11
目的の部屋に到着した。
大介、あやめの他は、高垣、深津、県警刑事の柴村、加島の計4人。
先ずは柴村がインターホンを押す。チャイム音が空しく廊下に響く。
「帰ってきてないのか?」
すると、高垣がドアに耳をつけた。
「かすかに音がする。中に誰かがいるのは確かね」
さらに彼女がドアノブに手をかけると
「開いてるわ」
『えっ!?』
高垣はそっとドアを開け、傍にいた大介が先頭になって玄関に入る。
「すみません。誰かいますか?」
部屋の中は暗く、何があるか分からない。
「すみません」
再度深津が尋ねるも、応答なし。
「まだ帰ってないのかもしれませんな」
「加島さん。彦根署に連絡を」
「了解しました」
寺崎の指示で、加島はエレベーターへ向かう。
「さて、引き上げるか。夜が明けてから、もう一回」
「そうですね」
大介が外へ出ようとした時、玄関からリビングに伸びる廊下に影が現れた。
なんだ、やっぱりいたのか。
「ああ、でてきましたよ?」
「ん?」
全員が扉の向こうを見るも
「何が出てきたんだ?」
「だから、住人ですよ。
ほら、廊下の向こうに」
誰もが首をかしげた。見えないのか?
だが、あやめは違った。
「大介。すぐに私の近くに来て!」
「えっ!?」
その威圧感から、瞬時に察した。
―――遅かった。逃げるより早く、影が鋭い目を光らせ、大介に襲いかかる!
あやめが、赤袴に挟んだワルサーを抜く暇も与えず。
「うぐっ!」
顔面に強烈な一撃。反動で飛ばされると寺崎、高垣を巻き込んでドアの外に倒れた。
「大介っ!」
その主は敏捷な動きで3人を飛び越えると、エレベーターの方へ。
逃げられる。そう思った時
「うりゃあああっ!」
丁度前に立ちはだかった柴村が、見事な一本背負いを決めてくれた。相手は即ノックダウン。
「ありがとうございます」
「これでも、刑事の端くれですからね」
「しかし、妖力を使っていた妖怪を、こうも簡単に・・・トクハンの素質がありますよ」
「え?妖怪?」
それを聞くと、柴村は驚き、足元に倒れる人物を見下ろすのだった。
数分すると、宮地達や応援のパトカーも駆け付け、外には数人の野次馬も。
あやめはマンションから出ると、レパードに近づく。
車内では大介がシートを倒し、右頬に缶コーヒーを当てていた。
「具合はどう?」
ドアにもたれかかりながら、車内の彼に声をかけた。
「口切った。嫌な味がする」
傷よりも、彼の中に流れる人魚の血の副作用に苦しんでいる模様。
「ご愁傷様」
「あやめ。氷花で血、止めて」
「できるけど。最悪、凍死するわよ」
「・・・あ、いいです」
彼女は微笑すると、どこか遠い目をして話し始めた。
「良かった。大介が無事で」
「どうした、急に?」
すると
「ねえ。私に妹がいるのは知っているわよね?」
「知ってるよ。姉ケ崎小鳥、血は繋がってないけど君の妹だ」
「小鳥も、さっき殺された女の子と同じくらいの年なの」
「そうか。彼女と被害者が重なっちまったのか」
大介は起き上がり、窓から顔を乗り出した。
「不覚にも。夜になると、昼間は平気な事柄でも、深く感傷してしまって・・・雪女の性格なのでしょうね」
「でも、その側面も、あやめの良い所だって思うよ」
彼は頬に当てていた缶コーヒーを開けた。
「一番怖いのは、小鳥が私と同じ世界に入ってくること。あまり考えないようにしていたんだけど、あの遺体を見て、無意識に」
「そうか・・・元気かい?彼女は」
「しっかりと学校に通ってるわ。よく、宿題の面倒を頼まれるけどね」
そんな2人の間に、深津がやってくる。
「はいはい、お邪魔しますよっと。奴さん、ようやく落ち着いたぜ」
「妖力を使っていたけど、何者だったんですか?」と大介
「イリジネアネーム マタ。香川出身の化け猫ですよ。メイコが説得をしてくれて」
強烈なパンチも、敏捷な動きも説明がついた。
が、どう見ても外見は、若い男性そのものだった。
「確かにネコの大半は、老いてから妖力を発揮するけど、その中には若い男女に化ける連中もいるわ。中国由来の金花猫なんかは当てはまるわね」
「奴さんは100歳を超えているそうで」
「よっぽどのプレイボーイだな。会ってみようぜ」
大介は車を出ると、あやめ、深津と共に部屋に戻った。
「ところで、宮地さんもヤマネコ妖怪なんだろ?本当は何歳なんだろうか」
不意に出た大介の素朴な質問。
「さあ?メンバーの誰も知らないし、そんな話が、彼女の口から出たことは無い。
メイコ自体、年齢の話をすると嫌がるし」
「それは女性共通ですよ、深津先輩」
エレベーターを降りると、部屋へと向かい、室内へ。
若い男性―マタは、テーブルに座ったあやめと大介に、麦茶を差し出す。
「すみませんねぇ。普通なら温かいお茶何ですが、私、中身と同じ猫舌なんで」
あ、やっぱり猫なのね。
「刑事さん。大丈夫でしたか?
