表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/100

29

 10月11日 PM2:24

 奈良市高の原 都古大学部活棟


 最上階、弓道場の横に開けたオープンテラス。

 コンクリートと金属の手すりと、お世辞にも横文字を使えるような場所ではないが、ここから見える西大寺近辺の夜景は素晴らしい。

 その西大寺方向へ黄昏る大介。右手に提げた缶コーヒーのプルタブを音をたてて玩びながら。

 「今日で5日か・・・」

 そう、山岸に暴力を振るわれたあやめは、本部へ運ばれた時には意識が無く、すぐに妖怪治療に特化した治療ポッドに入れられた。

 あれから5日、依然意識は戻らない。

 「大介君」

 声をかけて近づくのは

 「要先輩」

 要が道着姿で弓道場から出てきた。

 「どうしたの?心ここにあらずって感じだけど」

 「いえ、別に・・・」

 不愛想に、彼女を見ることなく答えた。

 そんな彼の傍に、要は近づく。手すりにもたれて、空を見上げる。

 「ところで、あやめちゃんは?」

 「仕事です」

 「そう・・・なら、どうして君は、あやめちゃんの傍にいない訳かな?」

 「ついてくるなと、言われたので」

 この瞬間、要はすべてを察した。

 彼女は、大介の顔を覗いた。

 「嘘、バレバレよ。何があったの?」

 「・・・」

 一時、プルタブの音が止んだ。

 「何も」

 再び、カチカチと金属音を鳴らす。

 「ずっと学校に顔を見せないで、何もないってことは無いでしょ?」

 「・・・」

 無言の空の下。

 時間がおおらかな表情を見せて流れていく。

 要が、切り出した。

 「話してみなさいな。それで、気分がほぐれることもあるから」

 「・・・」

 「私、知ってるから。あやめちゃんが人間じゃない事ぐらいさ」

 「え?」

 唐突に頭を上げた。手も止まる。

 意外だった。

 だが、その柔らかい表情は、彼の心の中を察しているようにも思えた。

 彼女たちは、俺がエリスと知り合う少し前、あやめやエリスに助けられたことは知っていた。あやめ曰く、深い部分は知らない、あくまで警察組織の人間という事だけしか知らない。そう言っていたハズ。

 「貴方がイタリアを旅行する少し前、これはあやめちゃんが言っていたわね。奈良公園で行われた燈花会で、ある事件が起きたの。その時、私の目の前で、水分を凍らせて手の中に弓矢を作ったのよ」

