表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/100

52

 翌日、10月13日

 AM10:13

 京都府京都市山科区


 この日、関西地区は灰色の雲がかかり、どんよりとした天候だった。

 京都市営地下鉄東西線をと相互運転をし、山科から浜大津までを結ぶ京津線。4両編成のちんまりとした水色の電車が、地下鉄のトンネルを出て山科駅に入った。その先頭車両、クロスシートには小鳥の姿が。

 手に握ったスマートフォンを、何度か見ながら車窓へと目線を戻す。

 話は昨日。あやめと波乱の別れをした後の、大和西大寺駅から始まる。

 あの時、電話から聞こえてきたのは、紛れもない、自分が命を救い、見舞った青年。


 

 時間を遡って、昨日

 大和西大寺駅 

 

 「え・・・どうして?」

 困惑する小鳥に、鈴江は言う。

 ―――病室に来たとき、名刺を置いて行きましたよね?

 思い出した。

 何かあったら、ここに連絡するようにと渡したことを。

 まさか、除霊に失敗した?

 先ほどの感情の波が、現在の不安を飲み込まんとした。

 ―――実は、お話ししたいことがありまして。

  その・・・あなたのお姉さんの連絡先を知らないものですから、貴方にかけたのですが。

 「話したいこと?」

 そう聞くと、彼は声を小さく、受話器傍で囁いた。

 ―――ビデオの事です。

 「え?」

 ―――あのビデオがどこにあるか知っています。それを渡したいんです。

 「なんですって?場所は?」

 ―――この話が、誰かに聞かれてはマズいので、直接会ってから。

 小鳥は一抹の興奮を覚えた。と同時に、迷いも。

 この事件は、姉の専門で、もう事件に介入するなと言われたのだ。そして---

 (いいわ。私だって、あや姉の力になれるもん!)

 「私が話を聞きましょう。大丈夫よ、後で姉に伝えますから」

 ―――え?

 「姉は事件の方で忙しいので」

 ―――そうですか・・・では、明日の11時に、どうですか?

 「場所は?」

 ―――京阪石山駅へ。


 

 そして今日、天王寺区にある学校に通うと見せかけ、環状線や京阪本線、地下鉄と乗り継ぎ、現在に至る。学校への連絡は、母親を装って既に行った。

 電車は車輪をきしませ、車体を大きく振ってカーブを繰り返す。今まで見えていた住宅街は消え、山の中を切り通した道路と並走する。登山電車顔負けの急勾配を走る区間に突入した証拠である。

 山岳部を突っ切り、電車は京都府から滋賀県に入る。

 「!?」

 不意に、スマートフォンが震えた。

 メール着信。発信元は鈴江。

 「え?」

 文面には

 〈連中に目をつけられた。今、彦根駅だが、場所を変更したい〉

 その連中が、ライカル近江で接触した、白スーツの連中と同一であることは理解できた。

 彼女にも、感じていたのだ。

 後ろで自分を刺す気配が。

 (まさか・・・私にも?

  でも、いつから?三条京阪から?京橋から?天王寺から?それとも、藤井寺から?)

 小鳥を、徐々に恐怖が蝕む。

 本当に誰かいるのか?後ろを振り向けば、確実に気づかれる。

 気が付くと、電車は駅に停車し、すぐに出発した。

 気配は消えない。

 「次は、浜大津。大津港、浜大津アーカス前です」

 車内放送が流れ、電車が急カーブを曲がると、視界がグンと開けた。

 ここから浜大津まで併用軌道、つまり路面電車のように車道に敷かれた線路を走るのだ。

 挿絵(By みてみん)

 (次が終点。やってみるか!)

 小鳥は手にしていたスマートフォンを右ひざの上に置いた。右手でそっと添えながら。

 前を向き、そのチャンスを待った。

 車窓がゆっくりと、流れていく。ビルやコンビニの玄関が流れ、傍を車が通り過ぎる。なんとも異様な風景ではないか。

 突然、電車がブレーキをかけた。

 同時に客の体が、慣性の法則に従って、進行方向にもっていかれる。

 ガタン!

