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 挿絵(By みてみん)

 

 「それで、コース変更させられた後の彼は?」

 「無気力で、創作にも手を出さず、新学期になって暫くすると学校にも来なくなりました」

 場所を、再び機関庫に戻して、話を進める。

 全ての機関車を見渡せる展望ゾーン。車庫中央に設けられた青い鉄パイプの舞台で。

 これまで話をしてきた刈谷と代わり、今度は西田が話す。

 「そんな彼が姿を見せたのは、夏休み明けて、時間が経った10月でした。

  今までと打って変わって、突然、ものすごくキラキラした目をして、学校に来るようになりました」

 「突然?」

 「はい。学内でも、一体どうしたのかと話題になりましてね」

 「他に、何か気になることは?」

 西田は少し考え

 「そう言えば、コースの授業には参加しませんでしたね。何故なのか聞いた奴の話だと、突然恐い目をして、“お前たちが作ろうとしているものは欺瞞的だ”と。

  今までに作った仏像も絵画も、全て破壊したとも言ったそうで」

 「欺瞞的?」

 「そうです。一体どういう意味か・・・。

  不確かな話ですが、退学しようとしたのですが、学校側が情報漏えいを恐れて、阻止したとの噂もありますし」

 仏教美術コースにいた彼が、その作品を欺瞞的と。

 全ての宗教を抹殺しようとしていた、教団の教義にリンクするところがある。

 だが、単にコース変更をさせられた腹いせに吐いた言葉とも見られるのも事実。

 「野々市さんが、都古大学に通っている事は、御存知でした?」

 あやめが聞くと、2人は互いに顔を合わせて。

 「知ってた?」

 「全然・・・あっ!でも・・・」

 「心当たりが?」

 刈谷が言うところには

 「“快く、自分の映像制作に協力してくれる団体が奈良にいる”と、言っていました。

  あれは、そう・・・10月の下旬くらいです。

  “自分は、この大学にいても、過去の経歴で判断されて、自分を見てくれない。あの団体と彼等だけが、私を受け入れてくれたんだ。あそこなら、私のやりたかったことが、できる”と」

 「“彼等”?確かに、そう言ったんですか?」

 「これでも、記憶力はいいんです。確信はあります」

 「野々市さんのやりたかったこと、とは?」

 「ホラーです。京都を舞台とした、ホラー作品を、地元劇団と協力して製作したいって、言っていました」

 団体が、都古大学の映像研究サークルを指しているとして、“彼等”はやはり萬蛇教か。

 「最後に、彼が学校に現れたのは、いつかしら?」

 「えーと・・・10月3日ですね」

 (長浜で殺人事件が起こる1日前か)

 あやめは心の中で呟く。

 「あっ・・・」

 刈谷は、そう呟くと、真剣な眼差しで俯いた。

 「どうかしたんです?」

 「・・・これは、私の友人の話なんですが」

 「はい」

 「野々市君が、学内の公衆電話しているところを目撃したそうなんですが、通話を終えた時に、変な言葉を言っていたというんです」

 「変な言葉?」

 「“これで終わった。全てはシクツオミサマの成り行きに”」

 その瞬間、彼女の体を悪寒にも似た感触が、じわじわと昇ってくるのが分かった。

 「私が知っていることは、これで全てです」

 「分かりました。

  また、何か思い出したら、こちらに電話を」

 そう言って、スーツの内ポケットから、名刺ケースを取り出すと、その中の1枚を手渡した。

 書かれていた内容は

 <大阪府警捜査1課 名取なとりあやめ>

 偽名だった。

 大学生と巫女を兼用している関係上、こうするように警察庁から指示が出ているそうな。

 そのため、警察手帳に細工がされている。一瞬提示される場合、簡単に“姉ヶ崎”の名字を読み取れないようになっているのだ。どういう技術なのかは分からない。

 本名を視られた場合は、そのための別の名刺を提示する。

 「名取さん・・・ですね。分かりました」

 刈谷が名刺を受取ると、横から西田が

 「そろそろ、講義の時間だ」

 「もう、そんな時間!?

