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午前8時。
2人はスーツに着替えると、エレベータに乗り、地下にあるマシーン格納庫に降りた。
何台もの車両が停まっている駐車場に、宮地のS2000の姿は無かった。
既に、出動した後か。
レパードに乗り、トクハン本部を後にすると北上。
途中で朝食を取ると、関西芸術産業大学に向かった。
紅葉には若干早い、秋の古都。
目当ての大学は梅小路公園の傍、京都市バス七条千本バス停近くに、近代的なガラス張りのキャンパスを構える。
「ひゃー!綺麗!全身タイル張りの、ウチの大学と大違い」
「無駄口叩かずに、行くわよ。今の私たちは、警察官なんだから」
「ヘイヘイ」
学生課に向かった2人は、警察手帳を取り出し、野々市孝太の履歴書を見せるように言った。
すると、窓口担当の顔が蒼白に
「彼が、何か事件を?」
「心当たりでも?」
あやめが聞くと、担当者は言葉を濁し、彼の履歴書を渡した。
「えーと、野々市孝太。
生まれは奈良県香芝市。現住所は・・・驚いた!滋賀県米原市よ!」
「第2の被害者が出た街だな。偶然か?」
「分からないけど、調べる必要はあるみたい。
現在24歳、3回生。大介の見立て通りの年齢ね。香芝市の公立高校を中退後に、この学校に浪人生として入学、か」
頷いた大介は、何かに気づいた。
「あやめ。これを見てくれ。
彼、1回生の後半に、映像製作コースから、仏教美術コースに転入している!」
「1回生の後半?日付は」
「11月に容認、12月1日より転入」
何かおかしい。違和を感じる。
再び、窓口担当を呼び出す。
「この転入なのですが、どう―――」
「それは、生徒さんの意思を尊重し、コース変更をしたまでです。何か違法な事ですか?」
あやめの声を遮り、解答した窓口担当。
疑惑は膨らんでいく。
「違法ではありませんが、おかしくありませんか?
普通、学科コースの変更は、学期終わりから始めくらいに行いますよね?
ホームページを見ましたが、この学校の学期終わりは2月で、始まりが4月後半。12月ってのは、どう見てもナンセンスでは?」
大介の質問に、担当は答えたが、次第に声を荒げていく。
「ですから、生徒さんの意思を尊重して、変更を行ったんです。我が大学の仏教美術コースは、生徒さんたちから、大変人気なコースで、常に変更待ちなんです。その空いた枠に彼が入った訳で・・・それが、何か罪になるんですか?警察の厄介にでもなるんですか?お帰りください!」
その剣幕に、見事完敗。
立ち去った担当者に、これ以上話は聞けそうになかった。
その後、学内で何人かに話を聞いてみたが、誰も口を開こうとせず、逃げるように立ち去って行った。
「出直すか」
「そうね」
学生課を後に、キャンパス出口へ歩いていた。
道路を横切り、山陰本線の高架下を歩いて、梅小路公園へ。
綺麗な大理石のアーケードが整備された北側入口。緑から黄や茶に変わる樹木と、公園案内所として置かれた、京都市電の電車が出迎える。
「あの窓口担当、引っ掛かるわね」
「人気コースなら、抽選なり面接なり、もっと慎重に行われるハズ」
「私の経験からして、アレは結構やましいことを隠してる。それも、スケールの大きいやつ」
「生徒には、恐らく箝口令が敷かれているな。だとすると、学校規模の隠し事。
全く。カルトといい警察庁といい、今回は規模がデカ過ぎるんじゃないの?」
「いつもの事でしょ?
