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伊豆事件―三保半島での死闘と同じころ
PM4:56
強行採決。そう表現する以外に、言葉が見つからない。
場所は奈良県奈良市北部、高の原。
ニュータウンとして誕生したその地にある私立都古大学。敷地西側に建つH棟、通称“部活棟”。
2階にある映像製作サークルのボックスでは、緊急の作品企画を話し合っていた。と言うのも、先輩部員が考案、製作していたドラマ企画が、諸事情により頓挫したのだ。
発表の場である学園祭まで残り1か月。時間が無かった。
長机越しに、意見が飛び交う。
「旅番組は?東大寺辺り」
「一昨年やった」
「学長追跡ドキュメント!」
「ウチの学長、よく県外に出張するぜ」
「コマ撮りアニメってのは、どうかしら?」
「あれ作る労力知ってるか?間に合わないよ」
そんな中、3回生部員の緒方から提案された内容に、半数以上が惹かれた。
「なあ、1人かくれんぼはどうだ?それを行った一部始終を、カメラに納めるという内容だ。
あのドラマ企画も、オカルト関連だったよな?」
画期的な企画であるのだろうが、部員は誰しもそれが何なのか分かっていなかった。
後輩部員が質問する。
「先輩、何ですか1人かくれんぼって?」
「凄まじく、さびしいニュアンスがするんですが」
緒方は部長の渡瀬を見て笑った。
「まあ、やればわかる」
そう言いながら。
「問題は、誰がやるか、だ」
新入部員の青柳は言う。
「1人かくれんぼなら聞いたことがありますが、結構広い家でやらないと意味ないですよね?」
「そりゃそうだ」
だが、大半の学生は下宿先から通っている。1DKの部屋は狭すぎる。
「それより―――」
「誰か、自宅から通っている奴はいないか?」
渡瀬は青柳の発言を遮り、全員を見回す。だが、誰も名乗らない。というか、そんな得体のしれないものをさせられるなんて願い下げだ。誰しもそう思っていた。
渡瀬は椅子から立ち上がると、外を見る。
その時だった、緒方が言った。
「そう言えば、鈴江。お前、今週末実家に帰るって言ってなかったか?
両親が親族の結婚式で横浜に行くから、留守番頼まれたって」
その言葉に、全員が彼を向いた。
鈴江楓太、史学科1回生。童顔な彼からは幸薄な雰囲気が滲み出ていた。
「そうなのか?」と渡瀬
彼はおどおどしながら答えた。
「え、ええ。はい」
「実家は?」
「滋賀の長浜です」
「一軒家か?」
「ええ、まあ・・・」
「やってくれるな?」
「そ、そんな・・・やり方、知らないし・・・」
緒方が言う。
「やり方を書いたレポートをプリントアウトして、後で渡すから」
「でも、必要なものが・・・俺、金欠だし・・・」
「備品はサークルで用意する」
「でも・・・万が一何かあったら・・・それに、先輩方にも自宅―――」
瞬間、渡瀬は鈴江を睨んで言った。
「じゃあ君は、責任を取ってくれるのか?」
「責任?」
「そうだ。今回の作品の上映時間は約13分。このドラマを含んだオカルト検証作品が9分を占めるんだ。もし、君が撮影を拒否すれば、部員たちの半年間の苦労が水の泡なんだよ。分かっているのか?」
そう言われると、断れなくなった。
部員たちの目が一気に冷たくなる。
「それが嫌なら、すぐにでもいい。このサークルを辞めろ。
映画は全員の共同作業だ。それを乱す奴は許さん」
狭いボックス内で、彼に迫る圧迫感。
人間は弱いものだ。気迫に鈴江は負けた。
「分かりました。やります」
その言葉が出た途端、部室内は安堵の表情に包まれた。
人柱が橋の建設のために埋められた。そんなところだ。
「よく了承してくれた。良い後輩を持ってうれしいよ。
明日の4限終了後、ここに来てくれ。カメラとシナリオ、備品を渡す」
「はい」
渡瀬の表情も穏やかになった。
だが、緒方と顔を合わせて笑っているのには、誰も気づかなかった。
帰り道、下宿先に帰る鈴江の足は重かった。
部活棟を出ると、正門を出て坂を下る。
そこへ自転車で後を追いかけてきた青柳。自転車を降りると彼は言った。
「おい!今からでも遅くは無い。部長に言って拒否するんだ」
「・・・」
無言で下を向く。
「俺が言える立場じゃないが、このままだと―――」
「ダメだよ。誰かがやらないと、作品は完成しない。
大丈夫。人柱になるのは慣れているから」
「そんな問題じゃない。死ぬぞ。
大学に入って、サークルのために人生滅茶苦茶にされるなんて、おかしいよ」
鈴江は無言で大学前の横断歩道を渡ると右折、高の原駅方向へと歩く。
「何も、起こらなければいいが」
彼の後姿に、一抹の不安を持つ青柳だった。