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「じゃあ、核心に入ろうとするか。
あのニンギョウに俵田が憑依したのか。横山、どうかね?」
隼の言葉に、すかさず
「九分九厘、憑依していたとみて、間違いないでしょう」
「それは、やっぱり“4”絡み?」
「半分はそうです。しかし、4以外にも、俵田の不安が発動する要因があることが、今回発覚したんです」
「4以外に?それはなんだ?」
「順を追って、見ていきましょう。
まず人形が犯した第1の犯行。黒壁スクエアでの大量殺人。暴走族メンバーを惨殺し、その遺体を建物の前に移動したこのケースだが、その建物が問題なんです。番号に注目してください」
横山は、黒壁スクエアの地図を提示した。
「4番館・・・だけじゃない!」
宮地が声を上げた。
「8番館、12番館、16番館・・・4の倍数の号館に、遺体が移動された?」
「そう。これが別の発動要因です」
「4の倍数でも、強迫衝動に駆られるのか?」と隼
「ええ。次の犠牲者となったタクシー運転手。乗車していた25号車のナンバーは、40-12」
「ここにも4が。いや、4の倍数なら、40と12もか。だから殺した。そしてそのタクシーを奪ったということか」
「ライカル近江で、姉ヶ崎君たちに手を上げなかったニンギョウが、教団信者を殺し始めたのか。これも説明がつくわね。
ニンギョウに最初に近づいた人物は、4歩前進したわ。それが我慢ならなかった」
深津は微笑して疑ったが、あやめは言う。
「あり得なくありませんよ。
ニンギョウは南下していた進路を、突然西へ変えました。萬蛇教信者すら、予期していなかったハプニングとみられますが」
「それが?」
「進路を変えた理由が、その強迫観念だったとしたら?奴が向かったのは―――」
「近江八幡市!?」
そう、地名に4の倍数“八”が。
「あり得ん・・・まったくもってあり得ん」
「そうです、岩崎さん!
この妖怪、否、通り魔には既存の理論も、理屈も、行動科学も通用しません。臨床心理学的、生理学的知見によってのみ行動しているのです!
俵田は殺したいから殺すのではなく、殺さずにはいられない。自分の不安や苦痛を取り除くには破壊し、殺すしか方法はない。こんな言い方したくないけど、この連続殺人犯は善人なの。殺したくないという意思は持っている。
殺意を持たない。いえ、別の言い方をするならば、殺意という悪魔に理性を破壊された哀れで憎むべき人物とでも言いましょうか」
語気を強めて説明するあやめに。その時
「ふざけるな!そんな犯罪者がいてたまるか!」
外で聞いていた県警の碇警部が、怒鳴りながら入ってきた。
彼女に近づくと、白袴の襟をつかみ上げる。
「俺はいくつもの現場に出向いた。いろんな死体を見て、いろんな犯罪者を見てきた。若いお前さんよりは“事件”というものを知っているつもりだ。
犯罪者は殺意をもって人を殺し、欲望を満たすために破壊する。そこに善意も呪縛も存在しないんだ。分かるか?人を殺すために必要な要因は、殺意だ。殺意を持たない殺人犯など、この世に存在するはずがない。あるとすれば、銀幕に出てくるいかれた悪役ぐらいだ!」
「そうです!人を殺すには、殺意という最低限度の動機が必要です。ですが、俵田にそれは通用しない。彼は、日本犯罪史において特例中の特例な犯人だったんです。
碇警部。現場百回が刑事にとってどれだけ重要なのか、先輩たちに聞かされていますし、理解できます。しかし、今回ばかりは、その経験は無意味なんです。
私にも、どう説明すればいいかわからない。頭が焼き切れそうなんです!でも・・・それでも、彼を理解しなければ、この先おこる被害を食い止める術は見当たらない。私はそう思っています」
「・・・」
「私からのお願いです。
全てを理解してくれとは言いません。今までの経験が無意味とも言いません。
これ以上、滋賀県を戦場にしたくなければ、長年の経験を基に囁く先入観を、すべて白紙にして、この先を考えてください。
私たちは今、未知との遭遇を果たしているんです。どうか、それを忘れないでください」
その言葉に、碇の手から袴が解かれた。
「すまなかった」
「ん?ちょっと待てよ」
寺崎が不意に声を上げた。
「だとするなら、彦根城の一件はどうなる?あの場所にも、殺された女子高生にも、4に関係したものは見当たらなかったぞ。それに、さっきの琵琶湖での一件、米原もそうだ」
そういわれると、この3件には“4”に関連するものが見当たらない。
横山が提唱した強迫性障害説は、無理がある。
だが
「4は関係ない。殺したかったから殺した」
突拍子もない理論を、リオが出してきた。
「この妖怪のベースとなっているのが、聖骸寺院が作り上げたニンギョウ―アニマ。こいつは殺人と破壊のみを目的に生み出された。全ての犯行を、アニマに内蔵された殺人プログラムで片づけられるけど、そうなるとツルガで起きた無差別殺人犯との類似点に、疑問が生じる。そこで、ある推論が浮かび上がるわ。
アヤの話を総合するからに、スズエという学生が行った“1人かくれんぼ”―呪術行為によってアニマに作動スイッチが入った。アニマには前もってカルト教団の関係者が、その指示を内包させていたと思われるわ。そのスイッチ作動のために、アヤの大学の映画サークルに近づいた。
ところが、呪術後アニマに対して恐怖を持った彼は、それを川に投棄。塩と包丁を同封した袋は、琵琶湖に流れ着く。
一方、同時刻に殺人犯である俵田が、潜伏先の小島でアクシデントに遭い湖に転落。溺死してしまう。幸か不幸か、作動したばかりのアニマは俵田の魂を取り込み、行動を開始した。
一応言っておくが、私は死後の世界を信じる神格者ではない。だが、こうでも言わないと・・・いいえ、自分に言い聞かせないと。この奇跡ともいえる殺人者の行動理論に、答えが見つからなくなる。
事件に対して真実は1つ。だが、その真実は常人から見れば、この世にあるすべての冗談を詰め込んだびっくり箱に他ならない。それを何かわからなくても開けるのが私であり、アヤであり、トクハンであり、県警の皆さんであるの」




