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39

 都古大学を背に、北門を抜ける白のレビン。その後ろを、大介を拾ったレパードが追走する。

 両車、慌てる様子も無く、法定速度を守りながら、奈良市内へと進む。

 「一体、どこに・・・」

 「彼の出身は香芝市よ。そこに向かっているのかも」

 ところが、大通りでレビンは左折。奈良公園方向に走り始めたのだ。

 平城京跡を過ぎ、車は一直線に。

 「南じゃない。この先は公園と寺院しかないぞ!」

 「鹿さんと戯れに・・・って訳ではないわね」

 「萬蛇教って、他の宗教を絶滅させたがっているんだよな?まさか、奈良の寺院群に特攻でも」

 「まさか?事を慎重に運んでいた彼が―――」

 その時、あやめの言葉が止まった。

 「どうした?」

 心配する大介に

 「もし、教団がニンギョウに拘る理由が、それだとしたら?」

 「他教団の破壊?」

 「ええ、そう。近江八幡での彼らの様子も、これで説明ができる。

  彼らにとって、奴は必要な存在であり、自分たちのハルマゲドンをかなえてくれる神。そのために、ニンギョウが必要だった」

 「あやめ。今回の推理は無理がある。

  百歩譲ったとして、どうしてそんな七面倒臭い事をしようとしたのか。他教団を攻撃したいのなら、今までのように武力攻撃をすればいい」

 「まだ、そこまでの力は持っていなかったとしたら?武力攻撃の代用品として、あのニンギョウを放った。奴は成長しながら人を殺している。いえ、現在進行形かもしれない」

 「だとしても、どうして部外者に“ひとりかくれんぼ”の名目で、ニンギョウを精製させたんだ?自分たちでやればいいだろうに。

  もう1つある。攻撃対象だ。

  長浜で発生し、南下するのなら、その周辺の寺院を攻撃すればいい。なのに、物理的攻撃も、聖職者が殺されたという報告も皆無。それ以前に、滋賀県に出現させなくても、寺社が集中している京都市内を攻撃対象にした方が、目的達成のプロセスとしては手っ取り早い。野々市が京都の学校に通っているんだから、無理な話ではないはずだ。」

 「そのあたりは、直接本人に聞けばいいわ」

 その言葉に、大介はビビった。

 「おいおい!本気か?」

 「今回の事件は輪郭ははっきりしているのに、その中心は謎だらけ。それを差し引いても、既に10人以上の死人が出ているのは、紛れもない現実よ。

  この際、その中心を突いてみるだけのリスクを冒さないと、被害は大きくなるわ。それに・・・」

 「それに、何だ?」

 「これだけの事を、人間が計画し、実行できるとは思えない」

 「じゃあ、事件の裏に、イリジネアの住人が・・・教団の幹部に?」

 「もしくは・・・」

 そんな話をしている間に、レビンはどんどん進む。

 近鉄奈良駅、東向商店街すら過ぎ、奈良公園内を走る。

 交差点を右折。春日大社一の鳥居を通過。

 「どこに向かっているんだ?」

 そんな時だった。

 突然レビンが減速、右折。大きな丸太を模した、荘厳な門の中へと吸い込まれていった。

 「おい・・・ここって」

 「奈良ホテル」

 西暦1909年、当時の鉄道省が「関西の迎賓館」として建設した奈良ホテルは、奈良公園の高台に建ち、近代建築としては珍しい木造という趣き。

 日本の皇室関係者のみならず、アインシュタインやヘレン・ケラーといった世界中の著名人も宿泊しており、建立から100年以上経った現在も、当時から変わらない姿で営業している。

 少し遅れて、あやめ達も門をくぐり中へ。灯篭が並ぶ緩やかな坂道を上ると、見えてきた。

 幻想世界に迷い込んだか、はたまた過去にタイムスリップしたか。御殿のような構えの木造2階建ての本館、瓦葺屋根から天にそびえる鴟尾しびは、そんな気分を無意識的に引き出してくれる。

