46
―――深津より“ささごい”。
「こちら、ささごい」
―――住民の避難は完了した。これから、一斉攻撃に移る。
「その言葉を聞きたかったよ」
佐々木は口元を緩めた。
「で、どうする?奴本体は、化学兵器をこさえているんだろ?」
―――彼と同体となっている漁船を攻撃してください。既に全体に火の手が回っていますから、沈没させるのは簡単なはずです。
確実な攻撃方法が不明な現在、相手を湖に葬るしか方法はありません。
「水に反応して、被害が出る危険性は?」
―――それは、わかりませんが・・・。
「被害が出れば、広範囲が汚染されるぞ」
―――化学兵器の有無は、彼の初期の犯罪から確認されています。それに、今までの逃走ルートから、奴が琵琶湖湖岸を拠点としている可能性が高いと、我々は睨んでます。
水と反応するとすれば、既に被害が出ていてもおかしくはありません。しかし、そういった報告は来ていない。大丈夫ですよ。
「わかった。攻撃を開始する」
佐々木は操縦桿を手前に下げ、急降下しながら、漁船左舷に回り込む。
機関銃、射撃開始。
リズミカルな音を合図に、陸地でも一斉攻撃が開始された。
ハンドガン、ショットガン、機関銃。ありとあらゆる武器が火を噴き、炎の船を攻撃する。
しかし、黙っているほど奴は静かじゃない。
両腕を天に、悲鳴を上げた!
無造作に放たれるぬいぐるみ。湖岸にある、あらゆるものを爆破し、周辺を火の海に変えていく。
「畜生っ!クソッ!」
まだ炎上していない車の陰で、深津と寺崎がしゃがみ、銃に弾を装填した。
落下してくる爆弾が、続々爆発し、さながら空爆されているかの如し。
「これじゃあ、弾の装填すらできねえじゃねか!」
「そう怒るな」
「大体、メイコは何をしているんだ?ただでさえ、人手不足だってのによ!」
「さあね。のんびりと、東京見物していないことを願おう」
すると、深津は傍のバスの陰に隠れている高垣と神間、横山が。
「横山!スパシオにRPGでも、積んでいないのか?」
「あるにはあるが」
「そいつで、船を撃沈させる」
すると、横山は血相を変えた。
「無茶だ!」
そう断言するのには理由があった。
スパシオは、横山たちのいるバスから、5メートル先。だが、周囲には火の玉と化したパトカーが取り囲んでいた。
「この集中砲火だ。ささごいも、いつやられるか・・・」
その時だった。
ガシャン!
左腕から放たれたボールチェーンが、ささごいの機体に巻きついた。
―――こちら、ささごい!やられたっ!
「振りほどけるか?」
―――できるとは思うが・・・っ!
ヘリが左右に機体を振って抵抗を始めた。同時に、船がそちらを向いていく。
―――クソッ!機関銃が撃てない。
「なんだと?」
―――ここから撃つと、ニンギョウに当たる。そっちで、何とかできないか?
深津は歯ぎしりせずにはいられなかった。
彼らの周囲も、火の海だ。いつ焼き殺されるか。
次の一手は?思考を巡らせる中
「私が、行くわ」
高垣が叫んだ。
全ての男性陣彼女を一斉に見た。
その若い女性は、スパシオを視界にとらえると、目を閉じた。
「正気か?こんな状況で?」
叫ぶ寺崎に、高垣は言った。
「私が絶対音感を持っているのは、知っているでしょ?それで、ぬいぐるみが落ちる場所を特定できれば」
「成程、理論上は・・・でも、落ちてくるのは砲弾じゃない、それより軽い素材でできた爆弾だ」
「神経を集中させれば、空気を裂く音も聞こえるわ。不可能じゃない」
話している間も、右腕からの砲撃は止まない。不幸にも、その右側に車が。
「神間君。サポート頼むわね」
「OK」
ゆっくりと銃をしまうと、履いているハイヒールを脱ぐ。
炎の5メートル走。
「俺の合図で、走り出せ。神間以外は、あの化け物に、ありったけの弾ァ、ぶち込んだれ!」
寺崎の叫びに、全員が撃鉄を起こした。
全ては一瞬。
「3・・・2・・・1・・・行けェ!」
踏み出した右足。高垣がバスの陰から走り出すと同時に、捜査官たちの一斉攻撃が始まった。
ニンギョウの砲撃。3つのぬいぐるみが放たれた。
「高垣、攻撃が来た!3つだ!」
彼女は目の前の光景を目に焼き付け、ブラックアウト。
神経を耳に集中させた。
(来た。3つ・・・まず左前方!)
