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 あやめの協力者。駐車場に、その人物はいた。

 部活棟に荷物を取り、車に向かった2人、そこに白衣を纏った片眼鏡の青年。

 「ピエール!」

 「久しぶりだな」

 半井快斗なからいかいと、化学科1回生。2人の協力者の1人である。

 「姉ケ崎さん。ギリギリで用意できましたよ」

 そう言って、黒塗りのケースを差し出す。

 あやめはそれを受け取ると、レパードのボンネットに置き、中身を確認する。

 そこには一発の銃弾と弾頭、携帯端末。

 「ありがとう」

 と言うと、ポケットから出したデリンジャーに弾丸を装填した。

 「犯人とロシアンルーレットをする気じゃないだろうな?」

 「まさか?これは発信機よ。半井君に依頼して、弾頭を改造してもらったの」

 「でも、そんな小さな発信機をどこで?」

 すると半井は言う。

 「以前に、先輩方が自作紙風船の飛行実験をしたんだ。その時に使った小型発信機。

  このまま、サイエンス・ファクトリークラブの部室に置いておいても仕方ないしな。

  ですが、注意してください。この発信機は旧型で正常に作動するか分かりません」

 「了解。そろそろ行くわ」

 あやめはキーでドアを開けると、車に乗り込んだ

 「じゃあ、行ってくるぜ」

 「おう」

 大介が乗り込み、ブルーのレパードは走り出した。

 大学前を通るならやま大通りを東へ走ると、木津インターから京奈和自動車道に乗り北上。終点まで着くとバイパスを北上し、巨椋おぐらインターから京滋バイパスに。そのまま滋賀を目指し驀進する。

 少し時間があるため、途中のサービスエリアで手早く夕食を済ませ、名神彦根インターを降りた時には、下弦の月が街を照らしていた。

 前線本部が置かれた彦根警察署に到着すると、既に隼と宮地、深津、寺崎、高垣が待機していた。

 「来たか。すぐに会議を始めるぞ」

 今回、捜査会議に集められたのは滋賀県警本部、米原署、彦根署の捜査官だ。

 強奪されたタクシーは、米原署の警官を総動員しても発見できなかったそうだ。その上、3つの現状に犯人を示す物証が全くなかったのだ。指紋やゲソ痕すら。

 手掛かりは、全くない。否、あるとすれば凶器だ。傷跡から使用された凶器は、家庭の台所にある包丁であると、滋賀県警科警研が結論付けた。

 敦賀連続通り魔事件の共通点は、福井県警と滋賀県警がマスコミとの報道協定を結んだため、しばらくは世間に公表されない。

 問題は、これまでのスパン通りに動くなら、今夜深夜から未明にかけて、また犠牲者が出る恐れがある事。そこで滋賀県警本部が考えたのが“米原まいばら市囲い込み作戦”だ。

 「作戦はこうだ」

 碇警部は説明を始める。

 まず、米原市内を走る全ての国道、県道、バイパスの長浜、彦根各方面と名神高速インターに検問を敷く他、彦根市を走る主要道路と、関ケ原方面へ走る国道21号県境付近にも検問を敷く。既に、岐阜県警関ケ原署にも応援要請は済ませている。

 米原の一件では、京都発米原行きの最終電車の乗客がタクシーに乗車し犠牲になっている点を考え、米原、彦根両市の鉄道駅にも捜査員を配置する。これに該当する鉄道路線は東海道新幹線、JR湖西線、北陸本線、東海道本線、近江おうみ鉄道本線、多賀線の計6路線16駅。

 その間に、覆面車や私服で擬態化した捜査官が各市内を巡回する。

 あやめと大介は、JR彦根駅の担当を告げられた。

 話と作戦内容から、県警は犯人がまだ米原市内に潜伏していると考えているようだ。

 「全員、自分の持ち場の確認はできたな?よし、散開!」

 碇警部の一言で、全員なだれるように会議室から出ると、外へ。

 整列されたパトカーが赤色灯を照らし、サイレンを鳴らして次々と発進していく。

 トクハン捜査官もそれに続く。

 青いシングルランプ、独特のサイレンを鳴らし彦根署を後にする。

 あやめのニッサン レパード、宮地のホンダ S2000、トクハン専用車のカローラ スパシオ。

 2人の乗ったレパードは彦根駅西口に到着。井伊直政公銅像を中心としたロータリーが広がるここで、あやめと大介は目を光らせる。

 駅にはJRと近江鉄道の黄色い電車がひっきりなしに到着し、その度に大勢の人間を吐き出す。彼らは徒歩、バス、タクシーで散っていく。

 その中には妖怪の姿もちらほら。だが、人間に害を成す存在ではなかった。

 

