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煌煌と照らすライト、それを反射するタイル。その上に、車に弾き飛ばされたワゴンやマネキンが散乱し、そこに置かれていたのだろう、多数のチラシが足元を滑らせる。
焦げた2本のラインの先にフォード エクスプローラー。フロント部分が大破し、窓ガラスは蜘蛛の巣状になって外れていた。何より、スロープが外れ変形したエスカレータが、その衝撃の凄さを物語っている。
「一体、何キロ出していたんだ?」
「恐らく、ボンネットに乗っていたであろう人物を振り払おうとして走行中、このショッピングセンターに突入し、エスカレーターに激突して沈黙。
それに、足元を見て。薬きょうが転がっているわ」
言われて足元を見た大介。チラシに混じって薬きょうが転がっている。
「問題は、この騒動を起こした犯人が、どこに消えたのか」
「この2号館は、4階建。1~3階は吹き抜け構造になっているわ。
探せば容易に見つかると思うけど、こっちも狙われるリスクが高いのも確かよ」
「あんまり楽しい状況じゃないぜ」
その時、イヤホンマイクから声が。碇警部から。
―――聞こえているか?取り残されている人数と場所が、正確に分かったぞ。
「本当ですか?」
―――生存者が電話してきたんだ。
いいかい?2号館3階西側にある、子供英会話塾の中に合計13名取り残されている。
連絡橋まで、そこから約200メートルの距離だ。何とか、そこまで誘導してもらいたい。
「他に生存者は?」
―――連絡が無いことからして、これが全員と思われる。
「了解」
通信を終え、2人は傍のマップを見た。
「俺たちがいるのが、この場所。英会話塾は・・・」
「このエスカレーターを上って、すぐね」
その瞬間!
2人の背後で、フォードのエンジンが爆発した。
その衝撃で、破壊されていたエスカレーターが中央で折れ曲がり、地面へと落下!
「伏せて!」
「うわっ!」
大きな地響きと轟音。土煙が止んだ先には、ひび割れたタイルに横たわる階段状の機械。見たことも無い部品をこちらにさらけ出して。
上り下りが並行するタイプだったため、ここから2階に上がることは無理となった。
「あーあ。こりゃ無理だわな」
「別ルートとなると、この先の吹き抜け中央付近にあるエスカレーターを使うしかないわね」
2人はショットガンを握る手を強め、小走りにファッション専門店街を走り去る。
店は開いたまま、パニックの後を残すのは、横転したカートや客の忘れ物、散乱した商品。
中央、インフォメーションセンター裏手に伸びるエスカレーターを見つけた。
そのまま上る。
規則正しい音。
「銃声だ!」
2人は姿勢を低くした。刹那!
「うわあーーーーーっ!」
突如こだました声と、何かがつぶれる鈍い音。
「今の、何だ?」
「まさか」
急ぎ足で電動階段を上り切る。
2階に到着した彼らは、分かれて吹き抜けから下を覗いた。
「あやめ・・・あれ・・・」
「どうしたの?」
大介が立っていたのは、英会話塾のある方と反対側にある、吹き抜け通路をつなぐ踊り場。
彼の隣であやめ覗き込む。見えたのは、転落死した白いスーツ姿の男の死体。
服装と同調するほど白い床に、頭から紅い血が放射線状にぶちまけられている。間違いなく即死だ。
「ひどい・・・逃げ遅れた生存者かしら?」
「いや、違うね。傍に拳銃が落ちている」
確かに、血だまりから離れた場所に、オートマチック拳銃が転がっている。
「それに、あの白いスーツ。昨日、彦根城で襲ってきたのと同じ輩のだ」
「確かに。つまり、あの男はフォードで突っ込んできた犯人ね。
遺体に近づいて、身元を確認したいけど」
「今は、生存者を助けるのが先決だ。
先を急ごう。さっきの悲鳴で、仲間が飛んでくる可能性が高い」
2人は再び小走り。
先程とは変わって、カーペットの床。走っても、足音は無い。
人の消えた店内を、場違いなガンマンが駆け抜ける。
見えた!
観葉植物が入口に置かれ、カラフルな画用紙の装飾が目を引く一角。
子供英語塾の中、大きな教室に生存者が固まって震えていた。その中には子供の姿も。
「警察です。あなた方を助けに来ました」
あやめの言葉で、全員が安堵の表情を浮かべた。
「助かった」
「これで逃げられる」
そんな声が漏れる。
「今から皆さんを、この先にある連絡橋へ誘導します。
外にまだ、犯人がいる可能性がありますので、皆さん静かに行動してください」
あやめは大介とアイコンタクトを交わす。
教室を出た彼は、ゆっくりと表に。辺りを見回して、銃口を向ける。
よし、誰もいない。
イヤホンマイクに話しかける。
「クリア。今の内だ」
―――了解。
その反応から10数秒後。急ぎ足で生存者が出てきた。
先頭をあやめ、後ろを大介がカバーする形で、目と鼻の先にある連絡通路へ。
その出入口は、旅行代理店のブースで死角になっている。ここまで全員向かえれば・・・。
先陣通過。
ブースの傍で、息を殺して辺りを見回す大介。
心臓の鼓動が早くなるのが、嫌でも分かってしまう。
3人、遅い人がいた。足の悪い老人と、彼を支える若い夫婦。
「慌てないで、ゆっくり」
大介は3人に伝えたが、それはむしろ自分に言い聞かせる方が、理由として強かった。
見えない敵。沈黙の店内。
怖い。フォアエンドを握る手が、汗で滲む。
老人が死角に入った。
大介は周囲を確認すると、ドアの方へ。
暖房の利いた店内から、寒空の下に。
待機していた救急隊員が飛び出し、老人を毛布でくるんだ。
「ありがとうございます」
老人は隊員に支えられ、大介に向かって何回もこの言葉を口にした。
若い夫婦も頭を下げる。
「さあ、早く安全な場所へ!」
連絡橋の向こうは、近江八幡駅と連絡するセンター棟。その中に、生存者は向かっていくのだった。
「成功ね」
「ああ。一般市民に犠牲者が出なくて、ほっとしたよ。
わずか200メートル。肝が冷えっぱなしだったぜ」
「でも、私たちはこれからよ。犯人の制圧」
「そうだな。1人が死んで、推定情報が性格そのものであるなら、残る犯人は4名。
プラス、滋賀連続殺人の犯人」
「こんな寒い日に、心臓に悪い仕事は良くないわ。一気呵成に片付けるわよ!」
「了解!」
2人の足は、吸い込まれるように速く、戦慄の2号棟に戻っていくのだった。