  御免なさい、行かなきゃ」

 そう言って、2人は足早に展望台を降りて行った。

 2人を見送り、ゆっくりと階段を下りるあやめ。

 傍の機関車の運転台に入ると、西田たちと入れ替わって、大介が戻ってきた。

 「親父に連絡して、確認を取ってもらったよ」

 「どうだった?」

 「確かに、野洲市で自転車暴走事件は確認できた。自転車に細工したとして、奈良県香芝市在住の当時高校3年生の男子生徒が逮捕、少年院に入れられていたよ。

  念のため、奈良県警にも問い合わせたさ。そっちは?」

 「大量モノよ」

 溜息を交らせながら、車外へ。後ろに連結された石炭車の車体を撫でながら、地上へと足を進める。

 「ということは、野々市は」

 「確信犯。野々市孝太は萬蛇教の信者よ」

 あやめは、今までの件を、彼に再び話した。

 「成程・・・大方、過去の暴露とコース変更で、絶望の淵にいた彼に、萬蛇教が何らかの形で接触。教団本部で修業-まあ、洗脳だな。それをされて、娑婆に出たのが10月。そんなところか?

  ひとりかくれんぼは、恐らく複数の相互利益から生まれたもの」

 「私も、最初はそう思ったけど。だとして目的は?

  野々市にはメリットがあるが、教団にそれが無いのよ。

  野々市サイドには、ホラー作品を作れる、教団が関与しているなら、その教義に身を投じることができるというメリットが挙げられるけど」

 「忘れているところがあるぜ。映研だよ。

  映像研究サークルには、大学文化祭の作品が、完成できるってメリットがある」

 あやめは首をかしげた。

 「どういうこと?」

 「これは、さっき釘宮から入った情報なんだが、映研の脚本担当の部員が、休学していることが判明したんだ」

 「理由は?」

 「躁鬱病。つい最近発症して、現在、心療内科に通っているらしい。裏は取れているそうだから、確かな情報だろう。

  ただ、今年の作品の考案、製作が彼の独壇場だったらしく、企画は完成を前にして、ストップしているのが現状」

 「製作指揮を失った、ってこと?」 

 「ああ」

 2人は歩きながら、蒸気機関車館を後に。

 エントランスの旧二条駅駅舎。瓦と白い外観が美しい、ノスタルジックさを背に、話し合いは続く。

 「世間的に、うつ病は増えいるって言われているけど、本当みたいね。中には増えてはいない、製薬会社と心療内科医の黒い取引があると主張する人もいるけど。

  まあ、それは心理学科生としての機会に。

  学祭を目前にして行き詰った製作現場。絶望の色が、あのボックスを支配したのね。そこに、他大学の生徒が持ってきた“ひとりかくれんぼレポート”の企画。

  あの渡瀬って部長は、食いついたのね。これだけ過激で危険な企画なら、仮に今まで製作されてきた作品をお蔵入りさせても―――」

 「観客の目を引くことができる。でも、教団側の利益ってのは、何なんだ?

  野々市と教団に、相互利益が無い以上、ひとりかくれんぼに教団が関与する動機が分からない。あの渡瀬部長や他の部員が、萬蛇教信者である可能性はゼロに近い。

  それを差し引いても、萬蛇教は滋賀で連続殺人を犯すニンギョウに、死人を出すくらい、異常に拘っている。ひとりかくれんぼの産物である、あのニンギョウを」

 大介の話を終え、あやめは無言で歩き続ける。

 そして

 「直接、聞いてみましょう」

 「聞くって?」

 「野々市孝太に」

 瞬間、大介は絶句した。

 「冗談だろ?スーパーでRPGぶっ放す連中と友達かもしれないんだぞ!

  もう少し、周辺を調べて―――」

 「相手は、正体すら謎のカルト教団よ。これ以上、何を調べろって言うの?

  保身のために、馬鹿なお上が、何もかもを吹き飛ばしてくれた御蔭で、私たちは手探りですら怪しいのよ。

  今日は部活動優先日。ほとんどの部活が活動する。無論、映像研究サークルも。接触するなら、今日が絶好のチャンスよ。

  良くも悪くも、彼らは反応を見せてくれるはず・・・これしか方法が無いの!

  大丈夫。要領よくやれる自信はあるわ」

 確かにそうだ。

 今の大介たちは、言わばリンゴの皮を剥いているに過ぎない。いくら剥こうど、肝心の芯は見えてこない。ならばぶつ切りにするまで。

 今回は、近江の時とはいかなかった。彼女が傷つく恐怖が、彼の中でKOを唱えた。

 あやめを信じる。あやめをサポートする。

 しっかりと、彼女を見て、大介は口を開いた。

 「分かった」

 「そうと決まれば、行く先は―――」

 「我らが都古大学!」

 2人は公園付近の駐車場に停めていたレパードに飛び乗ると、来た時とは反対に南下、奈良へと向かう。

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