26
悲鳴と銃声。そして今まで聞いたことも無い音。
ニンゲンという赤い実が弾け、無数の血の雨が3階から滴り落ちる。
再び悲鳴がこだました。
ニンギョウが顔を上げた時、紅く染まった体が持ち上げられた。
その様は、本当に猛獣に噛み銜えられたようだった。
頭を一振り、包丁の突き刺さった体が飛ばされた先は、彼らが乗り込んできたフォードの1台。
衝撃音と共に、盗難防止のアラームが空しく声を上げる。
「撃つな!そいつの中には、化学兵器が―――」
大介の声も、全く聞こえることなく、彼らの白いスーツが次々に変色していく。
「無駄よ。あいつらに何を話しても」
「でも、目の前で人が殺されているんだよ!」
小鳥の悲痛な叫び。
あやめだって、目の前で消されていく命は、例え悪であろうとも助けたい。
今は夜。母性の強い雪女の状態なら、尚更。
彼女は目をギュッとつぶり、言った。
「私だって、助けたい。でも・・・今は、ここから出ることを優先させましょう」
大介と小鳥は頷き、出口の方向へと走り始めた。
刹那!
「異端者が逃げるぞ!」
「逃がすな!奴らの血を、シツクオミ様にささげるのだ!」
なる言葉の後、今までで最高域の爆音。
何かが3人の頭上を通過した。
「ヤベェ!RPGだ!」
大介の叫ぶ声。
対戦車ロケット弾が、白スーツの集団の中から放たれた。
直後、弾頭がモール天井を爆破。無数のガレキが、内部へとなだれ込む。
「っ!」
無論、彼らの走っていた通路すら破壊しながら、重力に従う。
土煙と轟音、立っていられないほどの振動。
全てが止んだ時、視界に見えるのはガレキまみれの絶望と、天井から望む星空。
「やってくれたわね」
起き上がったあやめの第一声。
「これで、逃げ道を失ったわけだな」
「傍のエスカレーターから降りてもいいけど、あのガレキじゃあ―――」
そう話し合う大介とあやめの間の前を、何かが落下していった。
「何・・・今の?」
「車」
少し遅れて起き上がった小鳥は、呟いた。
そう、この建物の屋上駐車場に停車していた利用客の車。それが落下していった。
再び頭上を見上げる。
1台の車。車両後部が、今まさにあやめ達の頭上で、辛うじて引っ掛かっていた。
「このままだと、どっちみち死ぬな」
「ええ。死にますね・・・短い間でしたが、御愛読ありがとう―――」
「おいおい、勝手に終わらせるなよ」
小鳥が気付いた。
「声がしない・・・銃声も!」
呆気にとられていた2人も気付いた。
土煙が止んだ先、そこに生者はいなかった。
真紅の湖に沈む人間達と銃。そこから這い上がる異形の存在。
最初の様に、自分の底に眠っていた人形を湧き上がらせて、血の付いていない自分へと更新する。
「さあ、キミたちに、プレゼントするよ。死を・・・・死を、死を、死を」
壊れたジュークボックスの如く、死という言葉を繰り返した。
後ずさりしたい3人の気持ちを、断崖が阻む。これ以上、逃げ場はない。
その時、あやめはカーペットの床が湿っていることに気付いた。
さっきの爆破で、スプリンクラーがやられたのだろう。
振り返ると、通路は無くなっているものの、そこに構える店舗は、シャッターが閉まっていないし、邪魔になるガレキも無い。
これに、賭けるしかない。
「大介、小鳥。私が合図したら、後ろの店の中に飛び込んで」
「え?」
「その間に、私が奴を足止めするから・・・大介、妹を頼む」
その言葉からは、ある種の覚悟が見えた。死ぬ覚悟。
「分かった」
心配する小鳥の腕を、大介は掴んだ。
「あや姉。ちゃんと、無事に戻ってきてよ」
「ええ。ちゃんと」
あやめはゆっくりと、ニンギョウに近づく。
四足歩行のヤツと距離をとる。
ゆっくり、ゆっくり・・・相手の動きより早く、彼女は床に膝を立て、両手を付くと叫んだ!