てっきり、あの犯人が殺しに来たのかと思って」
「いえ。かすり傷ですから」
「でも、どうして妖気を見抜いたんだろうか?」
首をかしげ、マタは自分の分の麦茶を飲む。あやめが、話し始めた。
「マタさん。彦根城の現場から走り去ったのが事実なら―――」
「分かってます。罪はいくらでも」
「いえ、それ自体は罪にはなりません。ですが、未成年の彼女に、みだらな目的で接触しようとしたのなら、これは立派な犯罪です」
マタは、うなだれる。
「ですが、事は一刻を争います。現場から走り去ったのが事実なら、あなたは何を見たんですか?」
「・・・」
「犯人は既に3つの町で、10人以上を殺している。これ以上の被害を食い止めたいのです」
「・・・分かりました。
あの女刑事さんを立ち会わせてください。同じ猫妖怪がいれば、落ち着いて話ができると思いますので」
大介は宮地を呼び、それ以外の面々を退室させた。
4人だけの空間で、マタは話し始めた。
「あれは、彦根城の駐車場に、彼女を迎えに行った時でした。
掲示板通り、彼女は待っていました・・・ええ、そうです。性的な目的も、少しはありました。ですが、困った子を助けあげたいって気持ちが、やはり大きかった」
「その口ぶりからして、初めてじゃないわね?」
あやめの後ろ、壁に寄り掛かった宮地が言った。
「高松にいた頃は、ボランティアで不良少年や引きこもりの子たちのサポートをしていたので。
まあ、担当した娘と一線を超えたことが、団体に知れて、ここに流れてきたんですがね」
「いきさつは分かりました。続けて」
「車に乗り込むと軽く挨拶をし、彼女に“家に食事が無いから、これからファミレスへ向かおうと思う”と言ったんです。すると彼女は“その前にトイレを済ませたいと、ファミレスまでは我慢できそうにないから”と車を降りて、傍のトイレに向かったんです。その隙に財布の中を確認した、その時に悲鳴が。
自分がいる角度じゃあ、何が起きているのか分からず、少し発進して見てみると、彼女が車のボンネットに仰向けにされていました」
「手足は、何かで縛られていましたか?」
「はい」
「ロープで?」
「いえ・・・ぬいぐるみなんです」
大介とあやめは、顔を見合わせた。彦根城天守閣で遭遇した犯人も、人形人間だった。
「マスコットって言うんですか?無数の小さな人形が繋がって鎖みたいに。
それで、彼女の前には大柄な男が立ってて、彼女はずっと“放せ”だとか“殺すぞ、変態”とか騒いでましたが・・・見ていた私も信じられません。鎖のぬいぐるみの一部が浮き上がると固まって、彼女の口の中に突っ込んだんです」
『!!』
「声も出せず、首を振って抵抗する彼女に、男は・・・」
それ以上は、話せなかった。
無理もない。彼女は首を斬られ大量の血を噴いたのだ。まともに見られるわけがない。
「それが怖くなって、逃げ出したのね」
宮地の言葉に、彼は頷くと、言った。
「刑事さん!私も、彼女みたいに殺されるんでしょうか?」
彼女らには、何とも言えなかった。
「犯人は、あなたを見たんですか?」
「いえ。私が見たのは、後姿だけで、犯人もこちらを見ませんでしたから」
「マタさんは、彼女が殺される場面を見て、その場を去ったのですね」
あやめの言葉に頷く。
敦賀通り魔事件の犯人に似せた、胸の刺し傷に関しては、証言からは何も収穫は無かった。
「通報した後は?」と大介
「一直線に」
「車の中に、被害者のバッグか何か、残っていませんか?」
「見てませんが、もしかしたら・・・」
あやめが質問を代わる。
「車は、どちらに?」
「マンションの傍にある、モータープールに停めています。高松ナンバーの、白のフォード エクスプローラーです」
その言葉を聞いて、2人は凍り付いた。
天守閣で大介らを襲った犯人も、白のフォード エクスプローラーで逃走したのだ。
あやめは再度、一直線に家に帰ったのかを問い詰めた。
「ほ、本当ですよ!」
「では、何らかのサークルに所属しているということは?」
「職場の草野球チームなら」
「その車、拝見させていただきます」
鍵を借り、後をドアの前に立っていた警官に頼むと、3人は下へ。
レパードに乗り込むと、マンションから少し離れた場所にあるモータープールへ急いだ。
屋根付き駐車場に、その車はいたが、2人は首を振った。
「違うわね」
「ああ。大まかには似ているようだけど・・・」
大介はポケットからスマホを取り出すと、素早く調べた。
どうやらマタの持っているのは2代目モデルで、彦根城で目撃したのは3代目モデルとの事。
車前方部には、パトカーを押しのけた痕跡も、無論ない。
キーを開け、車内を見る。中には銃器の代わりにグローブやバット。
「草野球は本当みたいね」
「“タマ”違いだったな」
被害者のバッグは、すぐに見つかった。助手席の座席下に落ちていた。
中に入っている財布や、化粧道具には、手を付けられた痕跡はない。
「どうやら白い集団に、彼は無関係みたいね」
「そのようね。
でも、人形で構成され、人形を自在に操る犯人・・・一体何者で、目的は何か。伊豆から帰って早々、こりゃまたキャンパスライフは、お預けかな?」
あやめが背伸びして言ったセリフに、宮地が
「ああ、警部から指示がありましたよ。
この聞き込みが終わったら、休息を取って、明日の講義には参加するようにって」
「親父が?」
「こう連続して休んじゃあ、大学生としての勉めってのが疎かになっちゃうからね。
大丈夫。その間の捜査は私が引き継ぐから、しっかりと勉強してきなさい」
「了解しました。後は、お願いします」
「はい」
宮地が見送る中、2人はレパードに乗り、現場を後にした。
車は高速に乗ると、昨日夕方に来たのとは逆の順序で走り、トクハン本部へと向かった。
京都府木津川市の旧私のしごと館。大学へは車で20分程度の場所だ。
スタッフルームを改造した個別仮眠室に入ると、何も考えず、ベッドに倒れ爆睡するのだった。
時刻は間もなく午前4時。夜が白けるには、まだ時間はあった。




