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「しかし、どうして警察より早く、萬蛇教の存在を?」
「それぞれの世界の、横のつながりって奴よ。
警察は警察、カルト教団はカルト教団ってね。その世界じゃ、萬蛇教は以前から目を付けられていたそうよ。でも、誰もその実体を知らない。
ガイラ信聖教はスパイを送り込んで、その実体を究明したようだけど、奥の事情までは知ることができなかったようね」
大介は、この話の革新的な部分に、話題を移そうとした。
どうしてこの教団は、日本政府によって葬られたのか。
すると、あやめは言った。
「ようやく、全てがそろったわね」
さらに、宮地に話を振った。
「君たちが知っての通り、警察は地下鉄事件の2日後、全国のガイラ教の関連施設に強制捜査に入っている。そこから芋づる式に、大勢の幹部が逮捕された。知っているわね?
そこで、ようやく警察は萬蛇教の存在と、彼らのテロ計画の全てを知ることとなった。それによってお台場以外にも、横浜みなとみらい地区、愛知県伊勢湾岸、鹿児島県の石油備蓄基地への攻撃も計画されていること、そのXデーが、2か月後の5月18日であることが判明。どうやら、地下鉄事件を受けて、教団が犯行計画を変更したそうよ。
すぐさまその話は警察庁のトップの耳にも入り、警視庁の公安課も捜査に乗り出したわ。
ところが、萬蛇教の存在を警察が把握してから2日後、警察庁は全国の警察の上層部に、萬蛇教への捜査を停止するように通達を出したの」
「捜査の停止?どうして?」
すると、あやめが代わりに話した。
「要は、保身のため」
「保身だと?テロが起きたら、それこそ保身とかの話じゃないぜ?」
熱くなった大介、だが、あやめはクールだ。
「お上が気にしたのは、未来に起きる惨事じゃないの。過去の点数の問題よ」
「言っている意味が、分からないんだが」
「警察と自衛隊は阪神・淡路大震災時、救助活動に対する対応が遅かったの。マスコミにはあることないこと書かれ、国民から批判の声が上がった。
長野の事件では、捜査の誤りから、冤罪を生み出した。
それが地下鉄事件では、素晴らしい程俊敏な対応で、事態を収拾。
ようやくこれで、警察と自衛隊への得点はプラマイゼロ。汚名返上といったところに、今度は全国規模でのテロ計画、それも首謀者は警察すら認知していなかった、過激な集団。
もし、これが明るみになれば警察と自衛隊への信頼は失墜する。誰か1人でも動けば、マスコミが嗅ぎ付ける。
それならば―――」
「最初から、無かったことにする・・・そういう事か?」
「ご名答」
「そうだとして、方法は?」
すると、宮地。
「その答えのミソは、防衛省―いえ、あの当時は防衛庁だったわね。
彼らが、その舞台を揃えてくれたわ。国民も知らない水面下で、真っ黒な話し合いをしてね。
その相手は、日本国内でも武器が使える連中」
「米軍か」
静かに頷いた。
「当時の防衛庁長官は、陸海空の幕僚長の承諾を取り、外務省をも巻き込んで、一世一代の宴会を開いたって構図」
「日本側の要求は大方、軍事練習中に誤って実弾が発射されたって事で、萬蛇教を片づけろといった感じなのは想像がつくのですが、米軍側には、どんな見返りを?」
「沖縄県にある基地の移転・建設を、5年後の西暦2000年まで実施しないことを約束したわ。悪しくも半年後に、兵士による小学生強姦事件が起きて、沖縄県全体が基地移転を訴え始めたけど、この裏の取り決めによって、移転計画は表面上は進行していたけど、最初から無かったも当然という形で受け流された」
大介は、信じたくは無かった。
周りを巻き込んでまで、自分たちの点数を守りたいものなのか?
