美形の正体は?(3)
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それから、ほかの女房さんへの挨拶を済ませ、松枝さんに邸内を案内してもらいました。
この邸の造りは、私の時代で言う一般的な寝殿造で建てられて、寝殿を中心に東西に対屋、それらを渡殿でつなぎ、更に東西の対屋から渡殿を南に出してその先に釣殿を設けたそうです。
私の感想は、ただ一言。ーーー『広い』
案内された先から、迷子になりかけましたからね!どんだけ方向音痴なんだって、自分で自分に悲しくなりました。って、 いやいやいや!!この邸が広すぎなんでしょ。なんでこんなに広いのよ!これじゃ、迷っても仕方ないじゃん!いやね、私が方向音痴なのが悪いんだけどさ………。でもでもでもねっ!広すぎるんだよ!どう考えても。
………とまぁ、そんなこんなしているうちに日が暮れてしまいました。日が暮れてからも女房としての仕事はたくさんあって、目まぐるしく時間は過ぎちゃうんデスヨネー、これが!へろへろになった私を気遣って、松枝さんがもう休むようにって言ってくれました。ありがとう、松枝さん!!あなたは、身体の恩人です。
宛がわれた対屋で私は、近くにあった文机に崩れ落ちます。はっきり言ってしんどいです。なにがしんどいのかって、とにかく全部がしんどかったです。
その中ではなにが一番しんどかった?って聞かれたなら、見るのも使うのも初めてな中での夕食作りでしょうね、やっぱり。生まれて初めて釜戸でご飯を炊きましたよ!
松枝さんに教えてもらいながら、おかずをつくったんですけど、なんかみょうちくりんなものばっかりできてしまいました。あれ?私、こんなに料理ヘタだったっけ?
でも、吉平さまは文句も言わずに全部平らげて、なんとっ!おかわりもしてくれました!やっぱり、姿形が悪くても丹精込めて作ったものにかわりはないから、残さずに食べてもらえるのは、嬉しいですよね〜♪
お行儀が悪いなぁーと思いながらも、文机の上でウトウトしていれば、ひらり、ひらりと飛ぶなにかが私の視界を横切ります。
顔を上げると、部屋の中をひらり、ひらりと飛んでいたのは、一匹の蝶々でした。でもこの蝶々、ただの蝶々ではないみたいなんです。なんでだと思います?だって、蝶々の身体全体が青白く光っているんですもん!!明らかに、普通じゃないでしょ!
微かに降ってくる鱗粉も光っているから、見ているぶんにはきれいなんですけど、なんだかこの蝶々、私を誘っているようなんですよね。ひらり、ひらりとちょっと鬱陶しいくらいまわりを飛んでいて、まるでついてこいって言われているみたい。
私はそんな蝶々を追うべく、袴の裾を少しだけ持ち上げて、なるべく足音をたてないように注意しながら蝶々のあとを追いかけました。
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蝶々は、私がついてこられるくらいの速さで前を飛んでいきます。見失いそうになると、欄干に止まって待ってくれるんですけど、まるで蝶々自体に、意志があるんじゃないかと思えてしまうほどなんです。
もう外は真っ暗で、灯りを持っていない私の頼りは、目の前を飛んでいる淡い蝶々の光だけ………なんだから、もうちょいゆっくり飛べーー!!
しばらく夢中になって追いかけていくと、いつの間にか寝殿の方まで来てしまいました。
そのまま蝶々はある部屋の前の欄干に止まり、誰かを待っているかのように、羽をパタパタします。
すると、間を置かずに、御簾を上げて吉平さまが出てきました。吉平さまと視線が合ったとたん、胸がどきんと高鳴り、自然と熱が頬に集まります。赤くなるな、私!
吉平さまは吉平さまで、私に気づくと少しだけ驚いたような表情になり、次いですぐいつもの優しい微笑みを浮かべました。
月をバックに立っている姿は、まるでそこだけ異空間のような、浮世離れしているような感覚になります。
漆黒の髪が月光を浴びて輝き、直衣から覗く白いうなじからは、そこはかとなく大人の色香を漂わせていて。これぞまさしくーーー
「ビバ!和服男子!!」
「………はい?」
吉平さま、そんなに怪訝そうな顔をしないでくださいよ。地味にへこむ。………じゃなぁーい!!