 挿絵(By みてみん)

 専用駐車場にレパードを入れ、正面玄関に。左側には綺麗で真新しい新館。その前にあるパーキングスペースに、レビンは頭を突っ込んで停車していた。

 「学生の身分で、素晴らしい下宿先だこと」

 「うらやましいぜ。一度でいいから、高級ホテルで贅沢してみたいよ・・・あやめ!」

 大介は、玄関の方を指差した。野々市がフロントで、何やら話している。しばらくすると、フロントから離れ、歩いてどこかへ消えていく。

 「行こう」

 あやめと大介は歩調を一緒に、歩き出した。

 貫録ある木のぬくもりに包まれる。ドアボーイがゆっくりと扉を開ける。

 赤い絨毯の敷かれたエントランスも一風変わった造りだ。天井には灯篭を模ったシャンデリア、2階へ続く階段には焼き物の擬宝珠。フロントの向かいに置かれたマントルピース、その前には赤い鳥居。

 違和感なく、和と洋が融合している、不思議な空間。

 あやめはフロントへ向かうと、野々市の連れと偽って、彼がどこにいるのかを聞いた。 

 係の者曰く、“三笠”へ向かったという。

 フロントの横から伸びる通路を歩いて、一番奥にある部屋がそうだという。

 2人は通路の伸びるままに、ゆっくりと、急ぐ気持ちを抑えて歩く。

 「・・・ここね」

 レッドカーペットの終点に、閉ざされた扉。

 メインダイニングルーム「三笠」。創業当時から営業しているレストランである。

 フランス料理のコース料理から、ビーフカレーなどのアラカルトと、多種多様の洋食を提供してくれる。

 時刻はPM5:40。ディナータイムが始まったばかりだ。

 互いに見合い頷くと、扉をゆっくりと開けた。

 ロビーと打って変わって、落ち着いた色の空間。壁には絵画が並べられ、部屋の隅には自動演奏もできるグランドピアノ。

 シーズンオフもあるのだろう。部屋の中央にあるテーブルだけ、男が座っているのみ。

 野々市を自分の傍に立たせ、その人物は黄金のバッジを付けた白いスーツを身に纏い、小さな鉄鍋に盛られたビーフシチューを、一心不乱にスプーンで掬っては口に運ぶ。

 間違いない。こいつは萬蛇教の信者。野々市が委縮している様からして、相当な地位にいると見る。

 向こうが、こっちに気付いた。スプーンを持つ手が止まる。

 「涎掛けでも頼みましょうか?そんな食べ方では、スーツにシミがつきますよ」

 声をかけ、あやめは2人の元に歩みを向ける。

 「どちらさんです?ホテルの宿泊者ですか?」

 顔を上げた男。野々市より年上のようだ。

 (40、いや30代くらいね)

 彼の向かいの席に座ると

 「唯の“少女A”ですわ」

 「面白い人だ。で、その少女Aが、何の御用かな」

 そう言うと、男はスプーンからフォークに持ち替え、ビーフシチューへ再び向かう。

 ここのビーフシチューは、鍋の底にスパゲティが入っているようだ。それを持ち上げると、口を近づけ、蕎麦のように音を立てて滑らせ、クチャクチャと音を立てて味わう。

 その下品さに、一瞬顔をしかめた。

 一方野々市は、大介を見ると

 「ああ、貴方は昨日の」

 「覚えていましたか」

 「当然ですよ。ところで、しつこくなるようですが、例の―――」

 「恩人ですか?」

 すると、あやめが前を見据えて言った。

 「野々市さん。嘘はやめましょうよ」

 「嘘?」

 「鈴江楓太を探している理由は、恩返しじゃない。あなた方の利益のため。

  そうですよね?萬蛇教の皆さん?」

 瞬間、野々市が狼狽した。男の顔が険しくなった。

 「お嬢ちゃん。人をからかうのもいい加減にしなさい。警察を呼ぶよ」

 溜息を吐いたあやめは、懐から赤みのかかった警察手帳を取り出した。大介も。

 「はい、ポリス」

 「・・・」

 「次は萬蛇教を否定しますか?

