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「琵琶湖・・・かい?」
いまいち釈然としない釘宮。
奈良にいるのに、どうして琵琶湖なのか。
だが、釘宮には思い当たる節が。
「そう言えば、不登校になる直前、実家に帰っていたな」
「実家?」
「滋賀県長浜市だ」
「それは、いつ?」
「たしか・・・通り魔の死体が見つかった前日だな」
そう言われ、彼女は何かを考えだした。
しかし、何故琵琶湖なのか。
大介が聞いてみると
「ここにいる霊が、全て水難事故で死んだ人間ばかりなのよ。その中に、十二単を着た女性や、烏帽子を被った男性の姿も」
「それなら、京都周辺を勘ぐるのが普通じゃないの?」
「いえ。平安時代、琵琶湖で入水自殺する貴族が相次いだ時期があるの」
「平安時代?」
「国内に末法思想―つまり、釈迦の教えが正しく行われなくなる時代が来るって思想が広まり、“南無阿弥陀仏”が国内に流行した時期。貴族の中に阿弥陀仏に救いを求め、極楽浄土を望む者が現れたの。
彼らは次々と自殺をしたのよ。特に都に近い琵琶湖で。
水死体が都近くの岸に流れ着けば極楽へ、それ以外は地獄へ落ちるなんてジンクスすらできる程にね」
日本一大きい湖が持つ、暗い側面。
「その霊が成仏できずに、現世をさまよっている。琵琶湖で水難事故が多発する原因は、恐らくそれじゃないかって、私は考えているのよ」
「その理論が当たったみたいだが」
「問題はここからですよ。大介さん。
どうしてこれだけの霊を抱えてしまったのか。湖の中に入ってしまったのならまだしも、その痕跡が全く見られないとすると・・・どういうこと?」
専門家も首を傾げちゃあ、終わりだ。
ともかく、ここにいる霊を祓うことが先決。
「まずは、除霊を頼むわ。考えるのは、それからでも遅くない」
「ラジャー!」
再び学生カバンを漁る。
取り出したのは
「それは?」
「え?ビー玉」
網目状の袋に詰められた色とりどりのガラス玉。
「なして、こげなものが―――」
「だ・か・ら。除霊に使うの!
いいから見てて!」
釘宮の言葉に半分キレた小鳥は、左手でビー玉を一掴みし、残りをあやめに手渡す。
個数は5。それぞれ緑、赤、青、黄色、水色と、色が各個異なる。
「このビー玉の色は、陰陽道の五行、木、火、土、金、水の5元素を表します。後は」
スカートの右ポケットから、透明なビー玉を取り出した小鳥。どうやら、ラムネ瓶に入ってるビー玉みたいだが・・・。
「これだけあれば、除霊ができます」
小鳥は左手に握ったビー玉5つを床に落とす。バラバラと音を立てる。
「始めます」
左手を開いて、ベッドに横になる鈴江に向ける。
実は、大介も除霊には半信半疑だった。
あやめと知り合ってから、彼女のことはいろいろと知っているが、除霊の瞬間に立ち会ったことが今まで無かったのだ。
とはいっても、全員が視線を彼女に注いでいた。
今は小鳥を信じるしかない。
すぐに、5つのビー玉が動きだし、等間隔に小鳥の足元を囲むと、時計回りに動き始めた。
その速度は一定間隔にゆっくりと。
今度は進行方向を変え、彼女の方に。
互いにぶつかることなく、一定間隔に走る美球。その軌跡はいつの間にか五芒星を描いていた。
不意に風が巻き起こる。
小鳥の髪が、リボンが、制服の裾、スカート。下から巻き起こる旋風になびく。
次第に大介たちの耳に、声が聞こえてきた。
「苦しい・・・助けてくれ・・・」
「水が・・・水が・・・」
「憎い・・・恨めしい・・・」
押し潰されそうで、心をどこかに持って行かれそうで・・・。
足元がはっきりとしない釘宮を、大介は首根っこを掴んで目を覚まさせた。
「しっかりしろ!引きずり込まれてもいいのか!」
「・・・!」
呆然とする釘宮。実を言うと、大介もあやめも限界に近かった。
「寒い」
あやめが呟く。
部屋の密度が最高潮に達した時、鈴江に向けられた左手が下がると、小鳥の口が開く。
「死火に焼かれ、苦海の中で彷徨う哀れな魂よ。その存在を無垢とし、静寂の彼方へと眠りたまえ」
そう言いながら、左手を天井へ。
人差し指と中指に透明なビー玉を挟んで。
「離苦 無常」
ビー玉が地面へ向けて落下していく。
着地。無音。
瞬間、動き回っていたビー玉が静止し、旋風が止んだ。
聞こえていた声も、嫌な感じも全て消え失せた。
「はい、終わりまーした」
小鳥は先程と変わらぬ状態で、3人の方を振り向いた。
「もう、終わったのか?」
「はい。ここにいた霊たちは成仏しました。
直に、鈴江さんも目を覚ますでしょう」
キョトンとする釘宮。あやめは彼の肩を叩いて言うのだった。
「これで納得してくれた?妹の凄さ」
「彼女は大丈夫なのか?鈴江さえ死にかけたのに」
「そこが、彼女の凄さよ。
あの若さで除霊から陰陽道まで全てを網羅し、どんな存在にも魂を持って行かれない強い精神力。
あの子は、私以上の力を持った巫女よ。尊敬する人間を挙げろと言われれば、真っ先に彼女の名を言うわ」
そんな小鳥はビー玉を拾うと、さっきとは違う袋にそれを詰め、カバンの外ポケットに入れた。
次いでカバンを三度漁る。
中から出てきたのは、フエラムネ。
「それも除霊に?」
「ううん。私が食べるの。
除霊するとお菓子が食べたくなるから。いる?」
差し出した一粒のラムネ。彼は手を差し出して貰うのだった。
「よし。2人は鈴江の様子を見ていてくれ。
俺とあやめで、封鎖の解除を知らせてくる」
そう言うと大介とあやめは医務室を後にした。