 誰かのスマートフォンが、床に落ちた。

 クロスシートから伸びるしなやかな手が、その四角い機械の箱を取り上げる。

 電源が入っていない黒い長方形の鏡が、車内を仄かに映し出す。

 (白いスーツの男!?)

 やはり、それらしき男が乗っていた。

 しかし

 (彼だけとは限らないわね。この電車は4両編成で、私はその先頭に乗っている。ほかの車両に仲間がいる可能性も、無きにしも非ず)

 緊張感が漂い始める。

 その始まりを告げるかのように、電車は速度を少し上げ、右急カーブを曲がる。

 浜大津手前、京阪石山坂本線と合流する、直角に近いカーブ。交差点に敷かれたそこを、ゴーと低い音を立てながら、車両はホームへ滑り込んだ。

 挿絵(By みてみん)

 (10:27。浜大津停車。ここまで相手が配置を強化しているとしたら、私たちが京阪石山へ行くことも、お見通しってとこかしらね)

 扉が開いて、小鳥はゆっくりとホームへ降り立った。

 そのまま彼女は、改札へと続く階段を上っていく。

 大勢の靴音で、確実とは言い難いが、あの男も来ているに違いない。

 外へ出ると、彼女はコンコースへ。

 バス乗り場となっている屋根付きの中心部が、駅に隣接しており、そこから東側の大津港、北側の福祉関連ビルへと連絡橋が伸びている。

 そこから見下ろすと、先ほど電車が曲がった交差点が見える。

 車がひっきりなしに行き交い、列車全体にラッピングされた2両編成の小さな電車が、坂本方面に走り去る。

 北側連絡橋から、交差点を見下ろしながら、周辺にいる白スーツ男を数える。

 (中央部に1人・・・いえ、スーツじゃないけど、別に2人、親しそうに話してる)

 3人くらいなら、撒くことは容易。そう高をくくっていたのだが。

 「え?」

 それは交差点の端にいた。

 小太りの男。大きな一眼レフを抱えていたのでてっきり、鉄道マニアかと思っていたのだが、そのカメラが、知らぬ間にこちらを向いていた。さらに福祉ビル方向にも、こちらを凝視する2人。

 分かるだけで合計6人。さらに背後には大津港へ向かう連絡橋。そこに何人いるか。

 (ヤバい・・・マジでヤバい!)

 心臓がひっくり返る程高鳴る。柵にもたれかかったまま、微動だにできない。

 この場から離れたい。でも、そうしたら何をしてくるか、わからない。

 自分が壊れそう。

 そんな時、小鳥は姉がかつて言ってくれた言葉を思い出した。

 

 「いい?自分がピンチな時こそ、冷静にならなきゃいけないの。

  落ち着いて、深呼吸。そうすれば、見えていなかった突破口が、簡単に見えるものよ」

 

 (そう。こういう時こそ、深呼吸)

 深く息を吸い、吐く。重い空気が、曇天の空の隙間に見え始めた、青空に吸い込まれる。

 そうして、周辺を見回すと冷静に考える。

 (連中が石山にも張り込んでいるとしたら、石山寺駅方面の電車は危険ね。とすると、撒くためには坂本駅方面の電車に乗ることが必要。

  あの3人を、どうにか私から逸らす方法を考えるとして、問題は、あのカメラマンね。

  近江の件からすれば、私が逃げれば、電車を躊躇なく止めるでしょうね。

  ・・・よし、一か八か)

 彼女の中で起きた決心。

 スマートフォンを起動して、時計を見る。

 「10:35。後3分で、電車が来るわね」

 その時、福祉ビル方向から、職員らしき若い女性が出てきた。

 「すみません」

 小鳥が声をかけ、彼女に何かを話すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