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一方その頃
現地時間 PM9:01
バチカン市国 バチカン博物館
歴代教皇によって収集されたイタリア美術が展示された、世界屈指の美術館。その収蔵量は、時代は古代オリエントから現代まで、ジャンルも絵画、彫刻、地図、タペストリーと多岐にわたる。最後の審判で有名なシスティーナ礼拝堂も、この博物館の一部として重要行事以外は一般に公開されている。
世界的な観光スポット故、連日大勢の人が訪れる。そのため入場には長蛇の列に並ばなければならないし、入ったところでゆっくり観られる保証はない。
だが彼女に、そんな話は関係ない。いつもの戦闘服に身を包んだエリス。コルネッタは、閉館後の博物館をゆっくりと歩いていた。
巨匠たちの手掛けた名作並ぶ静寂の中を、1人靴音殺して遊泳する。
ナイトミュージアムを散策するのは、仕事前の息抜き。ラファエロ作のアテネ学堂で足を止めた時。
「ん?」
ケータイが鳴った。
「Hallow?・・・ああ、リオ」
電話の主は、リオ・フォガート。
―――呼び捨てにするってことは、ドラキュリーナモードね。元気?
「とりあえず息災ってところかしら?これといって、大きな事件も無いし」
―――日本じゃあ、散々だったみたいね。
「耳舐められるわ、足はナイフで刺されるわ―――」
―――じゃあ、ダイスケとのロマンスは望み薄ね。
その瞬間、伊豆長岡のホテルで耳を口に含まれた思い出と感触が、プレイバックし赤面する。
リオの望みは、あながち外れてはいない。
「冷やかしを言うために、わざわざ電話をかけてきているわけじゃないでしょ?」
―――まあね。今、話しても大丈夫?
「いいわ。最も、目の前に哲学者が沢山いるけど、それでもいいってのなら」
―――問題ない。こっちも目の前には、死体が沢山。
「死体?何があった?」
エリスの態度が変わる。
同時刻
現地時間 PM1:05
アメリカ ウィスコンシン州 スペリオル湖畔
アメリカ5大湖の1つで、カナダとの国境が走っているスペリオル湖。
青い湖に豊かな森林。サイクリングやバーベキューには最適な環境だ。
そんな湖畔には、老若男女の死体が転がっていた。近くの小屋は焼け落ち、肉の焼ける嫌な臭いが周辺に漂う。
リオは、ここからエリスに電話をかけていたのだ。
「・・・そう、カルト教団よ。“バラゴンの聖骸寺院”」
―――知ってるわ。米南部の地元信仰とカトリック、ブードゥーを融合させた、最終戦争による宗教革命を掲げるカルト教団。
バチカンも目を付けていたA級危険教団が、どうして?
「教団内部から、信者が武装化しているってタレコミがあって、アルコール・タバコ・火器局(ATF)が数か月前から内偵をしていたのよ。
そして、強制捜査のメスが入ろうとしたのが今日。ところが、連中の動きが早くてね、ここから7キロ離れた教会を急襲して礼拝中の8人を射殺、スペリオル湖にある教団本部に籠城したのよ」
―――で、突入したの?
リオは周囲を見回してから、言った。
「連中、ウェイコの悲劇から何も学んでないわ!
ATFとFBIの地元支局がここを包囲し銃撃戦を展開したの。本部から、捜査官が向かう前にね。
結果として下っ端の信者は礼拝堂に集められ服毒自殺、上級幹部は本部棟に火を放ったわ。
幸い、幹部3人は一命を取り留めたけど・・・今、ハリーが来たわ」
焼けた小屋から、相棒のハリーが現れる。
「最終的な死傷者が判明したよ。
死者87名。半数以上が青酸系の毒物による中毒死だ。
礼拝堂の中からオレンジジュースの入った杯が見つかった。恐らく聖水か解毒剤とでも言って、信者に配ったのだろう」
「でしょうね。連中、ずっと前から最終戦争を持ち出していたから」
「しかし、どうしてなんだ・・・どうして命を自ら」
リオは湖を見て答えた。ゆっくりと生温い風が吹く。
「終末論を持ち出して盛り上がったカルト教団は、充分に火の通ってふくれた餅さ。行きつく果ては2つしかない。武装攻撃か集団自殺か。
チャールズ・マンソンやジム・ジョーンズなんかを見れば、その末路は嫌というほど痛感する」
そう言うと、電話の向こうのエリスとの話に戻る。
「エリス?」
一方のエリスは外に出て、絵画館裏手に広がる芝生の庭、スクエアガーデンに場所を移していた。
庭の中央に置かれた噴水に腰掛け、話を続ける。
「それで?」
―――話を戻すわね。事件自体は最悪の結果で終わったけど、問題が1つできたのよ。
それで、わざわざ本部から私たちが呼ばれた理由。
「・・・ラッシュ?」
―――いえ。ラッシュよりタチが悪いわ。
話を聞くエリスの顔が険しくなる。
「・・・分かった。本部に知らせて、エクソシスト達に警戒態勢を敷かせるわ」
通話を終えると、寒空を仰いだ。
「エリス!」
庭に現れた相棒のヤン。
彼を見る赤い目は、いつも以上に深刻。
「話は聞いてる。大至急、ラッシュ指定と、各国主要教会に連絡を。
見つけ次第、どんな手を使ってでも破壊せよ!」




