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23

 

 PM7:59

 ライカル近江 2号棟 1階 


 2号棟に戻ったあやめと大介は、先程見た男の遺体の傍へ。

 ここに地の文で記せば、確実に吐き気を催す読者が出る程、それは血腥く直視できない現場だった。

 「飛沫血痕の距離と、遺体の損壊状況。最上階、3階から転落したのは確かね」

 口元を手で押さえ、目を背ける大介に、あやめはそう告げるのだった。

 ショットガンを傍に置き、しゃがみ込んで、遺体を見回す。

 「よく、そんなに見れるもんだな」

 「こういう仕事に就くとね、感覚神経が麻痺しちゃうのよ。

  心配しないで。私は精神に異常は無いし、リョナの気は無いから」

 「なら、良かった」

 彼女は、遺体が身に着けていたスーツに、気になるものを見つけた。

 「大介、ハンカチある?」

 「持ってないのかよ」

 「巫女の恰好なのよ。ポケットなんて都合のいいものは付いていないわ」

 溜息をついた大介はポケットからハンカチを取り出し、差し出した彼女の手にのせた。

 「ありがとう」

 彼女はハンカチを広げると、左胸にかぶせ、その下にある何かを取り上げた。

 立ち上がった彼女は、大介にそれを見せた。

 「金色のバッジ?」

 「大きさからして、社章みたいだけど」

 円形の黄金バッジに描かれていたのは、羽の生えた輪っかが地球と思しき球体を包み込む、まるでエコマークのようなデザイン。

 「エコマークを社章にする会社・・・なんてあったか?」

 「もしかしたらNPO?でも、このデザインは、エコマークとは似ていても別物よ」

 「じゃあ、コイツは?」

 あやめは沈黙の後、話し出した。

 「待ってよ。このマーク!・・・嫌な予感がする」

 「え?」

 「大介、聞いて。これは私の仮説なんだけど、もしこれが当たっていたら、大変なことになるかもしれない」

 「まさか、ミスカトニック大学と関連しているとか?」

 「その方が有難いわ。まだ、実態がつかめていない方が。

  私の仮説・・・それはね、かつて日本警察が重大事件の裏でその存在を葬った、ある組織のことよ」

 「それって、隠蔽工作ってことか?」

 その時だった。

 ピー、ピー、ピー。

 電子的な警報音が、当たりに鳴り響いた。

 上の階から聞こえてくる。

 「あの辺りは、ゲームセンターがある場所だな」

 「行きましょう!」

 あやめは証拠物件を包んだハンカチを大介に手渡し、先程の中央エスカレーターを使って3階に。

 その隅に大きく陣取るのが、ゲームセンター。鉄骨が剥き出しの暗い天井の下に、色鮮やかなゲーム機が並ぶ。入口で出迎える太鼓を使った音楽ゲーム機が生きているということは、電源が落とされていないということだ。

 電子音の正体は、この中から聞こえてきている。

 2人は顔を見合わせ、銃を構えると、ゆっくりと暗い世界へ足を進める。

 その正体は、入ってすぐに分かった。

 「なんだこれ」

 森の様に立ち並ぶ数多のUFOキャッチャー。そのいくつかが破壊され、中身が消えていたのだ。

 先の音は、盗難を知らせるアラーム。

 「火事場泥棒でも現れたか」

 「白い背広男たちが銃を乱射している中で?」

 「冗談だよ。それに、破壊されているのが人形だけのブースってのも、おかしいな」

 破壊されたUFOキャッチャー。その内部に張られた景品説明のポスターを見ても、ぬいぐるみやマスコットばかり。お菓子やラジコン、アニメキャラのフィギュアといったものには手が付けられていなかった。

 「あやめが提唱していた、1人かくれんぼの仮説。あながち当たっていたりして」

 「それでも、小鳥の反論が気になるところね」

 「悪霊に憑りつかれた人形は、その1個体のみで行動し、同じ構成物は破壊する、か。

  見たところ、辺りにぬいぐるみの類は見当たらないし・・・とすると、ここにあったぬいぐるみは、どこにいっちまったんだ?」

 「手分けして、周囲を見て回るわよ」

 2人はそれぞれ歩き出した。

 子供用コインゲームが並ぶ中を歩いて回る大介。プリクラの中を一つ一つ覗くあやめ。

 スピーカーから流れる自己主張の激しい大音量は、恐怖を払拭するには五月蝿く、愚かな行為。

 破壊されているのは、UFOキャッチャーだけではなかった。だが、どれもぬいぐるみだけがごっそりと無くなっているのだった。

 「誰もいないぜ!」

 再会した大介の第一声。

 「こっちもよ。

  それから、さっき思い出したんだけど、彦根城の事件の前にも、ゲームセンターに強盗が入ったって通報があったわよね」

 「確かに、彦根駅近くで」

 「直後に惨殺事件。それに、あの時の犯人の顔・・・人形が幾重にも重なっていたわ。つまり―――」

 「小鳥君の定義は、通用しない」

 「そう。まるで、伊豆に現れたゴーレムの様に」

 大介は、とある疑念を口に出す。

 「まさか、渡部が?今は、名前がリュウスケになっているが」

 「それは無いでしょう。奴ならゴーレムを量産するし、これはゴーレムとは違うわ」

 瞬間、場違いな声が響いた。

 「BABY I LOVE YOU!」

 『!!』

 声のした方には、サッカーや競馬のシュミレーションゲームが並ぶエリア。その入口手前に置かれたレーシングゲームの裏手から、そいつは現れた。

 一言でその時の状況を表せと言われたら、該当するのはシュルレアリズム。幾重にも重なった色とりどりの人形の塊がうごめきながら、こちらに姿を現す。動いている箇所から、人間の様に二足歩行で手を使う存在なのは分かった。

