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10月6日 PM2:56
都古大学 教室棟102号室
疲労の溜まっている2人にとって一番の救いは、授業が午後からであるという事だった。
4時限目、教養科の舘教授によるヨーロッパ経済史。
今の2人にとって、学校一大きな教室に響くダンディな彼の言葉は、ただの子守歌にしか聞こえない。
「ああ、眠い・・・大介、ノート取っておいて」
大介の隣で、半分睡魔の中に沈みかけたあやめが呟く。
「せやかてお前、俺も限界」
「後1時間、1時間の辛抱よ」
「その1時間が長いんだよ」
昼間の陽気が、眠気を促進させる。
しかも、この先生は板書が好きなのか、ものすごい速さで黒板に要点を書いては消していく。2段ある電動の黒板が上下に行き来する。
眠すぎる2人の目は、その動きを捉えられない。
周囲には、既にドロップアウトした生徒がちらほら。
このまま、2人もおやすみなさい―――とはいかなかった。
「!!」
唐突に起き上がるあやめ。
「どうした?」
「嫌な感じがする」
その鋭い目に、大介も、並々ならぬ事態を察した。
「妖怪か?でも、姿が見えない」
「妖怪じゃないわ。何か分からないけど、嫌な気配がするの」
妖怪じゃないとすれば・・・大介も感じてきた気配。今までに感じたことない、吐きそうな嫌気。
(―――っ!来た!!)
あやめの五感が、その正体を捉えると同時に、大声が上がった。
「何言ってるんだ!」
唐突に立ち上がる1人の生徒。
「あれは、釘宮!
立ち上がったのは、こないだ会った、鈴江って奴じゃ」
その様子に、教室の時間が止まった。
「そこ、どうしたんだ?」と舘教授
その言葉が聞こえていないようで、教授は教壇から下りると、鈴江の方へ。
一点を見て、虚ろな表情の彼は、こう言った。
「呼んでる。みんなが、呼んでる」
「はあ?とにかく、学生証を見せなさい」
「行かないと。行かないと」
「これ以上授業妨害すると、しかるべき処分をするぞ!」
教授が大声を上げても、動じない。
彼は教壇の方へ歩くと、そのまま傍の出入り口から出ていった。
混乱する教室。だが2人は
「あやめ。アイツの動き、操り人形みたいだ」
「追うわよ!」
席を立ちあがると、ダッシュで教室を駆け、同じ出入り口へ。
この近くには、人工の泉がある。丘陵地に立つ本校の特徴故、泉の周囲は階段状に整備され、その上が広場として作られている。
泉に鈴江がいた。冷たい水が、こんこんと注がれる。
「待つんだ、鈴江君!」
大介の声すら届かない。瞬間!
「ゴフッ」
鈴江の体が、水の中に倒れた。まるで、誰かに突き飛ばされたように。
足が余裕で着くほどの浅い泉の中で、彼は手足をばたつかせ、苦しみ始める。
絶対おかしい。
「大介!」
「おう!」
2人は水の中に飛び込むと、鈴江の両肩を掴んだ。
「どうなって・・・物凄い力だっ!」
足を踏ん張って、腕に力を入れて。それでも引っ張り出せない。
「頑張るの・・・よっ!」
『・・・やああああっ!!』
渾身の力を籠め、ようやく鈴江を引き上げることに成功した。
ずぶ濡れの体は、冷たくなっているし、呼吸も弱くなっている。
「大介!姉ヶ崎!」
教室から飛び出した釘宮。
「釘宮。彼を医務室へ運ぶ!手伝ってくれ!」
「おう!」
泉の中から上がった瞬間
「えっ!?」
背筋を走った寒さ。嫌な予感がした。




