十分価値があるとは思わんかね」
「ええ。聖戦で死んでく、異端者の哀れな末路が目に浮かびますよ。
しかし、彼女が何も接触しなかったら?」
「その時は拷問でもして吐かせればいい。奴のようにな。
・・・あそこにいるカメラマン、わかるか?」
白スーツは、交差点にいる一眼レフの小太りの男を指さす。
「あいつはデュオと言ってな、教団一の拷問師だ。奴の手にかかれば、素人なんぞ数秒でゲロする」
「そんな人物を出してまで・・・そのあやめとかいう刑事は、本当に危険なんでしょうか?」
「さあ。レイラス様曰く、刑事であり大学生。しかも現場に巫女のコスプレで現れる変態だそうだ」
不意に、誰かが声をかけた。
「あの・・・」
それは、福祉ビルの職員である若い女性。
「何か?」白いスーツの男は聞く。
「彼女から言伝を頼まれまして。
貴方たちの待ち人は、その下にいる。青いレパードに乗って」
「なにっ!?」
白スーツ男は血相を変えて、傍の階段を駆け下りる。
(青いレパード。レイラス様が言っていた、あやめとかいう刑事の愛車。まさか・・・)
下にあるバスターミナル。そこを手分けして回ったが、該当する車はいなかった。
「どういうことですかね?」
瞬間、すべてを察した。
「戻れ!これは罠だ!」
一方、職員へ言伝をして別れた小鳥は、反対に福祉ビルへ向かって歩く。
その様子をレンズ越しに監視していたカメラマンも、機材を持ち横断歩道を渡って、福祉ビルへ。
(よし、道路を渡ったわね。
3・・・2・・・1・・・GO!)
瞬間、踵を返して、浜大津駅へ向けて全力疾走を始めた!
スカートをひるがし、革靴を響かせ、ただ走る。
その姿に福祉ビルにいた2人も呆気にとられたが、すぐに後を追い始める。
白スーツの男たちが、所定位置に戻ると、すでに彼女はコンコースを走破し、改札をICカードをタッチと、軽やかに通過していった。
「追え!追うんだ!」
叫ぶ白スーツ。
追跡する野郎共は、駅員の静止を振り切り、改札を飛び越える。
発車ベルが鳴り響くホーム。今まさに、ドアを閉めんとする坂本行電車。
(お願い!間に合って!)
階段をひたすら走り、その願いは通じた。
坂本行の電車は、まだ止まっていた。車体下部に、清涼飲料水のコマーシャルを纏った姿で。
小鳥が飛び乗ると同時に
シュー・・・ガタン。
扉が閉まった。
追跡者がつくころには、電車がホームから離れ、交差点へと向かう。
「ぼやっとせずに、追わんかい!」
遅れてきた白スーツが、檄を飛ばし、彼らはホームを飛び降りて、加速を始めた電車を追う。
赤信号で車のいない交差点を、ゆっくり通過する。その後ろを追っかける哀れな男たち。
だが
「デュオ!電車を止めろ!」
(しまった!)
あの小太りのカメラマンが小走りに、ストロボを起動しカメラを構えながら、道路に向かう。
フラッシュを使って、電車を急停車させる気だ。
信号待ちの車を縫って、車道に出た!
---寺の梵鐘にも似た、低い音。
反対方向からやってきた、石山寺行電車が、警笛を鳴らしたのだ。
驚いた男は転倒。そのまま小鳥の乗る電車は、浜大津を離れ、段々と加速していく。反対に警笛を鳴らした電車が急停車。
「危ないだろうが!」
運転手の怒号を聞かず、デュオはその場を後に、立ち去る電車を見送るのだった。
「どうします、ソリュア?」
彼は白スーツの男―ソリュアに、指示を仰いだ。
「車を回せ。お前たち2人は坂本駅に先回りしろ。俺とデュオで、各駅を回る。
鈴江の行動は?」
「奴は、野洲から京都方面に移動していますよ。恐らくどこかで、2人は合流する」
デュオの口元に、笑みを浮かべて。
加えて、ソリュアはケータイを出した。
「別働隊に連絡。“クリムゾン・ミシガン”始動。
“全ては罪船と共に、緋色に染めよ”」
一方、彼らから逃れた小鳥は、3駅先の皇子山駅で下車、傍のJR湖西線大津京駅へと走る。
現代っ子だからできる匠の技、走りながらスマホ打ちをしながら。
無論、読者の現代っ子は、くれぐれも真似してはいけない。危険だからだ。
メールの相手は、鈴江。
〈今、どこ?〉
すぐに返信が来た。
〈能登川駅です〉
大津京駅に到着した彼女は、先程と同じくICカードで通過しながら、引き続きメールを。
〈私も追われているわ。場所を変えましょう。
守山駅で降りて。新しい集合場所は---〉
ツインテールの女子校生は、息を切らせ近江塩津方面行のホームへと走るのだった。