でも、彼が今回の事件と、どう関係しているのか」
青天の下、京都駅方向へと歩いていた2人、その時
「ねえ、ちょっと」
背後から声をかけられ、振り返る。
眼鏡をかけた男女が、駆け寄ってきた。
間髪いれず、女性が話した。
「あなたたち、週刊誌の記者?野々市なら、ここ最近来てないわよ。
・・・ねえ、アイツ、今度は何をしたの?取材、のるわよ」
ゴシップ好きな感じの彼女は、レンズの中に、瞳を輝かせている。
「私、芸産大の生徒よ。何でも聞いてちょうだい」
あやめと大介は、顔を見合わせて
「どうして、週刊誌の記者だと思ったの?」
そう彼女が返すと、2人はキョトンと。
男性が聞く。こちらは、怪訝そうな表情。
「何者ですか?学校内を、部外者が歩き回っていたので、気になりましてね」
仕方なく、再度警察手帳を提示した。
「警察?」
「少し聞かせてくれないかな?野々市さんの事について。
私達、管轄が違うから」
公園入口では、学校関係者に見られるとのことで、近くの蒸気機関車館に場所を移した。
国内最古の鉄筋コンクリート製車庫と、旧二条駅駅舎で構成されるここは、明治から昭和初期の間に製造された、古今東西の国産蒸気機関車を展示している。
また、一部機関車は稼働することが可能で、1日4回、公園内の専用コースを走行するイベントを実施している上、博物館は新米機関士の訓練所としても開放されていることで有名である。
いつもは、小さな子ども連れで賑わうが、今日は平日。ポツポツと観光客とおぼしき高齢の団体や、大きなカメラをぶら下げた鉄道マニアがいるのみ。
「僕は西田と言います。彼女は刈谷。映像製作コースに所属しています」
東西に伸びる扇形の機関庫。黒い巨体の間を縫いながら、軽い自己紹介。
「つまり、野々市さんとは、同じ―――」
「はい、顔見知り程度ですが・・・断られたでしょ?コース変更の事を聞いたら、学生課に」
「どうして?」
刈谷は周囲を見回した後、あやめに言う。
「彼、元の名前は野々市勇作って言うんですが。
高校生の時に人を殺しているそうなんです」
『!?』
その瞬間、あやめは大介に目配せさせ、彼は電話を片手に、外へ走り出た。
刈谷曰く、その事件は6年前、奈良―ではなく滋賀県野洲市で発生した。
とある男子高校生の運転する自転車が、学校前の道路を暴走。赤信号の交差点に突っ込み、車と激突する事故が起きた。
跳ねられた生徒は、即死。交差点へ向かう道路が、緩やかな坂道であったことからして、当初は不注意による事故として処理されようとしていたのだが・・・
「その事故なら、話を聞いたことがあるわ。自転車のブレーキが細工されていた、って」
「被害者の通っていた学校に、嫌疑がかけられた。
でも、被害者にトラブルの類いは無かったし、駐輪場での目撃者も皆無。事件は暗礁に乗り上げ、学校の誰しもが、疑心暗鬼に陥りつつあったらしい」
3人は話ながら、外へ。整備車両の入れ換えか、大型の蒸気機関車が転車台で回転していた。
「一触即発の人狼ゲーム。しかし、舞台は遠く離れた香芝市に移された」
香芝市にある公立高校の文化祭。そこの映画部が身内限定で上映した作品に、野洲市の事故映像が含まれていると、匿名の通報が県警に入った。
映像は押収され、部員が取り調べられた。その結果、野々市の犯行であると特定された。
彼は毎年、イタズラビデオを撮影し、学園祭で上映していた。学内で大盛況だったこの企画はエスカレート、ついに死人を出すまでになったという訳だ。
「そんな彼が、あの大学に」
「ええ」
西田が言う。
「学校側も、名前が違ったので分からなかったのか・・・いえ、そんな筈はない・・・だとすると、担当者のミス」
あやめの自問自答に、彼は頷いた。
「入学試験担当の責任者は、あなた方が話していた、あの人」
「彼が」
そう言われて、彼の挙動の説明がついた。
「学生課と親しい連中の話ですが、10月に再び匿名のリークがありまして、学校が内部調査をしたそうです。
確認を取ると、事実であると認めた。
しかし、関西でも名門の美術学校。そんなスキャンダルが口外されたら、自分たちの看板に傷がつく。それで―――」
「学校で一番人気のコースに彼を入れ、一切の口外を禁止した」
「そうです。
学校に全てを知られ、目的のコースから外された彼は、まるで抜け殻の様でした。友達も離れていって、ついには誰も話してこない、孤独な存在に」
事の成り行きを、静かに聞くあやめ。
傍で、機関車が車体下部から、白い蒸気を噴き出していた。




