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PM7:29
滋賀県近江八幡市
JR・近江鉄道近江八幡駅
JRの新快速も停車するターミナル駅。
そのすぐ傍、南側にあるのが巨大なショッピングセンター“ライカル近江”。全国展開する大手ショッピングチェーンが経営している。
2つのビルから成り、スーパーや専門店街だけでなく、スポーツジム、シネマコンプレックスもあり、その大きさは想像以上だ。
また、周辺にはファミリーレストランや家電量販店などが集中し、週末ともなると大勢の人でごった返す。
ラッシュも一区切りし始めたこの時刻、周辺は警察や消防の関係者でごった返していた。
サイレンに怒号、ヘリコプターが空間を飛び交い、周辺道路は封鎖され、救急車やアスファルトに敷かれたビニールシートの上で、毛布に包まった人々が応急処置を施されていた。
そんな現場に、盛大なブレーキングでレパードが到着。
すぐさま、近江署の関係者と合流。既に、県警本部の碇警部が、陣頭指揮を執っていた。
スカート調の赤袴をひるがえし、あやめは緊急本部が設置された小型バスへ。
「状況は?」
「被害者の証言を総合すると、今から約20分前、2号館エントランスに白のSUVが突入し、約100メートル店内を暴走。エスカレーターに衝突後、乗車していた人間が銃を乱射したそうだ。
重傷者6名、軽症者15名。現在も推定で20人近くが建物内に取り残されている。
既に、センター棟と2号棟の連絡橋には捜査員と救急隊員を待機させてある」
「犯人の人数は?」
「確認は取れていませんが、5人という情報が多数」
「ボンネットに乗っていたと思われる人物は?」
「銃乱射の中だったので、そこまで見ていた被害者はいませんでした。
先程突入を試みたのですが、機動隊員1名が右肩に被弾しまして。現在は、入り口前に待機している状況です」
「そう・・・」
あやめは建物に目を向けた。
正直、現場の判断と言われても、難しい状況だった。
敵の数も、武器も分からない。その上、無関係な人間が取り残されている。
「どうする、あやめ?」
「確かなのは、このままだと、犠牲者が出てもおかしくないってこと」
「それはそうだが・・・突入する気か?」
「昨日の連中の装備を忘れたのかしら?サブマシンガンを撃つ連中よ。最も―――」
「こっちにも装備があるけど。だろ?」
子供みたいな笑みを浮かべて、あやめは頷いた。
「レパードのトランクにポンプが2丁、ダッシュボードにスペアの銃が1丁」
「まあ、それだけあれば充分だな・・・でも、本当に行くのかい?」
大介は、恐る恐る伺った。
あれだけ言ったが、やはり心の底にあるのは、恐怖の2文字。
「怖いの?」
「そうだろう?敵の数も正体も分からないのに」
彼の言うことは最もだ。
それでも、あやめは冷静に車に近寄ると、トランクからショットガンを取り出した。
「嫌なら、小鳥と待ってて。後から到着する宮地先輩と突入してくれればいいから」
その一言に、大介は声を大きく。
「どうしてなんだ?どうしてそこまでして、命を捨てに行くんだ?」
ふと本音が出た。
伊豆の事件もそうだ。彼女は命を削って刀を振るい、犯人と殴り合った。
そこまでして、どうして自分の身をハイリスクな場面に投じようとするのか。
その答えとして、彼女は口を開く。
「あの中に、助けを求める人がいるから。あの中に、誰かを傷つけようとする奴がいるから」
「君が向かう事なのか?死ぬかもしれないのに?