叫びたい衝動を、必死で抑える。
「反対する人間は、いなかったんですか?」
「いたわ。特に警視庁は、自分たちの捜査を一方的に止められたことから、警察庁に不審と疑惑を持ち始めた。意外だけど、警視総監も、その中に。イタズラに首都、いえ、日本国内の治安を混乱させるのは、彼らにとって得策ではないから。
でも、そんな彼らを、警察庁は巨大な茶番劇をもって制圧した。
3月30日、時の警察庁長官 呉彰浩が自宅近くで狙撃された事件。そう、警察庁は、自分たちの体を盾に、自分たちの体裁を保った。あの事件では、ガイラ教信者とされた警視庁巡査長が懲戒免職だけでなく、その供述の報告を遅らせた責任として、公安部長更迭に警視総監辞任と、警視庁の構図が一気に変化していった。
実際は、事件の捜査ミスを理由に、自分たちに盾突いた人間を大量馘首したに過ぎない。
まあ、彼らにとって幸運だったのが、この茶番劇に便乗したガイラ教幹部を、次々と逮捕できた事」
「・・・これが、警察か?」
「でなきゃ、私のお腹を蹴るなんて、野蛮な真似はしないわよ」
吐き捨てるように、あやめは言った。
「全てのピースが揃い、ついに警察は、萬蛇教壊滅のXデーを5月16日とした。
静岡県裾野にある、ガイラ教教団本部に強制捜査に入り、教祖を逮捕する日と同じ日にね」
大介が言う。
「ガイラ教にマスコミの目を向けさせている間に、萬蛇教の本部を破壊するってことですか」
「分かってきたわね。
ガイラ教強制捜査の間、実弾を搭載した戦闘ヘリ3機が岩国から、戦闘機1機が三宅島沖合を航行中の米軍空母から発進。約10分で、教団本部が入っていた小島は炎に包まれたわ」
そう言って、次のスライドへ。
紅蓮の炎に包まれる、島の様子が映されていた。
「じゃあ、ここにいた信者は」
「皆殺しよ」
その瞬間、彼は目を下に逸らした。
「なんてむごい・・・」
「同じく各地にあった支部でも、米軍特殊部隊が信者を皆殺しにし、建物に放火。全て火災として処理されているわ」
プロジェクターの電源が落とされ、部屋が暗くなったと思いきや、次いで部屋の電気が点灯。
「作戦は見事に成功。事実は日本政府によって隠蔽された」
「しかし、その教団関係者が、どういう訳か21世紀の滋賀県に現れた」
「以前から、数名の教団関係者が逃走したという情報が入っていたんだけどね・・・無視しちゃったから。遺体を確認しようにも、損傷が激しくて、DNA鑑定すら難しい状態だったそうだし」
「でも、宮地さんは、どうやってこんな情報を?」
「私、ここに来る前に警視庁に勤務しているのは言ったかしら?その時から、公安部にも多少のつながりを持っているのよ。持ちつ持たれつの関係。
伊豆の事件でも、その人物にお世話になったからね」
すると、あやめが言う。
「さて、大介も萬蛇教について知ったところで・・・どう、思う」
「その前に、話させてくれ」
そのいい振る舞いに、2人は引っ掛かった。
「どうしたの?」
「今、疑惑が確信に変わった事実があるんだが」
「もったいぶらないでよ」
「大学に乗り入れていたレビン、あるだろ?あの車のエンブレムが、萬蛇教のマークだったんだ」
「まさか」
「車は、全体的に改造されていたから、素人目には、あのマークがアクセサリーに映ると思うんだ。
いままで、注視していなかったから、俺自身気付かなかったが、今思うと・・・」
「もし、それが本当なら、その野々市って子は、萬蛇教の関係者ってなるけど」
「都古大学にも萬蛇教の連中が?」
心配する大介に、宮地は半信半疑。でも、あやめは言う。
「いえ、あの大学には、萬蛇教の信者はいない。いたとするなら、既に鈴江君は葬られている。
とりあえず、今浮かんでいる疑問は3つ。彼らがニンギョウや鈴江君に執着する理由は何か。彼らの新しい拠点はどこなのか。約20年の眠りから覚めた教団の目的」
レッドブルの空き缶を、部屋の隅のゴミ箱へと、華麗なスリーポイントシュートを決めたあやめは、大介に向いて言う。
「これで、こっちの手札は全て。
後は、向こうの手札を推察して、奴らの陰謀を暴くのみ・・・それをするのは」
「君だけじゃない、俺もだ。
もう、無理はしないでくれ。小鳥君のためにも」
静かに頷いたあやめ。続けて大介は
「この際、信仰心も巫女の立場も関係ない。このまま犠牲者だけが増えるのは、許すことはできない」
「やろう、あやめ。一気呵成にな」
夜も明けてきた部屋。2人はハイタッチを交わすのだった。




