48
車を飛ばし、あやめと大介は大津市の、滋賀県警本部へ向かった。
服は着替えても、顔や腕には傷痕が、うっすら。
既にリオと宮地は到着しており、そろったところで、隼たちから経緯を聞く。
先の長命寺港の一件では、漁船に乗っていた5名が爆死、あるいは惨殺された。攻防戦では、住民と警察側合わせて40名が重軽傷、ニンギョウの攻撃により住宅17戸、車両36台、船舶9隻が焼失。
チェーン攻撃を食らったヘリも、数日飛行不能となった。
「ライカル近江の時とは比べ物にならない戦闘力だ」
「ミス・タカガキは?」とリオ
「心配ない。
右膝にかすり傷を負ったが、捜査に支障が出る程ではない。
医務室で処置て、少し休ませている」
それを聞き、リオだけでなく大介たちも安堵した。
「あの野郎、どこで爆弾を?」
憤る寺崎に、あやめは言う。
「これは憶測に過ぎませんが、ニンギョウはどういう理屈かは分かりませんが、吸収した新型兵器を、火薬と猛毒ガスに分離し、それを武器とした」
「確かに、突拍子もない理論だな」
続けて、深津は横山に
「で、さっき言っていた、ニンギョウに俵田が憑依していた確証ってなんだい?」
「単刀直入に言おう。彼は強迫性障害であった可能性が高い」
「ん?なんだそれは?」
首をかしげる捜査員たち。
だが、現役大学生でもある大介とあやめは、心当たりがあった。
「OCD。何かしらかの事象に対する強迫行動を打ち消すために、彼は通り魔を?」
「そうです」
「犯罪心理学において、通り魔がその犯行を行う主な動機として、自己確認、あるいは間接自殺。
今回のようなケースは、稀でしょう」
すかさず、隼が問う。
「ちょっと待て!どういうことか、わかりやすく説明してくれないか?
その・・・OCDか?」
あやめが答えた。
「強迫性障害、Obsessive-Compulsive Disorder。
不安障害の一種で、ある思考やイメージ、衝動が持続的に繰り返し浮かんでくることで、それに伴って浮かんでくる強い不安や苦痛―強迫観念と、それによる苦痛の低迷を目的に、繰り返し行い続ける行為―強迫行動、ないしは儀式行動の2つから形成される心理障害です。
強迫行動は、本人の苦痛が低減、消失したと納得すれば終了しますが、再び強迫観念が生じると、行動を開始します。これが重篤となりますと、行動のみに1日の大半を費やすこともあり、日常や社会生活を送ることも困難になるのです」
誰しもが驚きと納得の声や表情を浮かべているが・・・心理学科生の彼も。
「どこで勉強したんだい?」
「どこって・・・」
ため息交じりで、彼女は言う。
「臨床心理学概論の教科書、読んだ?アレにぜーんぶ書いてありますよ」
「あ・・・」
「しっかりしてよ。何のために勉強しているの?」
「面目ない」
うなだれる彼をよそに、リオが口を開いた。
「犯人がOCDであるという、その根拠は?」
「最初の犯行。敦賀駅の監視カメラの映像です」
横山は、神間に目配せし、傍のモニターのスイッチを入れる。
多数の乗客が地下通路、ホームへ向かう階段が映し出されている。
「これが俵田。よく見ていてくれ」
横山が指さした人影。後姿だが、その行動は特異。
「ん?階段を四段上がることに、足を止めている?」と神間
「そうだ」
すると次いで、ホームの映像。
彼が向かったのは
「5番線と3番線ホーム?確か、福井県警の調書によると、最初の犯行は4番線・・・まさか!」
寺崎に対し、大介が言う。
「鉄道マニアの友達から聞いたんですが、敦賀駅の4番ホームは、5番線の先にあって分かりにくい構造になっているんです。
彼はここから、4番線に向かって歩いた」
「それに彼の最初の被害者は、4番線に到着した普通電車の4両目から降りてきた乗客です。
ここまで見ていても判るように、俵田は“4”という数字に対して強迫観念を持っていたとみられます。
強迫観念には主に、汚染、数字・順序、暴力・性、災害、死に関する考えなどが挙げられます」
「数唱恐怖・・・“4”という数字に対する恐怖を拭うために、殺人を?」
あやめの言葉に、横山は静かに頷いた。
「だから、被害者全員が4回刺され、刺し傷の深さが4センチ。そこまで徹底しなければ、彼の苦痛は拭えなかった。恐らく数唱恐怖払拭のための殺傷行為は、以前から小動物を用いて行われていたのでしょう」
「それがエスカレートし、殺人にまで至った・・・そうね?ミスター・ヨコヤマ?」
「だけどよ、横山。敦賀駅で襲われたのは3人だぜ?徹底して4という数字、ないし行為を行っていたとは思えないな」
寺崎の言うとおりだった。
「できなかったんだ。外的要因で」
「は?」
「この時、4番線に停車した電車は、1両に対し3つしかドアが設置されていなかったんだ。彼は恐怖を拭うため4両目の乗客を4人殺す必要があった。それで不安は払拭される。
だが、電車は3ドア。4という数字にある種の呪縛を持つ彼に、それは勘弁ならなかった。かといって見逃すこともできないし、我慢できない。
・・・このことに気づいて、福井県警に照会したんだが、敦賀駅の被害者は全て、この電車の4両目の乗客だった。つまり、3つのドアから降りてきた、前から4人目の乗客を刺したんです」
横山の推理に、全員が言葉を失う。
その中、あやめも推理に参加した。
「成程。敦賀駅で3人を殺傷した彼にとって、被害者数が3というのも、ただの苦痛要素でしかなかったわけね。だから駅から出て、残りの1人を刺した」
「福井県警の調書だと、この時も誤算が出た。1人を刺した直後、振り上げたナイフで別の1人が負傷した。結果的に数合わせで残り3名が襲われ、俵田は車を奪い、逃走」
「すべては、自分の不安を消すために・・・不条理な大量殺人ね」




