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AM1:20
彦根城 二の丸駐車場
銃乱射事件の処理が行われる傍ら、連続殺人の被害者となった女性の捜査も始まった。
大介とあやめは第一発見者であるため、彦根署の刑事の取り調べを受けた後、臨場した。
もう、大垣検問に待機していた宮地、深津の両名に、隼も臨場済み。
既に遺体は降ろされていたが、死後硬直が起きているため大の字状態から元に戻せないそうだ。
タクシーのボンネットには、白いテープでマーキングされている。
「ガイシャの身元は、分かったんですか?」
駆け付けていた宮地が、話す。
「ポケットにスマートフォンが入っていたけど、プロフィールには“こぁ”だけ」
「他に、バッグとか財布とかは?」
「目下、捜索中。さっき彦根署にM号もかけたわ」
「M号って?」と大介
あやめが答えた。
「行方不明者照会。いい加減、隠語くらい覚えなさいな」
「エロい意味の隠語なら、パーフェクトマスターだぜ」
「・・・殴るわよ」
「すんません」
そこへ寺崎が、スマートフォンを持ってきた。元々は白いボディだったろう紅いスマホ。
白い手袋をしたあやめが、袋から取り出す。
「身元の判断もそうだけど、通報にあった男を見つけることも必要よね」
「もしかしたら、何か目撃しているかもしれないからな。でも、そんなことできるのか?」
「男の正体は、大体想像は付くんだけどね」
あやめのサラッと言った発言に、大介は耳を疑った。
「遺体を見て、なんか気付かないかしら?」
「別に」
某エリカの如き反応。
「観察力が欠如しているようじゃ、捜査官は務まらないわよ」
「で、先生は、どう解釈を?」
あやめはスマートフォンを両手で操作しながら答えた。
「茶色く染められた髪の毛に、まつ毛にはエクステがかけられている。そして、指にはマニキュアをして、パンツが丸見えになるほど短いスカートを履いている。
さっき言った通り、外見からの判断だけど年齢は16~18。
死亡推定時刻は午前零時前後。今から大阪や神戸へ洒落込むには遅すぎるし、さっき電車で帰ってきたとも考えにくい」
「そんな年の娘が、こんな格好して夜の街にいるってことは、不良少女と考えられるな」
隼が近寄りながら言った。
「そうよ。
だけど、ここは彦根の城下町。大規模な繁華街なんて存在しないし、ゲーセンやネットカフェは郊外にあり、深夜には閉まる。
で、そんな街で少女とミッドナイトを共にする男と言えば―――」
「彼氏か?」
「それを匂わせる類が、スマホには無いから多分・・・ビンゴ!」
指を止め、あやめは画面を大介らに見せる。それは、所謂ネット掲示板と呼ばれるものだ。
「これが、どうしたんだ?」
「この子の書き込みを見る限りだと、どうやら“神待ち”をしていたみたいね。
~今、彦根城近くのローソンにいます。神様いましたら、是非返信お願いします~って」
神待ち。その言葉に、大人は首をかしげる。無論、若い世代に入る大介も。
彼は言う。
「神待ち?エリスが聞いたら、法王でも引っ張ってきそうなワードだな」
あやめはクスッと笑うと、話を続ける。
「この神ってのは、宗教的な意味ではなくて、隠語の1つなんです」
「俺たちが使う、ロクとか、M号みたいなもんか」と寺崎
「そうです。
ここで言う神とは、家出少女に食事と寝床を提供する男性の事を指すの」
「つまり、この女の子は家出をしていた?」
高垣が聞いた。
「十中八九。
このテのサイトは“神待ちサイト”と呼ばれていて、家出少女が書き込むと、その近辺に住む男性が受け入れる旨を書き込むの。でもほとんどのサイトの実態は、出会い系サイトなのが現状」
「じゃあ、単純に少女を迎え入れる男なんて、いないんじゃ・・・」
「ええ、大介。その通りよ。
男性のほとんどは、性交渉を目的としていて、少女もそれを暗黙の了解としているの。食事や寝床の対価として、自分の体で支払う」
すると、隼は言った。
「まるで、戦後の日本みたいだな」
その言葉に答えたのは、宮地だった。
「全く違いますよ。飢えに耐え兼ね、一杯のご飯のために体を売るほど困窮していた戦後の女性と違って、現代の彼女らには帰る家があり、温かな食事にありつくのも難しい事じゃない。揺れ動く思春期の心が、そうさせるんです。
難しいんですよ。思春期の女の子ってのは」
「それに付け込んで売春をさせる男もいますからね。・・・話が脱線しましたね。元に戻りましょう。
この書き込みには、合計で3件の書き込み。そこに、気になるものが1件。
投稿者は“飯屋”という名前で、内容は
~家に泊められます。一週間程度いてくれても構いません。車で迎えに行きますので、彦根城二の丸駐車場に午前零時頃。返信お願いします~」
「それって、ここだな・・・待てよ!バッグの類が見つからないってことは!」
あやめは頷いた。
「この“飯屋”って人物が二の丸駐車場で、被害者を迎えたのは確かでしょう。恐らく、家に行く前にトイレに行きたいとでも言って、一旦車を降り、お手洗いのある馬屋の方へ行った。そこで、不幸にも殺されてしまった」
「とすれば、この男はガイシャが殺される一部始終を見ていたことになるな」
「だからですよ、寺崎先輩。無事な場所まで車を走らせると、110番通報をして姿をくらました。その報告を受け、現場近くを走行していた彦根22号車が現着し、今に至る」
これを聞いた隼は、寺崎に“飯屋”のアドレスを解析するように本部へ通達させた。
「しかし、あやめ。よくそんなの知ってたな」
「以前、大阪府警少年課の刑事さんから、そんな話を聞いてね」
これで突破口の1つが出来そうだ。その一方、深津が隼の元へ走ってきた。
「例の車ですが、市内南部の荒神山公園付近で見失ったと、追跡中の警ら隊から連絡が」
「そうか・・・で、発信機は?」
「作動しましたが、こちらも故障なのか、今は反応していません」
「最後に発信が確認されたのは?」
「この近くを流れる芹川河口付近です」
同時刻、彦根署は被害女性の身元を割り出すことに成功した。
小藤亜美 17歳。あやめの推測通り、中彦根高校に通う女子高生だった。
今年の夏、家出で補導された過去があり、その少年課の履歴から判明。
その報告からしばらくして、寺崎が叫んだ。
「アドレス解析、完了しました」
「流石峰野だ、仕事が早い。で、住所は?」
トクハン本部、情報係の峰野刑事が導き出した場所へと、車を走らせる。
アドレスから、パソコンの所有者が割れたのだ。その人物は、近江鉄道本線彦根口駅近くのマンションに住んでいた。
近江鉄道の線路が傍を走るここに、静かにレパードとスパシオ、彦根署の覆面車が停車する。
「このマンションの6階、605号室だそうだ」
「さて、神様とご対面といきますか」
大介、あやめを筆頭に、彼らは静寂を壊さぬように進行するのだった。




