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PM11:51
京都府 トクハン本部。
閉鎖された「わたしのしごと館」を改造した。日本における妖怪犯罪対策部署の本部。
そこの地下2階に、ケアセンターが存在する。負傷した捜査員、主に宮地とあやめに限定されるが、彼らを早期治療するエリアである。
妖怪治療に特化したポッド。今、あやめはその中で眠っている。保護のために満たされた、特殊な羊水の中に浮かびながら。
センター入口の傍のベンチに大介が座っていた。壁にもたれ掛かって、目を閉じて。
暗い廊下を、足音を立てて歩いてくる宮地。
「大介君」
ゆっくりと顔を上げた。
「あやめちゃんは、まだ?」
その問いには答えなかった。
「ここは私に任せて、もう寝なさい」
「いえ、結構です」
「もう5日よ。だいぶ疲れているんじゃないの?」
「大丈夫ですから」
「でもね―――」
「ここにいても、何もできない事ぐらい、分かってますよ!」
声を荒げた彼に、これ以上宮地は口を開かなかった。
「悔しいんです。あやめを助けてやれなかったのが。
相手は妖怪じゃない。人間だ。それも、最低の部類に入る。
あやめが殴られた瞬間、頭によぎったんです。高校時代、同級生にリンチされて殺された恋人の姿が・・・そのうち、あやめが彼女と重なって・・・怖くて・・・」
大介は1人、暗闇の中で声を震わせる。
「俺、あやめが目を覚ますのなら、何だってしますよ。例え、命に代えても」
その言葉が出た瞬間、時計の針が天井を指した。
午前零時。
不意に扉が開いて、聞き覚えのある声が
「ふーん。何だってするのね」
目の前には、バスローブに身を包んだあやめが。
その姿を見たとたん、大介の目から涙があふれた。
「あやめ・・・」
「それじゃあ、レッドブルでも用意してもらおうかしら?キンキンに冷えた、ね」
「ああ、用意してやるよ。カチカチに凍ったのでもな」
そう涙声で
ゆっくりと近づくと、穏やかな表情で、涙を拭う大介の顔を覗きこんだ。
「ん?どうした?
泣いている大介なんて、似合わないぞ」
「馬鹿野郎。お前の浸かっていた羊水が、目に入っただけだ」
微笑んだ彼女は、彼を抱きしめて、頭をゆっくりと撫でた。
胸元で大介は震える。
「ごめんな。助けてやれなくて」
「自分を責めないで。貴方は何も悪くないもの」
「兎に角、無事でよかった」
淡く切ない時間。大介の心が落ち着くのも、そう時間はかからなかった。
AM1:24
旧しごと館、職業体験センターの一部を利用して作られた8つの小さな会議室。
全てが個室で遮られ、防音設備も万全。
第6個室に、大介と宮地、あやめの3人がいた。
シャワールームで羊水を洗い流し、ラフな私服に着替えたあやめは、腰に手を当て、レッドブルを一気飲み。
独特な甘い砂糖の香りが、部屋に漂う。
「はあーっ。ポッドから出た後は、これが効くのよね」
「おいおい。銭湯で飲む、フルーツ牛乳じゃあるまいし」
椅子に座りながら、大介は呆れ顔。
「で、私はどれくらい寝ていたの?3日?」
「何で、3日なんだ」
「アニメや漫画のキャラは、気絶して3日目に目を覚ますのが相場でしょ?」
「聞いたことも無いわっ!ギリ5日ってとこか・・・早速なんだけど」
あやめは長机に腰掛けて、艶やかに
「聞きましょう」
「え?」
「私が寝ている間に、いろいろ調べてくれたのよね?」
頷いた大介は、部活棟で要が調べてくれたこと、そして白いレビンの件を話した。
「そう。映像を狙って鈴江君を。外部から来ている、その学生、すごく匂うわね。
それで、鈴江君は?」
「長浜市の病院に移されたわ。今、寺崎君が張り込んでる」と宮地
「それ以外に、滋賀県内の動向は?」
「あれから、ニンギョウ関連の殺人事件は起きていないわ。峰野君が、湖西エリアの妖気関知センサーをフル稼働させて探しているけど、見つからない。
それと、連中も姿を見せないわ。近江の事件の死者14人、全員が例の団体のメンバーだったし」
「詳しい身元は?」
「身元が分かる物は所持していなかったわ。いつの間にやったのか、団体を示唆する物品すら消えていた」
「警察庁め。行動が早すぎる」
「現在、DNA鑑定を進めているわ。ちゃんとした結果が出るか、分からないけど」
話が進む2人に、置いてけぼりを食らう大介。
「あのー」
『?』
恐る恐る右手を挙げた彼を、2人は同時に見た。
「近江や彦根で俺たちを襲ってきた連中、一体誰なのか分かっているのかい?」
無言で互いを見合ったあやめと宮地。
周囲を見回して
「もう、いいでしょう」
「ええ。ここなら、だれもいないし」
何が何だか分からない。
次に出た言葉に、彼は衝撃を受けた。
「彼らの正体は、日本政府が陰で葬ったカルト教団。その信者よ」
まるでアニメのような答え。
政府が葬った?
「そんな馬鹿な・・・じゃあ、あの変態野郎の言葉は」
「そう、真実よ。だから警察庁が隠したがっているのよ」
「だけど、どうして」
「その話は―――」
彼の後ろに立っていた宮地は、部屋の隅にあるスイッチを押しに行った。
照明が消え、廊下に面したガラスに自動スモーク、天井にぶら下がったプロジェクターが音を立てて、壁に真っ青な画面を写し出した。
「ながーい昔話を聞いてもらう事になるわ。
あなた達が生まれる少し前、西暦1990年代のおとぎ話を」