「す、すみません!吉平さまがあまりにもきれいすぎて、つい………」
いけない!いけない!思考回路が口からはみ出していました。次から気を付けないと!でも、月をバックにしている吉平さまが、あまりにもきれいなんだよね。これぞまさしくーーー『美』
………うわっ!!今、芸術的なこと言っちゃった。私、センスあるかも。
「お褒めかにあずかり、光栄だねーーーところで、白雪桜はどうしてここに?」
「私は、その……蝶々に誘われて、ここまで来てしまって………」
ついと、欄干に止まるこの元凶の蝶々を見る。吉平さまも私の視線を追って、蝶々を見つけると、「ああ」と納得したように大きく頷きます。
「この蝶は悪戯好きだからね。新しく入ってきた君が気になって、ちょっかいをかけてきたんだ」
「……ちょっかい………ですか?でも、普通の蝶々ですよね?光ってますけど………」
「普通の蝶は光らないよ」
素早いツッコミありがとうございます。ツッコミは、早さが命ですからね。よっ!ツッコミ王!すみません、調子乗りました。
「この蝶は、蝶ではないからね。これは、父上がよく使う式神と呼ばれるもの。青い蝶と言うことは、文かな」
そう吉平さまは言って、欄干に止まる蝶々に手を伸ばします。蝶々は待ってましたとばかりに吉平さまの手のひらに飛び乗ると、するりとりぼんがほどけるように蝶々の形から一枚の紙片になってしまいました。ちょっと、もったいないな。
「ほらね?」
片目を器用につぶってウィンクする吉平さま。お、お、お茶目すぎますっ!!やめてっ、やめて〜吉平さま!私をこれ以上、悶えさせてどうするつもりですか!!これ以上は、悶え死にしちゃいますっ!!
文をざっと読む吉平さま。その横顔には、諦めが滲んでます。なにかあったんでしょうか?でも、そんな表情もまた堪りませんなぁ〜。…………オッサンか!!私は!!
「どうかしたんですか?」
「………いや、ただの父上からの呼び出し状だよ。仕事が入ったみたいだ」
「お仕事?こんな夜遅くにですか?」
どんな仕事なんだろう?もしかして、ホステスとか!!絶対にモテるだろうな。耳元であまぁ〜い口説き文句を囁かれちゃった日にゃ、私もうっ………!!ーーーって、この時代にホステスはないか。無駄な妄想でした☆てへぺろ☆
「ああ、そう言えば、白雪桜にはまだ教えていなかったね。私は、陰陽寮に属していて、陰陽得業生と言って、簡単に言えば陰陽師の卵とだと思ってくれて構わない。物の怪調伏や祈祷など都人が陰陽寮に依頼した案件を解決しなくてはいけないんだ………まぁ、そのほとんどが、父上に来た依頼なんだけどね」
ふむふむふむ。つまり、晴明さまの面倒事を押し付けられてしまったと言うわけですな。それは、難儀な。
「さて。私はこれから都に出ていくから、白雪桜も、もう自室で休むといい。今日は疲れただろう?」
「はい、そうですね。私もそろそろ………あ………」
一つ、大事なことを忘れていました。
蝶々を追いかけるのに夢中で、どこから来たのかわかりません。一様、昼間に案内はしてもらいました。けど、一回ぐらい見てまわって覚えれるほど、物覚えのいい脳ミソを持っていないもので。
「吉平さま。すみません私、帰り道がわかりません」
ツッコミ忘れても、お約束は忘れませんよ!
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「それじゃ、白雪桜。留守は任せてもいいかな?」
「はい。おまかせください、吉平さま!もうここからは、絶対に一歩も動きません!」
あの後、吉平さまに送ってもらうことになってたんですけど、晴明さまからの「早く来い」と言う催促の文が次々と届いてきて、自分の代わりにほかの女房を呼んでくると言う吉平さまを引き留めるのに、骨が折れましたよ。
せっかく休んでいるのに呼び出すのは申し訳ないので、一人で帰ってみますと言うと、吉平さまは少しだけ考え込んで、一刻(約2時間)だけ待っていてはくれないかと言いました。
仕事は一刻もあれば終わるから、その間は部屋で休んでいたらいいーーー結局、一人で帰れる自信がなかったので、吉平さまの好意に素直に甘えることにしました。ってか、どんだけ方向音痴なんだって思われてんだろ、私………。
寝殿の階から吉平さまを見送り、その姿が見えなくなってから、そっと御簾を上げて吉平さまの自室にお邪魔します。
室内は思いの外こざっぱりしてて、部屋の主の性格が窺えました。
半分だけ開けてある蔀の前に腰を下ろすと、室内が整理されているだけに、文机の横に畳んで山になっている衣が気になります。山と言っても、5、6着ぐらいなんだけど。
好奇心から一着だけ取って広げてみると、ところところ擦り切れていたり、裂けていたりと、とにかくすごい有り様。開けた口が閉まらないとは、まさにこの状態。
「どうしたらこうなるのかな?」
こうなった経緯を聞いてみたい気もするけど、あいにく本人さまがいらっしゃらないからそれができなくて残念。
とりあえず、吉平さまを待つことぐらいしかすることがない私は、衣を繕うため、懐に挟んでおいた携帯用の裁縫セットを取り出します。これだけは、着ていた制服のポケットに入っていました。い・ち・よ・う・乙女なもので。そこ!!ツッコまない!!
灯りの下で繕えそうなものと、できないものとに仕分けをしてみます。やっと、松枝さんが昼間に言っていた意味がわかりました。
ーーー吉平さまは、衣をまめに新調しないと、衣がなくなってしまうのよーーー
昼間は、なんの冗談だと思って軽く流していただけに、この衝撃はハンパないです。こんな盛大に破れていたりしたら、たとえ繕えたところで、ちぐはぐすぎて着れたもんじゃないね。
………あれ?
そう言えば、吉平さまって何歳?