 「午後11時52分、か」

 大介が駅構内の時計を見て呟いた。改札天井のデジタル掲示板、京都方面には「本日の運転は終了しました」の文字が踊る。

 駅に併設されたコンビニで飲み物を購入した彼は、駅前交番近くに停車する車の中へ。

 あやめにミネラルウォーターを手渡した。

 「ありがとう。この駅を出る最終電車の時刻、分かる?」

 「午前1時ジャストに出る、米原行き快速電車」

 「そんな時間まで走ってるの。もっと早いと思った」

 この季節、夜になると外は寒くなる。それでも雪女モードのせいか、あやめは美味しそうにミネラルウォーターを飲む。

 「下弦の月浮かぶ真夜中・・・か」

 大介は助手席越しに空を見上げて呟いた。

 「こんな目見良い娘と夜を一緒にできるのよ。嬉しい事この上ない事じゃない?」

 「これが張り込みじゃなけりゃね。ところで、別の場所は?」

 「さっき無線を聞いたけど、どこも異常なし・・・だけど、これからはどうなるか分からないよ」

 車の中に流れる沈黙、ホットコーヒーを一口飲むと

 「なあ、話してくれないか?あやめの勘ってのを」

 彼女は口を開いた。

 「似てない?」

 「え?」

 「つい最近扱った、ゴーレム連続殺人に」

 「それって、渡部琉輔が起こした広島、大阪、伊豆長岡の3件の殺人か」

 「そう。

  ダイイングメッセージを除くと、どこか雰囲気が似ているのよ。国木田が殺害された伊豆長岡の現場と長浜や米原の現場が」

 「え?だとしたら、裏で渡部が!?」

 「あの事件から日は経ってないのに、彼が反撃してくるとは思えないし、ゴーレムを精製できる魔導書は、ルルイエ異本と合成された書物以外、もうこの世には存在しない」

 「確かに」

 「今回の犯人は、致命傷とは別に深さ4センチの傷を残し、敦賀の犯人に似せようとする偏執的な部分があるにもかかわらず、犯行はどちらかと言うと計画性が無い。その証拠に、長浜の事件では犯行現場に近い場所で警官を殺し、タクシーを奪ってる」

 「現に、血まみれのタクシーで逃走中だ」

 「それなのに、人間が起こした犯罪には見られない不可解な点がある。その車が発見されないのも、現場に痕跡が見られないのも」

 大介はシートを少し後ろに倒した。

 「にわか妖怪犯罪・・・イリジネアを知る人間による犯罪偽装か?」

 「2年前に、そのテの事件を扱ったことがあるけど、もし、にわか犯罪だったとすれば、犯人は駆け出しの魔術師の可能性があるわね。それでも、渡部の関与は限りなくゼロ」

 あやめはペットボトルに手を伸ばす。

 「可能なのか?そんな事。

  人間だったら、指紋とか物証を偽装して、他人の犯行に見せかける事が出来るけど・・・相手は妖怪だぜ?」

 「魔術師は、科学者としての側面をも持つ。高度なテクニックを駆使できる者なら、犯行は不可能じゃないわね。

  でも、そんな芸当ができるのはイリジネア人口の約0.1~0,3%程度。まあ、完璧に偽装された妖怪犯罪に出会う確率は、おみくじを引いて凶が出る確率とどっこいってところよ。

  さっき言った、駆け出しの魔術師が仕掛けた偽装は、私達でも簡単に見分けられる程度だから、難事件とはいかないわね。扱った事件がそうだったから」

 「相当運が悪くないと、当たらない・・・か」

 その時、無線が鳴った。

 ―――彦根署から各移動。古沢町のゲームセンター、ALTIMAワオンタウン彦根店の警報装置が作動したとの通報。現場付近の移動は、直ちに急行してください。

 ―――彦根5号、了解。

 「強盗事件か」

 「ワオンタウン彦根って言うと、この駅の東側ね」

 彦根駅東側は近江電鉄操車場や、高台に大きなゴルフ場がある一方で、ここ最近開発が始まった地区でもある。ショッピングセンターや、大きな結婚式場などが建立されているが、それでも開発中の空き地が多い。

 すぐに、パトカーのサイレンが聞こえてきた。無線応答した車両のものだろう。

 車のデジタル時計を、2人は改めて見る。時刻は0:08。

 「日付が変わって10月6日、水曜日。ちょっち交番の更衣室で着替えてくるから、お願いね」

 降車したあやめはトランクからバッグを取り出すと、傍の交番に消えていった。

 駅のコンビニも閉まり、タクシーの数が増えていくが、そこに目当ての車は見えてこない。

 ―――特308、応答してくれ!

 無線から隼の声が。

 「こちら特308、どうぞ」

 ―――大介か?ついさっき、若い男女が倒れているとの通報を受け、現場に急行した彦根22号からの応答が途絶えた。

 「まさか!?」

 ―――そのまさかかもしれん。すぐに急行して確認を取ってくれ。

 「場所は?」

 ―――彦根城、二の丸駐車場。彦根城博物館近くのパーキングだ。

 「了解」

 巫女装束に着替えたあやめが出てきた。

 「あやめ!」

 大介は窓を開けて彼女を呼ぶ。その様子を察すると車に乗り、アクセルを踏むのだった。

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