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その登場に、エリスやあやめと同じ匂いを感じた。
淡い紺色の、奇抜な巫女装束を身に纏い、小鳥は現れた。
「あや姉!」
「バカっ!どうして逃げなかったの?」
強く当たるあやめに、彼女は
「お姉ちゃんを置いて逃げるなんて、そんなのできないよ!
逃げて後悔するくらいなら、やってから後悔したいから。だから、私は来たの!」
その真剣な眼差しと勢いに負けた。何も言えない。
「それくらいにしておこうぜ。来るぞ」
大介の言葉に、姉妹は敵を見る。
倒されたニンギョウが立ち上がり、こちらを睨む。いや、眼が無い以上、この表現は無理があるか。
「大介、あの人形」
彼女の目に飛び込んできたのは、彦根城で見た、気味の悪いワニのような人形。
「確か、鼻の部分にいた」
「あの人形だけ、顔の部分から動いていないわ」
「本体かしら?」と小鳥が横から口を挟む。
「かもしれないわね」
後にも引けない。ため息をついたあやめは、構えの体勢を取って
「小鳥、いける?」
「モチのロンよ」
その時、宮地から新たな通信。
―――今、到着したわ。そっちに電磁警棒を持って行く。
「了解」
通信を終え、小鳥の肩を叩く。
「電磁警棒が来るまで、攻撃できるのは小鳥の武器だけ。
頼んだわよ。私と大介は、あなたをサポートするから」
「オッケー!」
と軽く応答する。
そんな彼女が装束の振袖から取り出したのは
「はあ?」
けん玉。
拍子抜けした声が出るのも無理はない。そんなものが武器になるのか?
何も説明なしに赤い球を地面に下ろす。その時気付いたが、普通のけん玉より糸が長い。
一方のニンギョウも、再び包丁を装填。
それが合図。
「先手必勝!」
まず動いたのは小鳥。
剣をクイッと、右手のスナップを利かせて動かした。球が大きく振り上がる。
ニンギョウの顔面に直撃。さっきとは反対側に倒れるが、すぐに立ち上がった。
「あや姉。右に!大介さんは、端っこに移動して!」
すぐさま、あやめと大介は右へ走りだし、小鳥は反対側へ。
ニンギョウがあやめに釘付けになっている間に、後ろから小鳥の飛び蹴り。
「てりゃあ!」
勢いよく吹っ飛び、胴体は他のゲーム機にぶつかる。
起き上がったそいつは、周囲を見回す。
誰もいない。
「こっちだぜ」
声のする方向、大介が手を振る。
UFOキャッチャーが並ぶエリアの終点。標的確認。
包丁を手に、ゆっくりと移動を始めた・・・瞬間!
傍のUFOキャッチャーのディスプレイを突き破って赤い球が。糸が頭部に絡まったかと思いきや、ものすごい力で引っ張られた。
人形の塊は2台分のディスプレイを貫通して、小鳥の横を通り過ぎ、地面に叩きつけられる。
間髪入れず飛び上がり、頭上を滑空し、奴の背後に着地した小鳥は、剣を持ち、長い糸に指をかけ、投げ縄のようにけん玉を頭上で振り回し始めた。
剣と糸が離れた瞬間、けん玉は回転しながらニンギョウの方へ。糸が二重三重に胴体に絡まると、球はレースゲームの座席に巻きつき、剣は両替機を貫いて背後の壁に刺さった。
人形は1人の少女によって、動きを封じられたニンギョウ。
「どう?姉ヶ崎神社謹製、“破魔の剣玉”は?
剣と玉には姉ヶ崎家直伝の結界を、糸は強力な悪霊除去の護符を書いた布を解き、構築している。
“氷花”があや姉の専売特許のように、このけん玉を操れるのは、世界広しと言えども、この私以外にはいない!」
自信満々の小鳥に、大介は
「そんなけん玉、どうやって作ったんだ?」
「それは企業秘密」
それにしても、けん玉というだけで甘く見ていた。
大介は改めて驚き、そのことを話すと、代わりに答えたのはあやめ。
「忘れたのかしら?大介のCZ75-1改を封じたのも、姉ケ崎家。どれくらいの力かは想像はつくでしょう。
まあ、あれだけの打撃なら、並の奴なら暫くは動けないわね」
「いや、並みの奴って・・・死ぬだろ、これ」
「相手はフワフワの人形よ。正確には“死ぬ”じゃなくて、“壊れ”るね」
「いや、どうでもいいし・・・」
「兎に角、電磁警棒を使う手間が省けたわ」
と、いっている側から、ニンギョウが胴体を回転させ始めた。
三分割した胴体、上下は右に、真ん中は左に回転して。
加えて、手足も伸縮を繰り返す。
「ダメだ!糸が切れる!」
大介の不安を他所に、それでも糸は切れない。ものすごい力がかかっているにも関わらず。
「さあ、足掻きなさい。その糸は見た目より強靭なんだから!
なんせ、ブルドーザーの動きまで封じたくらいだからね―――つっ!」
爆発音が響き、地面が揺れた。
「な、何だ!?」
宮地から緊急連絡。
―――2号棟裏手にある家電量販店が爆破されたわ。
「爆破?」
―――そのどさくさに乗じて、白い車3台が正面玄関を突破。すぐに逃げて!
すぐに聞こえてきた車のブレーキと、ドアの音。
足音からして10人はいる。
ゲームセンターを出て、入口を望む。
「足音がうるさくなった」
「エスカレーターを上ってきているわね」
「撃つか?」
「そのためのショットガンでしょ?」
「違いない」
微笑した大介は、下ろしていた銃口を正面に向けた。
あやめも、傍に立てかけていたショットガンを持ち上げる。
「小鳥、暫く私の傍から離れないこと」
「まさか、撃ち合い?」
「多分ね」
その響きに恐怖を抱いたのか、小鳥はあやめの傍に密着するのだった。
沈黙する店内。いつの間にか足音も止んでいた。
相手もこちらに気付いて、足音を殺しているのか?
緊張感高まる。
刹那。
(気配!?)
あやめが向いたのは右側、大介のいる方向。
向こうにはもう1つ、小さいがダンス教室や保険窓口が並ぶ通路がある。
店舗の影から、彼らは飛び出した。
白スーツ、肩の近くで輝く金のバッジ。間違いない、連中の仲間だ。
「いたぞ!異端者だ!」
「殺せ!殺せ!皆殺しだ!」
叫びながら銃口を向ける男2人。突発的にゲームセンター内に隠れようと走り出した3人標的に、今トリガーにかけられた指が動いた!!




