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PM3:56
奈良・都古大学 部活棟1階
間もなく学祭ということで、慌ただしさに拍車がかかる今日の部活棟。
文化研究サークルのボックスで、あやめは隼と電話をしていた。
「やはり、旧日本軍の忘れ物ですか」
―――そっちはどうだ?接触するつもりと聞いたが。
「まだ、対象の車両が現れていませんから」
―――危険過ぎやしないか?
そう聞くと、あやめは微笑した。
「修羅場を潜り抜けてきた場数なら、誰にも負けないって自負していますから。絶対、上手くやりますよ。
そちらは、どうですか?」
―――うむ。未だ奴は姿を現さん。滋賀県は、市民の目の見えないところで、一触即発の事態だ。
今はニンギョウの怨念の原因となった敦賀通り魔事件の再捜査、それと、宮地が警視庁に向かったよ。
「公安ですか?」
―――萬蛇教を敵視していたガイラ教は解散したものの、現在も名前を変えて生きている。
今回、萬蛇教が行動を開始したことが確認されたとなると、必然的にガイラ教も動きを見せるだろう。
奴らが何らかのアクションを起こしていれば、公安も目を光らせるからな。それに、宮地は公安に強いパイプを持っている。
それに・・・。
「―――そう、ですか・・・ええ、そのまま奈良へ」
同時刻
2階 学生執行部ボックス
メンバーが仕事を、そこそこ忙しくこなす中、大介は作田と話していた。
「例のレビン?」
「彼の探していた生徒を見つけてね、少し話がしたいんだ」
作田はノートパソコンに向かい、話しながら書類作成をしていた。
「今のところ、あの車が来たって話も、苦情も無い。そろそろ、仕事が実行委員会に移行されるから、詳しい話は、そっちで聞いてもらうことになるけど」
そう言い終えた時、後ろの長机で認印の判子を押していた男が呟いた。
「レビン・・・そいつ、外部生の奴か?」
彼は史学科3回生、瀬島徳喜。執行委員長だ。
「そうですが」
「最近、外部生に関わった生徒が何人か、学校を長期欠席しているという噂を聞いてな」
「何ですって?」
彼の中で、嫌な予感がした。
野々市本人も、長期欠席の期間に、教団に入団し、洗脳された可能性が高い。否、既に確信に近い。
「特に、彼の周りには女子が多く集まっていたそうなのだが、こっちは分からん。カノジョの出来ない卑屈な童貞どもの戯言かもしれないし。
おっと、所帯持ちには関係ないことか」
にやけて冷やかした彼は、傍のマグカップに手をかけた。
人気深夜アニメのヒロインが刻印された、彼専用カップ。皮肉にも、彼もまだ、おひとり様だ。
「お言葉ですが、私と姉ヶ崎は、そういう関係ではありませんので」
「でも、よく一緒にいるじゃないか。隠さなくても、いいんだぜ」
その時、ドアを開けた1人の声が、大介の耳に届く。
「ちゃんと注意したのかよ。あの白い車、また停まっているよ!」
「その件でしたら、再び注意をいたしますので―――」
振り返ると、作田が大介の肩を叩く。
苦情を言ってきたのは、昨日、執行に同じ文句を言ってきた体育会の関係者。
彼が去ると、作田はその場にいたメンバーに言う。
「大丈夫だ。俺が対応する」
後輩を仕事に戻るように促すと
「一緒に行こうか?」
「いや、いいよ。ただ話をするだけだから」
「そうかい?じゃあ、キミに任せるよ」
「おう。仕事頑張ってな」
笑みを作り、手を振りながらボックスを去る。
ドアを閉め背を向けると、スイッチが入ったように、大介の顔から笑みが消えた。
完全臨戦モード。
すかさずスマートフォンを取りだすと、ダイヤル。
「あやめ、例の車が現れた。
・・・分かった。正面玄関で落ち合おう」
その瞬間
「待ってくれ」
目の前を、野々市が通過した。
姿を隠す暇は無かったが、2人の間にある喫煙所、そこに群がる生徒たちの御蔭で、ある程度目くらましになっていた。
最も、向こうはこちらに気付いていない。
その表情は、以前会った時と変わり、強張っていた。
「今、目の前を野々市が通過した。恐らく映研のボックスに向かったようだ」
「そのまま、彼を監視して!
麗奈先輩と青柳君には、彼が来たら一報入れるようには伝えているけど。大介は、部屋を出てからも尾行を。気付かれないように、細心の注意を払って」
―――了解。
ケータイを片手にボックスを出たあやめは、駐輪場を突っ切り、レビンの傍に。
大介の言っていたことを確かめるためだ。
その車は駐輪場入り口前に、ボンネットを南へ向かせて停車している。
スモークで車両の内側は見えなかったが、他に誰もいないようだ。
ゆっくりと近づいて、横目に車のエンブレムを確かめる。
(確かに、萬蛇教のマークね)
そのまま車を追い越すと、立ち止って手にしたケータイを開く。
カメラ機能を作動させると、回れ右で来た道を引きかえす。
そして―――
カシャッ!
去り際、ケータイを仕舞う素振りを見せながら、さりげなく車のエンブレムを撮影。
ケータイの着信内容を確認し、来た道を引き返した。そう周囲に見せかけて、彼女はケータイを折りたたむと、小走りに進路を左へ。
ラウンジを突っ切り、泉の広場を横切って教室棟。その脇にある通路を通って、学生専用駐車場に。
レパードに乗り込むと、そのままケータイを手に、大介からの着信を待った。
2分、3分、4分・・・。
不意に鳴る着信に、即座に答える。2コールすら許さない速さで。
―――出るぞ。先回りして、そっちに向かう。
「了解。車を回しておくわ」
静かに答えて、そっとキーを回した。
命を吹き込まれたレパード。その青い体を動かして。




