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PM6:23
長命寺港
普段なら静かな夜の港、サイレンと爆音、銃声が響いている。
そこは、完全に戦場。
いたる場所で火の手が上がり、停泊している小型船のいくつかは沈没している。
巨大な爆音。湖岸に停車していた県警のパトカーが大爆発を起こした。上空に持ち上げられた車体はひっくり返り、すでに火だるまになっていた一般車の上に落下。傍で伏せていた警官が、悲鳴を上げながら退散する。
「畜生!なんて野郎だ」
護送車の陰に隠れ、銃を構える神間と高垣。全員の視線の先には、炎上した漁船。その船頭に立つのは、おどろおどろしいニンギョウ。
一方、背後では住民の避難が行われていた。大津市方向へ向かう自家用車やバスで、小さな生活道路はごった返している。
そこを、光の列に逆らって、現場へ走る1台のパトカー。停車すると深津と寺崎が出てきた。
さらに走ってくる車。カローラ スパシオからは、横山が。
「神間!高垣!」
小走りに、彼らに近づく。
「どういうことだ。まるで空爆されているようじゃないか!」
「まさにそれよ。寺崎君」
その時、ニンギョウが正面に両手を伸ばす。
ドスンと鈍い音とともに、手の先から何かが発射された。
ゲームセンターなどに置かれている、中くらいのぬいぐるみ。
空気を切り裂き、港湾に建つ小さな商店のシャッターを貫く。途端に大爆発。店舗が火を噴き、がれきを四方八方にまき散らす。
再び発射される。今度は駐車場に。
自動車が連鎖的に吹き飛んでいく。
「成程な」
「奴自体が、動く高射砲なのよ」
手こずる中、突如ニンギョウが頭を抱え、悲鳴にも似た叫び声を発する。
「タス・・・ケテ・・・クレ!」
その声の主は、ニンギョウに内包されているプログラムなのか、それとも俵田と名乗る通り魔の魂なのか。
「しかし、どうしてニンギョウは、俵田と名乗ったんだ?」
「その答えは、横山が出してくれたさ」と寺崎が神間に言う
「本当か?」
横山が言う。
「推測にすぎないが・・・論説は後だ!このままじゃ、避難している人たちにも被害が」
深津は叫ぶ。
「ささごいはまだか?」
「間もなく到着するわ」
刹那。
ガシャン!
頭上で、何かがぶつかる音。
「まさか・・・」
「ウソだろ・・・」
全員が見上げて、自分の目を疑った。
天に向けて伸びる糸が、滋賀県警のヘリコプターを絡めている。否、糸ではない。何十、何百とつなげられたボールチェーン。
ニンギョウの右腕から放たれたそれを、ヘリが必死にあがいて抵抗する。
だが、ニンギョウはびくともせず、腕を上下させ、獲物をもてあそぶ。
「まずい!このままじゃ墜落する」
眼下の警官隊も、無事じゃ済まされない。
ヘリのバランスが、崩れ始めた。
―チェーンが火花を上げて、千切れた!
「来た!」
墜落の惨事を断ち切った、その正体。
南の空から響いてくる、県警のヘリとは違う、重厚なローター音。
サーチライトを湖面に照らしながら現れた、UH-60T ささごい。
開いた両側ドアからせり出した、機関銃付きのアームが垂直に、機体下部に降りると、照準を合わせてボールチェーンを撃ったのだ。
バランスを保ったヘリに、佐々木が無線で声をかける。
「“ささごい”から県警ヘリ“おおとり2”へ」
―――こちら“おおとり2”。助かった。
「ここからは、俺たちの仕事だ」
―――どうやら、そのようだ。
メインローターがいかれそうだ。撤退する。
「了解」
ささごいの下を、旋回した県警ヘリがすり抜け、大津市方面へ飛び去る。
―――隼から“ささごい”へ。
「こちら、ささごい」
県警本部から、隼が無線を発する。
―――標的は、炎上する漁船の上だ。どういうわけか、意思を持つように、奴と同調して動いている。
「まさしく、ゴーストシップ」
―――そうだ。現在、住民の避難が行われているが、間もなく完了する。
それまで、奴の気を逸らしてくれ。本格的な攻撃は、それからだ。
「あの化け物が、化学兵器を搭載しているというのは」
―――本当だ。それを考慮して、行動してくれ。
「了解。給料分、働かせてもらいますよ」
交信終了。
サポート担当に指示を出す。
「射撃準備。奴を、沖合に誘導する」
「了解」
スタッフは、目の前のコンピューターをいじる。
外部操作型の機関銃は、ウイーンと機械音を響かせながら、銃口をニンギョウの手前にセットした。
「完了しました」
「まだだ」
上空でホバリングするささごいに、興味をひかれたニンギョウ。湖岸に向いていた漁船がクルリと向きを変え、ヘリの正面に。
「発射」
規則正しい音に合わせて発射された銃弾。全てが船頭の水面に着弾する。
しかし、反応がない。
ヘリの轟音だけが、無駄に響き渡る。
「!?」
佐々木が、何かを感じ取った。
操縦桿を握り、機体を後退させながら上昇。
ワンテンポ遅れて、両腕をヘリに向けたニンギョウ。発射されたぬいぐるみが、先ほどまでいた上空で爆発する。
はるか上空。砲撃すら届かない相手に向けて、ニンギョウは両腕を構えたまま、こちらを睨む。
「そうか。そんなに遊びたいのか・・・行くぞ!ありったけの弾を、撃ちこんでやれ!」
『了解』
先ほどと同じ、いや、それより早いスピードで前進、降下しながら奴の上空を過ぎ去り、再度上昇、旋回。船舶右側に向けて銃弾をぶち込む。
再び上空をかすめた相手に向けて、砲撃を開始する怪物。
機体のそばで爆発するそれを、華麗な操縦桿さばきで避けていく。
その間に地上では、避難する車列が現場から次々と遠ざかり、負傷した警官を搬送するため、数台の救急車が戦場へ向かう。
「すごいテクニック・・・」
感嘆する高垣に、深津は叫ぶ。
「こっちも応戦するぞ。準備しろ!」
「了解」
スパシオに走り寄る、トクハンの捜査官たち。
車両後部に積まれていたのは、対妖怪用に作られた重火器や弾丸の数々。
「また、ぎょうさん持ってきたな、横山」
「出血大サービスってやつさ」
神間は微笑しながら、銃弾の入った箱を取り上げ、銃創に装填した。
それに続いて、それぞれが銃や弾に手を伸ばす。
全ての準備が完了へと進む中、走り寄ってきた警官が、ゴーサインを上げた。
「住民の避難は完了!負傷した警官の収容も終わりました」
「よし」
深津は手にしたショットガンのフォアエンドを、思い切り引いて叫んだ。
「反撃開始だ!」




