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警告:今回の話では1人かくれんぼの方法が明記されていますが、1人かくれんぼは大変危険です。興味本位で絶対に行わないでください。もし行われても責任は負いかねます。
10月3日 AM2:51
滋賀県長浜市
滋賀県北東部に位置する都市で、古くは羽柴秀吉が建立した長浜城を中心とした城下町として発展していった歴史がある。
JR長浜駅から徒歩10分。鈴江の実家はそこにあった。
既に日付も変わり日曜日。近くのコンビニから帰ってきた彼は、嫌々ながら撮影の準備に取り掛かる。
「気が重い」
何が好きで、こんな事をしなけりゃならんのか。
充電済みのカメラを取り上げると作動させ、自分にレンズを向ける。録画スイッチ、オン。
―――えー。只今午前2時53分です。これから、1人かくれんぼを行っていきたいと思います。
鈴江は、淡々と方法を説明していく。それでは、簡単に説明していこう。
まず、下準備として手足のあるぬいぐるみの中から綿を抜き、生米と自分の爪を代わりに詰める。この2つが内蔵を表しているという。それを入れて、赤い糸で縫い合わせる。こちらは血を表すという。
このぬいぐるみに、名前を付ける。今回の人形は、部長からこれを必ず使えと渡されたワニのような発光色のぬいぐるみ。彼は「コージ」と名付けた。
次いで、隠れる場所を決めておき、塩水の入ったコップを置いておく。
ここから、午前3時まで待つ。
時計の長針が重く動く。午前3時。
―――では、始めます。
まず、ぬいぐるみに自分が鬼であることを3回伝える。
―――最初の鬼は楓太だから。最初の鬼は楓太だから。最初の鬼は楓太だから。
次いで、ぬいぐるみを持って風呂場に行き、水の張った浴槽にぬいぐるみを沈める。
そうしたら、家中の照明を消して、テレビだけを点ける。画面に通販番組が映し出される。
目をつぶって10秒数える。
―――いーち、にー、さーん、しー、ごー、ろーく、なーな、はーち、きゅーう、じゅう!
数え終わると、懐中電灯と包丁を持って再び風呂場へ。光源の中に、水中に沈んだぬいぐるみが。ボタンで出来た目が、濁った光を放つ。
それを掴み掬い上げると
―――コージみーつけた。
と言って、ぬいぐるみのお腹を包丁で刺す。米を貫く鈍い感触が手に伝う。
次の鬼がぬいぐるみであることを伝える。同じく3回
―――次はコージが鬼だから。次はコージが鬼だから。次はコージが鬼だから。
伝えた後は、塩水を用意した場所に隠れる。今回鈴江が隠れるのは、畳の居間にある押入れ。布団は既に自室に移し、人が入れるようにしてある。
そこから押入れでじっとする。
10分が経過した。何も起きない。
20分経過。異常なし。
30分経過。その時
リビングから聞こえてくる番組の音が、おかしくなる。
海外の通販番組を吹き替えいるものだが、会話する男女の声が突如低くなる。
―――聞こえますか?たった今、テレビの音がおかしくなりました。
しかし、テレビの声はすぐに元に戻った。
だが
―――え?
パラ・・・カチャ・・・パラ・・・カチャ・・・パラ・・・カチャ・・・。
米粒が零れ落ちる音と、金属の様なものを引きずる音。
―――おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!
鈴江の顔が引きつる。音はどんどん近づいてくる。
目をつぶってやり過ごす。
いつの間にか音は消え、辺りはテレビの音だけ。
この時点で50分が経過していた。
―――えー。開始から50分です。1時間行うと命が無いと言われています。
これから、ここを出て、かくれんぼを終わらせます。
塩水入りのコップを手に口に少し含むと、押入れを出て、ぬいぐるみを置いておいた風呂場へ向かう。
風呂場を照らすと。
―――あれ?
ぬいぐるみの位置が違う。浴槽の端に置いておいた筈なのに、何故か床に転がっている。
―――勝手に落ちたのか?
ぬいぐるみを取り上げ、コップの残り、口に含んだ順に塩水をぬいぐるみにかけ、勝利を宣言する。また3回
―――私の勝ち。私の勝ち。私の勝ち。
これで、1人かくれんぼは終了である。
鈴江は人形を袋に入れて大量の塩を入れると、口をしっかりと閉めた。
「よしっと。これで終わりだな」
しかし、不安は残る。風呂場でのぬいぐるみの位置が変わったのは、本当に気のせいなのだろうか?
ほっと一息ついて、コンビニで買ってきたコーヒーを飲む。
その時、あることに気付いた。
「あっ、包丁」
風呂場に置いた包丁を回収し忘れていたのだ。
急いで向かうと
「あれ?」
包丁がどこにもない。風呂場を出て洗面台、リビング、台所と探す。
どこにもない。
「なんで・・・どうして・・・」
まさか?
鈴江はぬいぐるみの入った袋を見る。袋越しに目が合った。
彼の中の恐怖メーターが振り切れた時、気付けば袋を握って外に出ていた。自転車のかごにそれを放り込むと、早朝の街を疾走する。
どこへ向かえばいいのか。自転車はひたすら北上する。
橋に差し掛かった。戦国時代、織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が激戦を繰り広げた舞台、姉川。
眼下を流れるこの川に、考える間なく、鈴江は袋を放り捨て、自転車で立ち去る。
家に帰って、夜が白けても、体の震えがおさまらない。
どこからかパトカーが大量に走る音が聞こえてきた。
「まさか・・・まさか!」
このままじゃ、おかしくなる!
鈴江は電光石火で荷造りすると、1人かくれんぼに使ったものを処分。
時刻は午前6時過ぎ。用事ができて帰るとの置手紙を書いて家を脱出。一直線に駅に向かうと播州赤穂行の新快速に乗り込んだ。京都で近鉄線に乗り換え。下宿先の西大寺に返ってきたのは朝の8時30分。
荷物をその場に置くと、ベッドに倒れ爆睡するのだった。
だが、事はまだ終わっていなかった・・・。