 「じゃあ、弓矢に助けられたって話」

 「本当よ。彼女、緊張で照準が合っていなかったから、私が別の弓矢を持ってきて。

  その瞬間、私が相手した弓道のライバルは、人間じゃなかったんだって」

 それを聞くと、彼は山岸の言葉を思い出した。

 あやめが人間として暮らせているのは、妖怪の世界をリアルと知らない無知な国民の御蔭。

 大介は聞いてみた。

 「怖くなかったんですか?」

 「何が?」

 「あやめは、人間じゃないんですよ。そんな得体のしれない存在が、自分の大学に通っている。距離を置こうとか、そういうの無かったんですか?」

 その瞬間、彼女は溜息を吐くと、鋭い眼差しで、大介を見た。

 「はっきり言って、幻滅したよ。

  君、あやめちゃんを、そんな色眼鏡で見ていたの?」

 かつて、近江八幡であやめ本人が口に出したのと、ソックリの言葉。

 大介の心に突き刺さる。

 「いや・・・」

 「あやめちゃんは、あやめちゃん。人間だろうと、妖怪だろうと、そんなのは関係ない。

  一緒に過ごして、笑いあえる。それだけでお腹一杯じゃないか」

 「・・・」

 黙り込んでしまった大介に、更にそこへ釘宮が。右手には黒い布製の長いケース。

 「釘宮」

 「話は聞いたよ」

 そんな彼の反応に、大介は逆に驚いた。

 何のアクションも無い。

 「驚かないのか?」

 「全然。それに、この大学には、変人が多いからね」

 「変人?」

 「これ、何だと思う?」

 そう言って、ケースから取り出したもの

 「刀?」

 鞘に収まった、ホンモノの刀。

 「本当の?」

 「勿論。まあ、模造刀だから斬ることはできないよ。

  どうして、こんなものがここにあると思う?」

 ただ首を傾げ続ける。 

 「昔な、城研サークルに、刀鍛冶の一家の三男が入部していたんだ。その先輩が趣味で、この部活棟で打った刀。

  無論、昼夜関係なく作っていたみたいだから、学校側から“深夜は刀を打たないで”ってお触れが出ていたらしいけど」

 「マジで?」

 思わぬ話に、大介も微笑した。

 「今でも、この倉庫に眠っている。学祭で和装サークルが使いたいからってので、出してきた」

 まさか、そんな事が大学で起きていたなんて。

 ものすごい新鮮さが、彼にはあった。

 「生物部にいた持田部長は、一流大学を蹴って入学した変人だし、今のスキーサークルの副部長は、元少年合唱団。城研の阪木君は・・・もう、例を挙げたらキリがない。

  現に、この大学はオタクの多い学校として、ある意味有名だしな。

  こういう人たちばかりが集まると、どうなると思う?」

 考えたことが無い。というか、前例がない。

 「さあ?」

 「個性的なモノばかりが集まると、価値観ってものがね、ひっくり返るんだよ。

  世間では当たり前の事が、この大学では通用しない。逆に世間で異端扱いされる事柄は、この学校では当たり前。

  だから、どんな凄い経歴だろうと、コアな趣味を持っていようと、あまり驚かれも軽蔑も起きない。

  少数派マイノリティーが、大多数マジョリティーになる。そういう場所なんだ。都古大学は。

  そんなところに、妖怪がいても、すんなりと受け入れられるだろうよ。例え、この瞬間に姉ヶ崎の正体を知らせても」

 「・・・」

 「つまり、大切なのはそれぞれの価値観と、環境なんじゃなねえか?

  彼女は、それに恵まれた。それが偶然か必然か、俺には分からねえ。

  人間以外の存在が気持ち悪いのなら、それで仕方ない。距離を置けばいい。だけど俺たちからすれば、彼女は“一風変わった”存在で、この学校じゃ、どこにでもいる存在なんだ。

  姉ヶ崎を軽蔑するような環境も人間も存在しない。だから、俺たちは彼女の正体を知っていても、今まで通り接している。

  もし、お前の中に姉ヶ崎を“人間”とか“妖怪”っていうカテゴリーでしか見られないっていうのなら、これ以上、彼女と共に行動すべきじゃない。

  無論、大介はそんな残酷な奴じゃない。俺はそう信じている」

 釘宮の左手が、肩をポンと叩いた時、埃を払ったが如く、彼の中の重たい部分が落ちていった感覚がした。

 当たり前の事に、どうして気付かなかったのか。

 「あやめは、あやめ。エリスは、エリス。

  人間だろうと妖怪だろうと関係ない、か・・・」

 そう言葉にすると、あやめの現在の状況を口にした。

 

 「ひどい・・・」

 「やっぱり、お上ってのはそういう奴ばかりなのかね」

 2人は互いに口にした。

 「回復しそうか?」と釘宮

 「多分、腹をやられたショックだけじゃないと思う」

 「と言うと?」

 「ほら、難波の事件。そのすぐ後には、伊豆での事件。

  結構、体と精神を酷使していたからね。

  俺としては、気の済むまで寝て欲しいが―――」

 「そうはいかないわね」

 要の言葉に、大介は頷く。

 そう、ライカル近江の事件以降、滋賀県で連続殺人はピタリと止まった。

 宮地たちトクハンが、包囲網を敷いているにも関わらず、犯人も姿を消した。

 何が起こったのか、よくは分からない。

 でも、言えることは1つ。

 これ以降、惨殺事件が起きないという保証は、どこにも無いのだ。

 「近江八幡駅の事件は、フードコートを火元とした大規模な火災という事になっているが」

 「そうなんだよ、釘宮。

  ってことはだよ、連続殺人鬼が、あの近辺にいるかもしれないことを、誰も知らないんだ。

  手を打たないと、また犠牲者が出る」

 「犯人の見当は付いているの?」と要

 「いえ・・・とにかく、鈴江君と映像研究サークルが、何らかのカギを握っているのは確かなんです」

 少し考え、彼女は

 「分かったわ。サークルの近辺は、私が探ってみるわ。当たり障りなく」

 「助かります」

 次いで釘宮

 「鈴江の方なんだが、昨日の夜に回復したよ。

  その、亡霊の仕業なのか、見た目は健常でも、中身は栄養失調ギリギリの状態だったらしい。

  医者も、こんな患者は初めてだって。

  連日のビタミン剤投与と、点滴が、あいつの命を繋ぎ止めたってところだ」

 「その方は今、小鳥と捜査本部の刑事さんが向かっているよ。“ひとりかくれんぼ”の件をね」

 「そうか・・・なあ、なんか助けられることは無いか?」と釘宮

 2人共、彼女の事を心配してくれている。 

 それだけで、大介には有難かった。

 「些細な情報でいい。何か入ったら、知らせてくれ」

 「分かった」

 「あやめが倒れた以上、やれることはやるしかないからな」

 そう言うと、玩んでいたプルタブに力を入れ、蓋を開いた。

 コーヒーの仄かな苦く甘い香りが、大介の嗅覚を刺激するのだった。

 「それでこそ、大介だ」

 釘宮は頷きながら言った。

 「よく言うぜ。俺たち、知り合って一年も経っていないだろ?」

 「分かるのさ。なんせ“さとり世代”の人間だから」

 「意味違うだろ」

 微笑した口元に、大介はコーヒーを流し込むのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