「氷花!完全封印!」
瞬間、床が凍り出し、ニンギョウの四足の動きを封じた。
床だけではない、飛び散った血液も、そこに沈む犠牲者すら。
彼女の周囲にある、水分という水分が完全に凍ってしまったのだ。
「さあ、早く!」
「行くぞ!」
叫ぶあやめの声を合図に、2人は軽く助走をつけると、対角線上に口を開く店舗に向かって飛んだ。
短い距離だったが、2人には恐怖しか存在しないジャンプ。
着地の際には、大介が小鳥の体を包み込み、自分を盾に店の中へとスライディング。
彼の背中が商品棚を破壊して停止した。
「大丈夫か?」
「ええ・・・あや姉は?」
起き上がった大介と小鳥。
一方、あやめは氷が支配する空間で、未だ対峙している。
ニンギョウは手足を動かし、胴体を更新し続けた。
血の付いた人形がミックスされた体は、ダルメシアンのようなブチ模様に。
その様子を見守る2人。
「あやめ!」
「!?」
突然、彼女の背後の通路が崩れ始めた。
2人の元に向かうことは不可能となった。
これ以上ここにいれば、殺される前にガレキに呑まれる。
「どうすれば・・・」
緊迫した空間、生と死の間で脳が高速回転をしながら答えを探す。
(一か八か。賭けてみますか)
「氷花!刃!」
素早く床の水分から刀を精製すると、立ち上がって、自分の背後の床に突き刺した。
そこは、断崖ギリギリの場所。
更に右手を突き上げ叫ぶ。
「刃!百花繚乱!」
横に振り下ろすと、まるで降り注ぐように、床から何十本という刀が生み出された。
互いに交じり、重なり。それは、自分の出口を塞ぐバリケード。
雪女の最高状態。豊富な水分。安定した精神状態。全てが完璧にそろった状態で生み出される、あやめのためのフィールド。
再びしゃがむと、クラウチングスタートの体勢に。
体を最大限にかがめ、両手に神経を集中させた。
そして呟く。
「封印解除」
瞬時に氷が解け、元の水分に。
ということは、ニンギョウの動きを復活させたと同意味。
復活したニンギョウの頭部、ワニ型の人形の口から包丁を覗かせると、後ろ足で助走をつけ彼女へと飛びかかった。
一方のあやめ。クラウチングスタートで走り始めたと思いきや、すぐにスライディング。飛び上がるニンギョウの下を華麗に過ぎ去っていく。
ブレーキをかけるニンギョウ。起き上がるあやめ。
その対峙に、彼女はチェックメイトをかけた。
「終りよ」
その手に握られた赤い玉。そう、あの剣玉の。
ゲームセンターから脱出した際に、引き千切ってきたものを、体の中に取り込んでいたのだろう。それが、自分の体を更新した際に出てきた。
あやめは、あのスライディングの際に、それを引っ張り出したのだった。
天井に向かって投げられた玉は、放物線を描く糸を引きながら、ニンギョウの真上に。
コツン。
フロアに響く小さな音。その代償は。
『うわあっ!』
大介と小鳥が驚いたのには無理はない。
先程引っ掛かっていた乗用車が、微かな振動でバランスを崩し真っ逆さまに落下。
しかし、車体後部が突き刺さった刀のバリケードに激突。反動で車は屋根を下に、ボンネットが反対側の通路を破壊しながら地面に落下していく。
彼女が利用したのは、その衝撃。
ひび割れた通路は、ニンギョウを巻き込み、下へと落下していく。
ズドーンという轟音が、モール内に終戦を知らせるのだった。
「終わったの?」
「ああ、終わった」
見下ろす2人。直後に現れた轟音に、視点を空へ。
暗い空に現れた一筋の光。トクハンのヘリコプター“ささごい”が上空でホバリングしていた。
「今、引っ張り上げるからな」
トクハン最高齢の岩崎刑事の声と共に、垂れ下ろされた梯子が、彼らに極上の生の味をプレゼントするのだった。