  無駄ですよ。そのバッジに、野々市の車のエンブレム。この間の事件の犯人たちと同じものですから」

 2人は分かった。男が狼狽するのが。

 しかし、彼は笑った。

 「萬蛇教。確かに、そんなカルト教団があったって都市伝説は聞いたことがありますが・・・。

  このバッジは1年前に中東に旅行した際に買ったもので、そんな変な宗教団体とは関係ありませんよ。変な言いがかりはよしてください」

 そう言うと、再びスパゲティを啜る。

 「第一、このバッジが、近江八幡の事件の犯人グループのものと同一だと、どうやって証明するんですか?ここに、そのバッジを持ってきてくださいよ」

 してやったり。そんな笑みを浮かべて、椅子にもたれかかるとスパゲティを―――啜ることはできなかった。

 あやめは体を乗り出すと、フォークを取り上げた。

 「な、何をするんだ」

 「アンタの下品な食べ方見ていると、イライラするのよ!」

 声を押し殺し、あやめは言った。

 「そんなの、個人の自由だろ?頭、おかしいんじゃないのか?」

 「おかしいのは、アンタの方よ。

  まだ気付かないの?あなた、事件に関係しているって自白したのよ」 

 首をかしげる男。

 「大介」

 声をかけられ、彼はズボンのポケットから、スマートフォンを取り出した。

 録音機能になっていたそれは、しっかりと彼の発言を録音していた。

 「あなた、自分がしているバッジを、近江八幡の事件の犯人グループのものと同じか証明しろって、言いましたよね?」

 「それが何だ?」

 「私、一言も事件の概要を言っていませんけど」

 その瞬間、男の顔から血の気が引いていった。

 「そ、そんな筈は・・・」

 「私は“この間の事件”と言っただけです。どうして、そんなに詳細に、事件を特定できたんです?」

 男は、苦し紛れに。

 「ほら、あっただろ?近江八幡駅前のショッピングセンターが―――」

 「報道発表では、あれは大規模火災のハズですが?」

 「SNSで、車が突っ込んだって投稿が―――」

 「確かに自動車事故はありました。車が店に突入した事実は認めます。では、どうして乗っている人が複数である事や、彼らがバッジを付けていた事が、正確に分かるんです?そこまで詳しい投稿は、まとめサイトにも掲載されていませんでしたよ」

 「・・・」

 もう、後が無い。 

 「事件発生直後、現場周辺はすぐに封鎖され、被害者とマスコミには事件解決まで、事実を口外しないように伝えています。

  今現在、ライカル近江の一件が火災でないことは、被害者を除いて、あの現場に駆け付けた一部の警察・消防関係者と、犯人しか知り得ない。貴方は、無意識に自分たちが、事件の関係者、萬蛇教の信者だと言ったんですよ?」

 男は下を向く。そこへ、取り上げたフォークを差し出す。

 「お返しします。もっとも、この状況で食べるビーフシチューが、しっかりと喉を通ると言うのなら」

 しばしの沈黙の後、押し殺した声で男は笑った。

 再び顔を上げると、その眼は恐怖を宿していた。

 「そうだ、少女A。私は萬蛇教の信者だ。

  で、どうする?私を逮捕するか?」

 そう言いながら、彼女からフォークを受け取る。

 「その前に、お2人には洗いざらい話してもらいましょう。何を企んでいるかをね。ニンギョウの事も、映研サークルの事も全て」

 すると彼は、シチューの中に沈んでいた牛肉を突き刺し、口に放って、食べながら言った。

 「君たちは“運”を信じるかね?」

 クチャクチャという音が、2人の不快ゲージを、一段と引き上げるのだった。

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