それともカオス・プリンセス。妖怪でも人間でもない、そんな疎外された立場がそうさせるのか?」
暫くの沈黙の後、あやめはショットガンのフォアエンドを引いて言った。
「あなたも、そういう目で私を見ていたのね。幻滅したわ」
「いや、そうじゃないけど」
「誰かに手を差し伸べる。そんな当たり前のことに人間か、妖怪かなんて関係あるのかしら?」
「・・・」
「誰だって、死にたくはないし、痛いのも御免。それは、この現場にいる全員が同じ気持ちなの」
こちらを向かずに話すあやめ。そんな姿に、彼の口が止まった。
「いいわ。ここで待っていなさい。このカオス・プリンセスが倒してくるから」
「でも―――」
「今の大介に、これからする仕事は務まらない。足を引っ張るだけ。
それが耐えられないのなら、今すぐトクハンを去って、今までの出来事を忘れる事ね」
今までで一番冷淡な言葉、大介の胸に刺さるものがあった。
「待ってくれ!!」
大介は叫んだ。
それでもこちらを振り向かず、封鎖された入口へ歩く。
取り残された大介に、胸を刺されたような、痛みと苦しみ。
それを解決させるのは、1つだけ。
大介は、レパードに乗っていた小鳥に話しかけた。
「いいかい?ここで待ってるんだ」
「ええ。でも、あや姉が・・・」
「俺が怒らせちまったんだ。馬鹿だよ。俺って奴はな」
ダッシュボードから愛銃、CZ751-改を取り出した時
「大介さん。このビルから、とてつもない霊気を感じます」
「何だって?」
「それも、現在進行形で大きくなっている・・・気を付けて。もしかしたら、あや姉が」
大介は微笑して言った。
「行ってくる」
ドアを閉めて、トランクからショットガンを取り出すと、2号館へ走った。
既に非常線が張られた2号館入口、機動隊が包囲していたその場所は、ガラスが散乱し、ドアの骨組みがひしゃげていた。
白いタイルの敷かれた床に伸びる黒い2本のライン。その先に、乗り捨てられたフォード。オイルなのか、焼けたような臭いが、こちらまで漂う。
「通して。トクハンよ」
機動隊員に伝える巫女装束の女の子。
機動隊隊長は驚く。
「まさか、1人で向かう気じゃ」
「そうよ」
「危険です!相手が何人いるのか分からないのに。
万が一撃たれたら、どうするんです」
「その前に、俺が撃つ!」
答えた声。
振り向いたあやめの眼に、ショットガンを手にした大介。
「無理をしなくていいのよ?」
まるで母親の様に諭す。だが
「無理はしてないさ。“ちょっと”無理をしているだけ。
それに、君に死なれたら、小鳥君とエリス、2人から八つ裂きにされる。そこまで、俺の体は頑丈じゃないからさ」
微笑するあやめ。
彼女は、イヤホンマイクを与えた。小型カメラ搭載のタイプだ。
「耳につけて。このマイクに、画像が録画されるようになっているから」
「分かった」
「これでいいのね?引き返すチャンスは、今だけよ?」
「引き返す?忘れ物をした覚えはないんだけど」
冷たかった表情に、笑顔が戻った。
互いにイヤホンマイクを耳につけ、ショットガンのフォアエンドを引っ張る。
機動隊員の壁を超えると、ドア付近の壁を背に隠れた。
「向かう前に、言わせてくれ」
イヤホンマイク越しに、大介は言った。
「言い訳に聞こえるかもしれないけど、怖かったのはあやめ、君が傷つくことだったのかもしれない」
「・・・」
「寝ていると、たまに思い出すんだ。三保海岸の時の、倉田を殺しかけた君を抱きしめた時を。
血だらけの装束に、痣だらけの頬を伝う涙。背中を包む、内出血した両手。
鮮明にフラッシュバックして。だから・・・」
「そう。それが原因だったのね。
なら、約束して。この建物から出てきたら、私を抱きしめるって」
「えっ!?」
突然の言葉に、戸惑う。
「血に染まってない綺麗な私で、あなたのトラウマを書き換えてあげる。私ができることは、それくらいしかないから。
そのために相棒として、私を全身全霊で援護して。約束、出来るわね?」
「ああ、約束する。あやめを抱きしめる・・・あやめを援護するぜ!」
微笑んだ巫女は、マイクに指を添えて囁く。
「信じているわよ、大介。
・・・行くわよ」
「OK!」
フォアエンドに手を添える。
『3、2、1っ!』
息を合わせたように姿を見せた2人。ゆっくりと店内へ歩みを向けるのだった。