 胴体の数か所で、まるで泉の如く、奥に埋められた人形が湧き上がり、再び中へ吸い込まれていく。

 存在自体が成長過程、現在進行。そんな気がした。

 ゲーム機につかまり立ちしたソレは、2人の身長より若干高い。昨日より成長していた。

 「これは」

 「“ノロイノニンギョウ”」

 「え?」

 「バチカンが公認エクソシストに定義する、敵の種類の1つである共に、ISPが介入を認可する唯一の“第3事態”。

  悪魔や亡霊など実体としては証明不可能な存在が乗り移るなど、原因不明な事態によって動き出した、あるいは他者への攻撃を行う、動力の無い人形ドール。それが“ノロイノニンギョウ”。

  今まで数多くのケースが、日本国内で見つかっているけど、他の人形を取り込みながら成長するケースなんて初めてよ」

 「ようやく、この事件がトクハンの手に回ってきたって訳か」

 意気揚々とショットガンを構える大介に、人形の塊は、話しかけてきた。

 「ハジメマ、シテ。ケイ、サツノ、皆さん」

 「こいつ、話せるのか?」

 驚く彼に、あやめは

 「恐らく、どこかでボイス付きの人形を取り込んだのね。そのシステムを声帯にして。

  ・・・あなたの名前は?」

 あやめの質問に、人形の塊は

 「君は、知って、イル、ハズだよ。

  僕の名前は、タワラ、ダ、コウジ、だよ」

 『俵田・・・浩二』

 あやめの仮説は当たった。

 そう、敦賀連続通り魔事件の犯人。琵琶湖で死んだ彼の怨念が、人形に乗り移ったのだ!

 「どうして、こんなに人を殺すの?」とあやめ

 ニンギョウは首を垂直に伸ばし、左右に大きく振りながら

 「サツジン、イミ、わからない」

 「え?」 

 「イミ、わすれた。この人形に、ナンラ、かの、プログラムが、ナイホウ、されている、みたい」

 「プログラムの内包。それに従って動いているっていうのか?」

 続けて大介が問う。

 「あの男たちは誰だ?」

 「シラナイ」

 そうだろう。

 「あの男もお前が殺したのか?」

 「そうだよ」

 これで妖怪犯罪として殺人立件はできる。

 一息吐いたあやめは

 「分かったわ。

  あなたを、4市で発生した連続殺人の元凶と認定し、制圧します。

  ・・・氷花、刃!」

 手を伸ばした方向には、スーパーボールを掬うシャベルタイプのクレーンゲーム機。

 ドームが大破すると、カラフルなボールと共に中の水が、竜の如く舞い上がった。

 そのまま彼女の両手で遊んだそれは、瞬時に刀へと姿を変える。

 落下したボールが、音を立てて四方八方にバウンドする。その中、あやめの鋭い眼光が相手を捉えた。

 相手側も伸ばしていた首を縮め、代わりに手足を動かす。先端から自分を更新しているのか、人形が溢れてくる。これが奴なりの威嚇なのか。

 程よく、否、押し潰されそうな緊張感。空気すら刺さんとする。

 刃先から滴る水滴が光る。握る手に力が入った―――。

 ―――あやめちゃん、応答して!

 不意にイヤホンマイクから声が。宮地の声。

 「先輩?」

 ―――大至急そこから避難して。連続殺人犯は化学兵器を所持している疑いが出てきたの。

 「化学兵器?」

 ―――マスタードガスよ。氷花なんて使ったら最後。

 「う、嘘・・・」

 あやめの声が震えるのが分かった。刀が融解する。

 ―――で、今どこ?

 代わりに、大介が答えた。

 その声も震えている。

 「その化学兵器の、目の前にいますよ・・・」

 2人はニンギョウを見つめる。この中に化学兵器が?

 半信半疑だったが、仮に本当ならば、大変な事態になる。

 銃はもちろん、あやめの氷花も使えない。

 「どうすればいいんだよ」

 「できるとすれば、直接的な打撃」

 「殴るって事か?」

 「ええ。あの人形の中に、その化学兵器とやらが入っているのなら、フカフカした綿の塊がクッションになるハズ」

 「ハズ、だろ?」

 と大介が反論。

 「それ以外に策があるのなら、言って欲しいわね」

 「うっ・・・」

 返す言葉も無い。

 とりあえず、距離を置く。

 ゆっくりと後退り、距離を置く。あやめのブーツが音を立てた。

 カツン、カツン、カツン、カツン・・・。

 「あやめ!」

 大介が気付き、叫んだ。

 更新する右手から真っ赤な包丁が出てきた。血のせいか、赤錆びている。

 彼女が向いた時は遅かった。綿の塊とは思えない俊敏な動きと速さ。

 真紅の刃先が、巫女を捉えた。

 終わった。殺される。

 彼女は全てを悟った。

 ―――瞬きをし、次に見た光景は、相手が横に弾き飛ばされた光景。

 大きな体がUFOキャッチャーにぶつかり、中に折り重なっていた箱が崩れ、取り出し口に流れ出る。

 「どうしたんだ?」

 大介も状況がつかめていなかった。

 傍に、人の気配。

 そちらを向いた2人は、その正体を知る。

 革靴、ミニスカートから伸びるしなやかな脚、へその出た服装、そして小さな二つ結び。

 「小鳥っ!」

 「小鳥君!?」

 地面に着地した女の子。紺色のセパレートタイプという見たことも無い巫女装束に身を包んだその正体は、あの姉ヶ崎小鳥だった。

 

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