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 PM6:03

 滋賀県 琵琶湖

 近江八幡市長命寺港沖5キロ


 陽も沈み、湖畔の夜景が琵琶湖に反射し、幻想的な風景を対岸に届ける。

 しかし、忘れないでほしい。琵琶湖は日本一巨大な湖。夜の闇に包まれた小さな海は、光さえ届かない。

 だが、そんな漆黒の湖は、ブラックバス目当ての愛好家たちが集まる、夜釣りの人気スポット。最も、安全な場所で釣りを楽しんでくれたらいいのだが・・・。

 ここに、一隻の中型漁船が浮かんでいた。乗っているのは釣り愛好家の男性5名。マナーやリスクはされ知らず、黙々と夜釣りを行っていた。

 また1匹、ブラックバスを釣り上げる。

 「おーっ!釣れた釣れた!これで6匹目だ」

 「どうだい?絶好の穴場だろ?」

 「ああ。センさんの言う事にゃあ、間違いはねえ」

 そんな話をする彼等の1人、釣り糸がピンと寒い空気に張る。

 「おーっ!また来た!」

 初老の男性が固定されていた竿を持ち上げ、慎重にリールを回す。

 それでも、体を持って行かれそうなほどの食いつき。

 「こいつは、大物だい!」

 足を踏ん張り、歯を食いしばり、そいつの正体が現れた。

 「な、なんだぁ?」

 ルアーに引っ掛かっていたのは―――。

 「ヤマさん?」

 「参ったよ。ウサギのぬいぐるみとは・・・孫のプレゼントにでもしてやるか」

 「孫って、ヤマさん、孫どころか生涯独身だろ?」

 冗談に、全員が笑い合っていた。

 刹那!

 全てを劈く風と音、天へ上る紅い火の玉。

 漁船は漁火と呼ぶには大きすぎる、否、炎と呼ぶに相違ない大火災。湖面に浮かぶ船はたちまち、その中に包まれていく。



 同時刻

 奈良ホテル ダイニングルーム“三笠”


 この時間になっても、利用客が1人も来ないのが奇跡のようだ。大介は改めて感じた。

 目の前で展開するゲーム。その気迫に、唾を飲むコトすら許されない。

 既にグラスの底には5枚のコイン。次いでリオのターン。

 細い指で拾い上げたコイン。その重さを爪で感じながら水面に近づける。

 ・・・コトン。

 ゆっくりと沈んだ銀貨は、小さく音を立て、次のターンを知らせる。

 水はこぼれていない。

 「6枚・・・ここまで来たのは、君が初めてかもしれない。賞賛に値する―――」

 「下手な煽てはいい。早くやれ」

 乱雑で冷淡な言葉を、彼に投げかけた。

 遠巻きに見ていたあやめは、大介に耳打ちした。

 「リオさん。リザードマンモードに入っているみたいね」

 「え?」

 「前に言った事、覚えてる?

  リオさんは、アドレナリンによって、内包するもう1つの性格を引き出すって」

 「それは聞いたけど・・・そこまで切迫しているのか?」

 「いえ。むしろ楽しんでいるんでしょうね。ゲーム好きだから。

  モノポリーだろうと、DSだろうと、常に無双しているから」

 「はあ・・・」

 その時、背後の扉が開いて宮地が入ってきた。

 「支配人を説得して、ここを封鎖してもらったわ」

 「頑張りましたね」と大介

 「但し、残り時間は10分。それ以上は無理だそうよ」 

 「それまでに、決着がつけばいいけど」

 そう言うあやめに、宮地が

 「後、警部から緊急連絡が来たわ。近江八幡沖の琵琶湖上で、漁船が爆発したわ」

 「え!?」

 「先程、漁船に乗っていたと思われる男性の遺体を収容したんだけど・・・遂に動いたわ!」

 「ニンギョウ・・・爆発も奴が」

 「警部は“ささごい”を“武装偵察アタック”で発進させるように命令を」

 それを聞いて、あやめは下唇を噛んだ。


 一方、テーブル上では互いに1枚ずつ、コインを沈めた。だが、限界まで張った水面は、いつ決壊してもおかしくなかった。

 興奮作用でアドレナリンが量産されるのと比例して、リオの頬の筋肉が弛緩していく。彼女はそれを必死に抑え、あくまでポーカーフェイスでコインを掴む。

 (そう・・・そうよ・・・この感じ!全身の血が沸騰して、私をエクスタシーに導く!)

 右手がグラスに差し出された。

 「ん?」

 彼女は、微かに水面が揺れているのに気付いた。 

 まさか。

 そっと目を閉じ、呟く。

 「インペリアルシステム、解除アンロック!」

 彼女のDNAが作り出した能力。それはオッドアイ-紅色の右目があってこそ機能する。

 インペリアルシステム。百発百中の軌道を導き出すスコープの役割を生み出すだけでなく、周囲の環境を情報化することが可能な瞳。

 全てがスロモーションで動くリオの視界。紅い瞳が導いたのは

 「貧乏ゆすり、止めてくださる?」

 「何の事かな?」

 「右足。テーブルの脚にくっつけて、必死に揺らしているみたいだけど」

 その言葉で、水面の振動が止まった。

 代わりに、レイラスの額に汗が。

 (そう・・・これが、あなたの言う“神の示す運命”ね)

 リオは微笑すると、システムをそのままに、慎重にコインを水面に運ぶ。

 指から銀貨が離れる。

 グラスの中を遊泳しながら、そこに着地。 

 ―――こぼれていない。

 その様子を見て、リオは大きく息を吐いた。

 「インぺリアルシステム、再封印リシール

 その表情に、興奮から来る衝動は無かった。

 額に汗をかいて、レイラスのターン。

 貧乏ゆすりで水をこぼそうとしていたレイラスにとって、このリオのターンは予想外だった。

 彼のシナリオは、ここで破たんした。

 (それでも、俺は勝つ!)

 ここで彼は、積み上げられた1枚を取るふりをして、スーツの袖に隠していたコインを取り出した。

 どのコインよりも軽い、イカサマ用のアルミニウムコイン。

 すぐにグラスに・・・投下!

 (やった!)

 ―――グラスを伝った水。それはナプキンを濡らし。ゲームセットのホイッスルを鳴らした。

 「ゲームセット。あなたの負け」

 椅子にもたれて、リオは言う。

 まさか、こんなはずじゃ・・・。

 テーブルを叩いて、レイラスは叫んだ。 

 「こんなのイカサマだ!アンフェアだ!

  そうだ。さっきの一言で注意力を失ったんだ。君のせいだ!君の負けなんだ!

  神の決めた審判を、貴様は冒涜したんだ!」

 いちゃもんにしても浅はかで、支離滅裂。

 「レイラス様。落ち着いてください」

 走り寄る野々市。信者であることを隠す気も無いようだ。

 リオは言う。

 「審判?馬鹿馬鹿しい。

  このゲームの構図は簡単じゃないか。ゲームの提案者が自分に有利なゲームで、イカサマが使えずに自滅した。

  Play it myself-つまり、ひとり遊び。

  それ以上でも以下でもない!」

 歯ぎしりする男は、最早、子ども。

 「貴方に残された選択肢は2つ。“話す”か“飲む”か。

  お勧めは前者かしら?乾いた喉に、刺激が欲しいって言うのなら、止めはしないけど」

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