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 「運?」

 男は、よーく音を立てて噛んだ肉を、喉に通して言った。

 「そうだ」

 「おっしゃる意味が、分かりませんが?」と大介

 「単純な話だよ。

  この世に“運”というものは存在しない。幸運も不運もだ。そいつは、愚かで弱い下級人類の責任転嫁に過ぎないのだからな。

  あるとするなら、それは“運命”であろう。唯一、絶対不可避な要素、とでも言おうか」

 「随分ね」 

 あやめはドライに流す。そして

 「あなたは、どうなのかしら?」

 「私には、シクツオミ様がついておられる。事の成り行きは全て、神によって決められている。そして、我々萬蛇教の者は、神の決めた結末を知ることも、実行することもできる。

  それこそ“運命”。それこそ、我ら萬蛇教の至高。

  それを享受できない、君達異端に、簡単に口を割ると思うかね?」

 こいつらのお脳は、溶けているんじゃないか。大介は片耳だけ機能させながら、ふと感じるのだった。

 「シクツオミだか何だか知らないけど、私に言わせれば、そんなこと知った事じゃない。

  私は私自身を信奉する。意思も正義も。運命すら変えられるって信じている。

  それが、私の宗教。

  人殺しすら厭わないお前たちの宗教に、合わせる気はない」

 あやめは、彼一点を見て、そう答えた。

 「今、私の中で私が叫ぶのよ。お前たち“悪人”を止めろって!」

 瞬間、男は笑みを浮かべた。

 「気に入った。いいだろう、聞きたいことを話してやろう。

  ただし、それは“審判”次第だ」

 「審判?」

 男は、スーツのポケットからコインを取り出した。

 それを見た野々市は、テーブルを離れて、他の席にセットされていた水の入ったグラスを、こちらに運んでくる。

 あやめに見せた銀貨。大きさ、厚さ共に1円硬貨と同じくらいだが、その表面には教団のマークと、意味不明な4文字の単語。旧ソ連の硬貨を連想させる。

 「これはロンガ。萬蛇教が設立を目指すユートピアの流通貨幣で、シクツオミ様の加護がある者のみ使用できる。コイツで貴様に審判を下す」

 「ふーん。で、銭形平次みたいに、投げつけるの?」

 微笑するあやめの前に、野々市によってナプキンが敷かれ、置かれたウイスキー用グラス。そこに、別のコップの水が注がれる。ふち限界まで。

 男は縮緬の巾着を取り出し、口を開けると逆さまに。先程のと同じコインがジャラジャラと溢れ出す。

 「ここにロンガを50枚用意した。

  今から、このコインを順に、コップに沈めていく。水があふれた方が負けだ」

 「成程、1円玉ゲームって事ね」

 「貴様が勝ったら、何でも話してやろう」

 「負けたら?」

 ガシャン!

 唐突に響いた音。野々市が手にしていたグラスを割った。

 破片を拾い集めると、まだ水の入っているグラスに乱雑に入れ、上から水を注ぐ。

 あやめの表情が凍った。

 「これを飲んでもらう」

 「・・・」

 「もう一度言うが、この世で生まれる運命は全て、シクツオミ様が決めておられる。その力を、我々は享受できる。

  つまり、このゲームは最初から私が勝つと、決まっているのだ」

 「それは・・・分からないわよ」

 「いいや。勝つとしても九分九厘から外された一厘に賭けるしかない」

 「・・・」

 「水だけ飲もうなんて考えるな。血が溢れようと破片の1つたりとも、残させないからな。

  一生、声を出すことはできないだろう。

  無論、そこにいる少女Aの連れも、飲んでもらうことになるがな」

 震える手。

 後ろで、大介が両手で彼女の肩を抱く。

 「やめるんだ、あやめ。こんなのフェアじゃない」

 「この世界、フェアなゲームを探す方が、面倒ってもんよ」

 「そういう問題じゃない!今回ばかりは、無理ゲーってヤツだ。

  ガラス片を飲まされた暁には、君の治癒能力を持ってしても、回復は絶対不可能。できたとしても、後遺症が残る」

 「それでも、確率はフィフティ・フィフティ。上手くやるわ」

 大介にとって、その言葉は、自分を鼓舞させようとしているようにしか思えなかった。

 「これは小鳥君の事を思って言っているんだ。

  死ぬほど心配していた彼女の前に、お前はボロボロになった姿を晒す気か?」

 「小鳥・・・」

 「今まで言えなかったが、君が眠っていた間、彼女は毎日、治療室の前に立っていたんだ。あやめが起きる、その時を願って!」

 瞬間、あやめは口をつぐんだ。

 「関係ないなんて言うなら、君の首を絞めてでも、このゲームを阻止するからな。

  ここは、一旦退却しよう」

 「でも・・・」

 このまま退けば、折角掴んだ事件解決のチャンスを捨ててしまう。かと言って、敗退確定のゲームに挑めば、彼らはただでは済まされない。

 一進か一退か。

 「私が、相手しよう」

 扉が開き、背後から聞こえた声。

 そこにはアッシュブロンドが目立つ銀髪。緋色の右目を有するオッドアイ。しなやかな大人のボディ。

 「ミセス・リオ。リオ・フォガート!」

 「Yes! Long time no see!」

 大介が声を上げた。その女性はFBI捜査官にしてカオス・プリンセスの1人、リオ・フォガート。

 「リオさん・・・」

 「間に合ったみたいね、アヤ」

 ウインクであやめに挨拶。

 「これは、美しい女性が増えましたね」

 にやける男に、リオは

 「黙りなさい。もう、ネタは割れているのよ。

  萬蛇教最高幹部 竹間ちくまヨシタカ。いえ、出家名 レイラス竹間の方がいいかしら?」 

 2人は驚きを隠せない。この男が最高幹部の1人?

 男―レイラスは言った。

 「貴様も警察か?」

 リオは手帳を横にして開く。

 「FBI?連邦警察ごときに、私の身分がわかるはずがない」

 「それが分かるのよ。突き止めたのは私達じゃないけどね」

 瞬間、あやめと大介は察した。

 「カンパニーか?」

 大介の小声に、彼女は頷いた。

 「ご名答」

 CIA―道理で、これだけの情報を入手できるハズだ!

 「出国前にすこーし締め上げてね。まあ、それは後で」

 あの連中を締め上げるとは。一体、何をしたんだ?

 リオはあやめと代わって、席に座る。

 「私の可愛い後輩を傷物にしようだなんて、たいした根性ね?

  ・・・いいわ。私がゲームのプレイヤーになってあげる。但し、ルールを少し変えさせてもらうわ。あなたが負けたら、全てを暴露した後で、その特製ジュースを飲んでもらうわ」

 「そんなの―――」

 「あなたが運命を享受できるなら、私がゲームに負けて、ガラス片で喉を潤す未来を導くなんて、造作もないでしょ?」

 そう言われると、驚嘆の表情のまま、レイラスは黙ってしまった。

 不敵な微笑。子供の様に、リオは彼にささやく。

 「さあ、ゲーム開始。まずは、あなたのターンよ」

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