方向を右に修正。直後、彼女の後方にぬいぐるみが落下し、爆発。
(次は右・・・ハッ!)
耳に届いた、焼ける音。
すぐに足を止めた。目を開けると同じく、爆発。傍の燃えたパトカーの残骸をひっくり返した。
目の前に転がってくる火の玉。
「くっ!」
咄嗟に構えた時、スパシオの姿をとらえた。
(次は・・・車の上!?)
アニメキャラの大きなぬいぐるみが、スパシオめがけて落下してくる。
横山の言っていたRPGは、トランクから見えている。
鋭い目を向け、覚悟を決めた。
「やあああっ!」
残骸を避け、一直線、無我夢中で車に走り寄る。
「戻れ!高垣!」
神間の声も届かない。
落下まで、もうすぐ。
彼女は走る。走って、走って、走って ―――
ズドーーーン!
今までの中で、恐らく最大の爆発。
「高垣っ!」
車の屋根に落ちたぬいぐるみ。紅蓮が、1台の捜査車両と女性を包み込む。
人間なんぞ、一瞬で焼いてしまうほど激しく。
誰もが、彼女の死を覚悟した。
炎が消え、そこにいたスパシオは、窓ガラスが黒く煤だらけ。
外観は無傷だった。
高垣は?
神間は、気づいた。開いていたトランクのドアが閉じている。
「まさか!」
再び、ドアが開くと、RPGをかついだ高垣の姿が。
爆発の直前、彼女は車に乗り込んだのだ。爆発ぐらいではびくともしない、この車両に乗り込む方が安全。そう考えての行動だったのだ。
すぐに車両から飛び降りると、燃え盛る炎の隙間から、漁船を捕捉!
それを見た深津が叫んだ。
「佐々木さん!できるだけ上空に逃げて!」
その叫びを聞いた佐々木は、操縦桿を握り、機体を上昇させる。
本体の抵抗。機内に響く警告音。全てを無視し、ひたすら機首を上げ、漆黒の空へ。
サポート担当が叫ぶ。
「これ以上は、危険です!」
「墜落します!」
それでも、佐々木はやめない。
「そんなヤワな心臓じゃねえぞ。この娘はよォ!」
歯を食いしばり、必死に操縦桿を上げる。
すると
「機体が、上昇しています」
ニンギョウより、ヘリの力が勝った。奴は、吊り上げられるように足を漁船から浮かせ、ばたつかせ始めた。
その様子は、地上からも。口をぽかんと開けて、横山と寺崎が見る。
「流石、戦闘ヘリをベースにしているだけあるぜ・・・」
「ああ」
全員が改めて、自分たちが使っているヘリの性能に感嘆していた。
その脇で、深津は無線で
「チェーンを切って!」
―――了解!左舷機関銃、射撃用意。
機体左側のアームが作動し、チェーンに照準を定めると、間髪入れずに攻撃。ものの3発で、相手からの呪縛を解いた。
すぐさま、機体を急上昇させる。
「高垣!撃てェ!」
熱い声とは裏腹に、ゆっくりと照準を漁船船尾に合わせた。
引き金を引く!
すさまじい音とともに、白い尾を引きながら弾頭が---着弾!
赤いキノコ雲が、琵琶湖に浮かび上がった。
後に残されたのは、火のついた残骸と、全てを包む闇。
RPGの衝撃に吹き飛ばされた高垣は、立ち上がり、その方を見てつぶやく。
「終わった・・・終わったわ」
全員に安堵の表情。
神間は高垣に近づくと、肩をたたいた。
「よくやったよ」
「どうもです!」
振り返ってニコッと笑った彼女。神間も歯を見せて微笑む。
彼女の無事を確認した深津は、ゆっくりと無線を作動させた。
一時は墜落の危機にあったささごいは、ゆっくり旋回し、長命寺上空にホバリングしている。
「深津よりささごい。無事か?」
―――ああ。ど派手な花火だったぜ。
「それは、どうも」
―――助かったよ。あのまま、奴と心中していたらと思うと。
「その礼は、忘年会でビールを飲みながらにしましょうよ。まだ、事件は解決していません」
彼の言うように、ニンギョウを湖に葬ったことには変わりなかった。
遠くから消防車のサイレンが近づいてくる。奴を葬っても、湖畔に沈黙が訪れるには、大分時間がかかりそうだった。




